Elemental Sword

芹沢明

~第二章~
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 要塞から幾つもの黒い影が飛び立った。エルウィンのヘカトンケイル隊だ。その機体は全体的に角張っていて色は黒。さながらブラックナイトと言った感じだ。その容姿に引かれて、エルウィンのヘカトンケイル隊に志願する若者は数多くいる。
 エルウィンのヘカトンケイル隊は空に横一文字に隊列を組み、魔法銃を構えている。その後ろには残った要塞兵器、飛行艇などにも使われている魔法を打ち出す魔法大砲が控えている。地上の騎士団が追いつく前に、何としてでも要塞兵器は潰して置きたい。
 そして距離は瞬く間に縮まり、お互いの射程距離に入ったとたん、光弾が飛び交い、空にオレンジ色の光りの花が咲く。
「全機へ! ここが正念場だ。一機残らず叩きつぶせ!」
 カインは檄を飛ばし先陣をきって突き進んだ。その後をディアスを始めとする近衛機が追う。
 大気が前から後ろへ呻りを上げて流れ、死を纏った超高速の光弾が大気を切り裂き飛来する。その飛び交う光弾をくぐり抜け、カインは魔法銃を閃かせる。その度に黒き機体が光りの花と化し、澄みきった青空に黒き染みを作る。
 敵ヘカトンケイル達の間に動揺が広がった。モニターに映る識別信号に、王家の、カインの識別信号が表示されたからだ。相手は単なる反乱分子ではない。正当な王家の軍隊だったのだ。
 無情にもカインはそれの動揺を狙って次々と魔法弾丸を撃ち込んでいく。ディアス達もそれを見逃さない。
 ゴオオォォォオオオオ!
 カインの遙か後方から凄まじい熱量を伴った光りの奔流が、前方の要塞兵器へと伸び、着弾と共に要塞兵器を蒸発させた。アルが放った光の長距離攻撃魔法だ。
 ドンッドンッドンッドンッ!
 要塞側は報復とばかりに魔法大砲で撃ち返す。
 光弾がカイン達に向かって飛来し、何機かのヘカトンケイルが爆発四散する。
「怯むな! 懐に入ってしまえばこちらのものだ!」
 カインはそう言って飛び来る光弾をよけ、敵ヘカトンケイルと撃ち落とし、すれ違い様に魔法の巨剣で敵ヘカトンケイルをぶった斬る。まさに鬼神の如き戦いぶりだ。
 一方セルシアは必死だった。
 こんな大勢での戦いは始めてだったし、まだ実戦なれもさほどしてない。正直相手の弾を避けるのが精一杯だった。それでも何とかカイン達に付いて行った。近衛騎士としての役割を果たさなくてはならないのだ。
 セルシアは縦横無尽に走る弾を避ける。前、右、下、有象無象にいるヘカトンケイルがセルシア向けて迫り来る。
 セルシアの目に光りの弾が、黒き機体が映りその先を備わった能力が読む。
(やらなきゃ、やられる!)
 セルシアのヘカトンケイルの背中から光りが漏れる。
「エンジェリック・ファランクス!」
 短い詠唱と共にセルシアのヘカトンケイルの特殊装置が発動した。刹那一二本の光りの帯が辺りにいた黒いヘカトンケイルに次々と突き刺さり、それと同時にセルシアの魔法銃が呻りを上げ、死の閃光をばらまく。
 一瞬にしてセルシアの周りにいた敵ヘカトンケイル達は爆発四散し、空の花と化した。
「すげぇ……」
 ディアスは目の前の黒いヘカトンケイルを撃墜しながら、横目でその光景を見て思わず呟いた。
「あああぁぁぁぁああああ!」
 セルシアのヘカトンケイルがカインに続き、敵部隊を抜き城壁へと迫る。それに対して近寄せまいと要塞兵器が光弾をばらまく。しかしその動きはセルシアは読んでいた。頭の中で弾の軌跡が見える。セルシアは紙一重で光弾を避け、お返しに魔法銃を連続発射する。まだまだ狙いは甘いがその代わりに数を撃って補う。
 ドドドドドドッ!
 次々と要塞兵器が吹っ飛び、粉々になり、爆発していった。
 そして要塞に近づき過ぎるを避けるため、勢いの付いた速度を上に向け、上昇し再び特殊装置を発動させた。
「エンジェリック・ファランクス!」
 光りと帯が要塞兵器へ、敵ヘカトンケイルへと伸び、今度は確実に仕留める。だがそれを脅威と見た敵はいっせいにセルシアを狙い始めた。
「セルシア! 前に出過ぎだ! いったん下がれ!」
 それを見たカインがセルシアに向かって機体を飛ばした。
(避けきれない!)」
 セルシアは四方八方から来る光弾を能力で捕らえていたが、物理的に体が付いていけない。死の先読みとなった。
 ゴガァッ!
「きゃぁぁああ!」
しかし衝撃は一度だけ。セルシアが閉じた目を開くと、目の前にカインのヘカトンケイルがあった。カインは間一髪セルシアの突き飛ばし、迫り来る光弾の内、避けきれないものを全て剣で弾き返したのだ。まさに神業。カインに備わった特殊な能力と、剣の技があってこそ出来るような芸当だ。
「目先の状況だけ見るな! もっと周りを見るんだ! 戦場全体を把握しないと命を落とすぞ!」
 カインは怒鳴りつつセルシアに向かって来た敵ヘカトンケイルを、魔法剣でぶった斬る。
「ご、ごめんなさい」
セルシアも体制を立て直しつつ、カインと背を向け合うように敵ヘカトンケイルを迎え撃った。
「危なかったなセルシア」
 そこにディアスも援護に入る。
「一人先走ると死ぬぞ」
 シルフィールもカインの隣で剣を振るう。
「気を付けます……」
 全身の血が凍り付く程の思いをしたが、今のセルシアにそれを怖がっている余裕はなかった。
 そして地上では騎士部隊が城壁へたどり着き、要塞の城壁内部へと侵攻した。それを迎え撃つためエルウィンの騎士団が要塞から出てくる。戦場は空から要塞中庭と壊れた城壁の周りに展開していった。
 戦場では怒号と悲鳴が飛び交い、剣と剣のぶつかる音が幾重に重なって響き、魔法がもたらす破壊の轟音が大気を振るわせた。その中で何十、何百もの命が絶たれていった。
 空のヘカトンケイル戦の軍配はカイン達に上がった。黒い機体はすでに空になく、全て地に落ちている。そしてほとんどの要塞兵器は破壊され、騎士団は上からの脅威にさらされることなく、城壁内部へと侵攻出来たのだ。
 それを確認したカインは、側にいたディアス、シルフィール、そしてセルシアを連れて要塞のバルコニーへ機体を下ろした。そして部屋の中に誰もいないのを確認すると、窓を割って侵入しヘカトンケイルを脱ぐ。屋内ではヘカトンケイルを着たままだと、いささか動きづらいからだ。
 カインはヘカトンケイルを脱ぐと、ヘカトンケイルの左股の外側の装甲を開け、中に入っていた剣を取り出す。それを腰に吊すと、魔法のナイフを使ってトランスポーターを召喚し、愛機をオリュンポスへと転送回収させた。
 セルシアもカインに習って愛機を転送回収させた。セルシアはオリュンポスにいる間に、アルに転送の魔法を習っていたのだ。転送の魔法自体は高度な物だったが、マジックアイテムがあれば簡単に出来た。今セルシアの左手には、転送の魔法を補助する指輪がはめられている。これさえあれば熟練の魔道士でなくても、指定した高度な魔法が使えるのだ。だがカインやディアスはそれをはめずに魔法を使っていた。まるで魔道士のようだ。
「これから兄さんを助けに行く。付いてきてくれ」
 カインはみんながヘカトンケイルの転送を終え、準備が整ったのを見るとそう言った。
「やっぱり地下牢か?」
 ディアスが言うとカインは首を横に振った。
「敵騎士団は表に出て来た。多分時間稼ぎのためだな。将軍達は部下を捨て駒にして逃げる気だ。兄さんもすでに連れて行かれてるだろう」
「なら退避路だな」
 シルフィールが冷静に答えるとカインは頷いた。
カイン達は先の大戦で、何度もこの要塞を使ってルーデンハイムを返り討ちにしている。だから要塞内部の構造も知り尽くしているのだ。
 グーグリスの要塞の地下には地下水脈を利用した退避路が設けられている。地下水脈はミュレーデ川の下流に繋がっており、小型の船を使って要塞から脱出できるようになっているのだ。
 グーグリスを任された将軍や重臣達は、ギルバルトを連れてそこから逃げるに違いない。しかし幸いながら地下牢と退避路は繋がっておらず、地下牢から退避路に行くためには、いったん要塞の一階に上らなくてはならない。それも要塞の東と西の端にあるため移動には時間がかかる。まだ間に合うはずだ。
 カイン達は退避路へ最短ルートを使って向かった。騎士達は全て出払っているのか、途中敵騎士とは遭遇しなかった。そしてじめじめと湿気の多い地下通路へと降りた。こちらの地下通路は普段使われてないため真っ暗だ。
「光りの精霊よ。汝、我に集いて闇を切り裂け! イルミネーション!」
 みんな地下通路に降りると、すぐに光りの魔法を唱えた。これくらいはセルシアにも使える。
 光りが地下通路を照らすと、光りを嫌う虫がカササッと奥へと逃げて行く。
 それを見たシルフィールは顔をしかめながらも、しっかりとカインのすぐ隣について歩いた。
 しばらく行くと水の流れる音聞こえて来た。そして突き当たりの扉を開くと、その先の地下水脈と繋がり、桟橋にはまだ小舟が全て繋がっていた。
「どうやら間に合ったようだな」
 カインがそう呟いた時、背後から複数の足音が重なり合って地下通路に響いた。カイン達は振り返り、静かに扉を閉めて待ちかまえた。
すぐに足音は扉のすぐ側まで来た。そして扉が開く。そこから入って来たロドウェル達の目が驚愕に見開く。
「カ……カイン様……」
「久しいなロドウェル。将軍ともあろう者が、こんな所に何のようかな」
「……ぐっ」
「まさか部下を捨て駒にして、自分達だけ逃げようとは思ってないよな」
「わ、私はここで死ぬわけにはいかないのだ。反逆者にギルバルト様を渡すわけにはいかないのだ!」
 いかにも取って付けたような言い訳だった。
 ロドウェルはそう言うと、手足を鎖で拘束して連れてきたギルバルトを、いったんカイン達に見えるように前に出し、後ろから羽交い締めにし、腰から下げた剣を抜くと、ギルバルトの喉元に押しつけた。
「カ……カイン」
 ギルバルトの口から苦悶の呻きがこぼれる。
「見下げた男だな……部下を捨て駒にし、敵前逃亡しただけでなく、人質まで取ろうとは……貴様など将軍でもなければ、騎士でもないわ!」
「うるさい! 反逆者が何を言う!」
「反逆者はどっちだ!」
 カインの声が地下を振るわせるほど響いた。
「父上を毒殺したのはエルウィンだぞ! それを知っての発言か!」
 一瞬ロドウェルの顔に、罪人が懺悔するかのような表情になるが、ロドウェルは無理矢理それを押さえる。知っててエルウィンに付いているのだ。
「エルウィン様は毒殺などなさらない。クリザット様は病死なさったのだ。さあ、カイン様。そこをお退きください。そうなさらないと私は王族殺しになってしまいます」
ロドウェルは必死になって主導権を握ろうとするが、その声も体も震えていた。怖いのだ。目の前のカインが。
「どちらも無理だな」
 カインがそう言った瞬間。ギルバルトの喉元に押しつけられていた剣が、徐々に離れていった。もちろんロドウェルの意志ではない。カインの能力――サイコキネシスがそう働いたのだ。
「ひっ」
 ロドウェルは見えない力によって、自分の意志とは関係なしに動く右腕を見て戦慄した。
 そして右腕がねじ曲げられる。
「う、うぁぁぁああああ!」
 その隙を見てギルバルトは身を投げるようにロドウェルから離れた。
 ゴキンッ!
「ぎゃぁぁああああ!」
 ロドウェルの腕は鈍い音と共に、本来曲がらない方向に曲げられた。
 ブオッ!
 見えない力の塊が正面からロドウェルに吹き飛ばした。ロドウェルは後ろにいた重臣達を巻き込んで、地下通路へと叩き出される。
「……ぐぅ」
 ロドウェルは苦痛に耐えながら顔を上げると、すでにその喉元にカインの剣が突き付けられていた。
「王族に手を出した者がどうなるかは、知っているな」
「お許……ぐぁぁああああ!」
 ロドウェルは喉を剣で貫かれ、凄まじい血を吹き出した。断末魔もすぐに口に溢れた血によってゴボゴボと不気味な音に変わる。
 カインは返り血を浴びながら、ロドウェルの後ろで倒れている重臣達を見下ろした。
「ひっ、お、お許しを」
「私達はエルウィン様に命令されただけなんです。どうかお慈悲を」
 目の前の光景を見て恐れ戦いた重臣達は、頭を床に擦り付けるかのように平伏した。
 そんな自分勝手な者を見てカインは殺意を沸かせたが、いくら何でも無抵抗で命乞いをしてる者を斬る事はできなかった。
「ディアス。こいつらを縛っておけ」
「わかりました」
 ディアスは桟橋にあった縄を取りに向かった。
「兄さん。大丈夫かい」
 カインはシルフィールによって手錠と鎖を解かれたギルバルトに、心配そうに言った。
「何とかな。久しぶりだなカイン。今までどこに行ってたんだ」
ギルバルトは出奔したカインを咎めるわけでもなく、親しみを込めて言った。カインの事を理解し、容認しているのだ。
「すまない。こんな事になってるなんて知らなかったんだ」
「無理もない。国を出たんだからな。でもこうやって戻って来たんだ。許してやるよ」
「兄さん……」
「それにしてもさっきのアレはいったい何なんだ? 魔法なのか?」
 ギルバルトはカインが使ったサイコキネシスを理解できずに尋ねた。
「あ~アレは……風の魔法の一種なんだ」
 カインは適当に誤魔化す。今は説明している暇はない。
「そうか。私は魔法は疎いからな。カインが言うならそうなんだろうな」
 そんな光景を見ていたセルシアは、丁度すぐ隣にいたディアスに小声でで話しかけた。
「ギルバルト様ってお優しいですね」
「そうだな。抱擁力のある方だ。でも特にカイン様に甘い。出来の良い弟が可愛くてしょうがないんじゃないかな」
「そうなんだ。何か女性のような人だなぁ」
 三年半ぶりの再会もつかの間、カインの左腕に付けていた通信用の魔法の腕輪が、振動を始めた。
「レシーブ、カイン」
 カインが起動呪文を唱えると、ネイルの顔が宙に浮かび上がった。
「カイン様。グーグリスの要塞の制圧に成功しました。ですが敵の頭が見あたりません」
「ロドウェル将軍なら俺が切り捨てた。他の重臣達も拘束した。ギルバルト兄さんも無事救出を果たしたよ。この戦い、我々の勝ちだ」
「おおっ、さすがはカイン様。では早く皆の前にお姿をお見せください」
「わかった。すぐに行く」
 カインは通信を切ると、再びギルバルトと向き合った。
「兄さん。行こう。みんな心配してる」
「そうだな。みんなには心配かけたな」
「特に俺な」
「……俺……か。カイン、お前出奔してから変わったな」
「爺にも言葉使いが悪くなったって言われたよ」
「ああ、その通りだ」
 そう言ってギルバルトは笑みを浮かべた。
 今のカインは生き生きしている。宮廷にいた時とは比べ物にならないくらい。本当は今のカインが本来の姿なのだろう。地位や義務に縛られず、親しい仲間と何の気兼ね無しに楽しさも苦しさも分かち合う。カインが本当に望んでいたのはそれなのかも知れない。思えばカインにとって宮廷とは随分窮屈な所だったのだろう。だができればカインには宮廷に戻って来て欲しい。エルウィンの行動によって王家の信用は下り坂だ。そのため民にも不安と不満がつもり、ローレンツ教などがその隙を付いて民をたぶらかし、権力を得ようと暗躍を始めている。それらを全てはね除けるにはカインのような英雄が必要なのだ。カインには不思議と人を引き付ける力がある。残念ながらギルバルトにはそれがない。ギルバルトは弟を思うなら、今回の事が終わったらそっとしてやりたいと思うが、国を思うならカインを引き留めるべきだとも思う。ギルバルトは悩んだ。でもしばらくは答えは出ないだろう。今回の事が終わるまでまだ時間はある。それまでに答えを出せばいいのだ。まだまだ先に解決しなくてはならない事の方が多いのだ。

 ギルバルトが救出の礼を述べ、カインが今回の勝利を称え、これからの勝利を宣言すると、歓声は更に大きくなったいった。その興奮は今宵の勝利の宴まで持ち越されるだろう。
 その勝利の宴の準備が整う間に、予定していたセルシアの叙任の儀式が執り行われた。
 皆が見守る中セルシアはカインの前に跪き、頭を垂れる。
「汝、あまたの精霊の祝福を得て、我が騎士とする」
 カインは腰の剣を抜き、剣の腹でセルシアの肩を軽く叩く。そして仲介人である近衛騎士団長のネイルが、セルシアに与えられる一振りの剣を持って来た。
 その剣はカインが手にした剣と良く似ていた。それに気づいた近衛騎士を始めとする、傍聴していた上級騎士達の間にどよめきが広がった。
「あの剣は……」
「おおっ」
「まさか……」
 ネイルが持ってきた剣は、元々カインが所持し、出奔の際に一緒に持ち出された、六振りの魔法剣だった。カインはオリュンポスと連絡を取って、転送して取り寄せたのだ。その剣は古代魔法時代に作られた物で、その価値と能力は計り知れない。今では王家の六宝剣として、騎士達の憧れの的である。過去、カインに魔法剣が授けられたのはディアスとシルフィールのみ。カインが愛用している剣も合わせると、世に出たのは四振り目である。
 あまりにも周りのどよめきが凄く、何やら大変な事になっていると思ったセルシアは、緊張のあまりネイルから剣を受け取る時に手が振るえ、危うく剣を落としそうになった。
 ネイルはこの叙任の儀式を記憶にとどめるため、軽くセルシアの襟首に平手打ちを加える。この瞬間叙任の儀式が終わり、同時に貴族セルシア・ラルクハート子爵が誕生したのだった。
 そして宴が始まった。飛行艇に乗って一時避難していた貴族達も、グーグリスの要塞に到着して、女官や騎士夫人達が宴に花を添えた。料理も飛行艇でミルロイドから持って来た食材と、グーグリスの食料貯蔵庫にあった物をふんだんに使い、かなり豪華な物となった。
 今回はカインは移動する事がなかったので、セルシア達近衛騎士も始めから宴に参加する事ができた。
 セルシアは白いシルクのドレスに身を包み、その美しさと話題性から皆の注目の的となった。
 先の叙任の儀式を目の辺りにした貴族達は、後の権力の事を考え、子爵とは言えどもカインに近い所にいるセルシアに取り入ろうと群がって来たのだ。
 ある者はセルシアを褒め称え、ある者は媚びてきた。中にはいきなり養子にならないかと言う者まで現れた。何の家系もなくいきなり貴族となっては大変だろうと言うのだが、セルシアを利用して地位を上げようとしているのが見え見えだった。一番困ったのはいきなり求婚された事だった。もちろんこんな事は初めてである。権力を手に入れるため以外にも、セルシアの容姿は美しすぎた。他の女官や宮廷夫人が霞んで見えるほどだ。
 セルシアはそれらを何とかあしらえながら、逃げるようにしてバルコニーへと向かった。ここなら人気も少なく夜風が涼しい。
「ふうっ」
 セルシアはため息を吐いてバルコニーの柵に背中を預けた。
(あぁ、まったく何て所かしら。下心丸見えだわ。誰も彼もが権力権力。カインが逃げ出したくなる気持ちがわかるわ)
 セルシアが一息ついていると、セルシアを見つけたカインがバルコニーへと出てきた。
「セルシア。大変そうだな」
 カインはセルシアの隣に来ると、両手に持っていたワイングラスの内の一つをセルシアに渡した。
「これはどうもカイン様。今宵はご機嫌麗しゅうございますね」
 セルシアはいきなりへりくだった態度をとった。もちろんわざとである。
「やめてくれって」
 カインは自嘲気味に笑って応えたが、セルシアの目がかなり怒ってる事に気づき、口元が引きつる。
『すまんセルシア。何も話さないままこんな事になって』
 カインはテレパシーを使ってセルシアに謝った。いくらバルコニーには人気が少ないと言っても、どこに人の耳があるかわからない。王族として軽々しく人に頭を下げるわけにはいかないのだ。
 セルシアはワインをいっきに飲み干すと、キッとカインを睨んだ。
『カイン! 何が大変そうだなよ! 人の気も知らないでいきなり貴族になれだのって、田舎娘にとってそれがどれだけ大変なのかまるでわかってないわ! もー私緊張して緊張して胃に穴が開きそうだわ! それに何! ディアスから聞いたわ。私が授かった剣って王家の六宝剣の一つですって。私には荷が重すぎるわ! それにシルフィールからも聞いたわよ! 私を貴族にしたのってこれから戦略の布石にするためでもあるんですって! いったい何なのよ! 私って一体何!』
 セルシアはこれが良い機会とばかりに一気に早口でまくし立てた。カインはおしゃべりなディアスとシルフィールに心の中で毒づきながら、顔を更に引きつらせた。
『すまん。セルシアの気持ちも知らずに軽々しい事を言って。確かに戦略的にはセルシアを貴族にする事によって、中立派を促す事になるが、セルシアを貴族にした本当の理由は……そのぉ……セルシアに側にいて欲しかったからだ』
 カインは最後はそっぽを向いて呟くように意志を送った。
『えっ!』
 セルシアはその瞬間心臓が跳ね上がりそうになった。自然と顔が赤くなりそれを見られまいとセルシアも顔を反らした。
『こういう環境だと、平民のままじゃ不自然過ぎて話すこともままならなくなる。せっかく仲間になったのに、それじゃぁあまりにも寂しいだろ』
『……仲間』
 それを聞いてセルシアはいっきに冷めた。期待を裏切られた気分だ。
(仲間かぁ。仲間なのかぁ。はぁ……所詮人生ってこんなものなの……)
 セルシアはがっくり肩を落としてうなだれた。
『どうしたセルシア』
 それを見たカインが心配そうに顔を覗き込んできた。
 セルシアはまたもやカインを鋭い目を送る。
『なっ、何だよ。今日は随分とご機嫌な斜めだなぁ。あっ、六宝剣の事はだなぁ、何というか……』
『何よ』
 セルシアは的外れカインの回答に更に機嫌を悪くして、ドスの利いた意志を飛ばした。
 考えてみれば奇妙な光景である。王族とあろう者が子爵如きに機嫌を取ろうと四苦八苦しているのである。こんな所を見られては皆が不審がるだろうが、今のカインにはそれに気づく程余裕がなかった。
『ほら、セルシアって風の精霊力が人並み外れてあるだろ』
『へっ? そうなの……』
 突然見当違いの事を言われて、セルシアはキョトンとした。
『自分で気づいてないのかい? う~ん……ひょっとしてセルシアのヘカトンケイルの未知の装置の動力源に、風の精霊石の欠片が使われてるってのも知らなかった?』
「えええぇぇぇええええ!」
 それを聞いてセルシアは思わず声を上げて叫んだ。
 カインはビックリして慌てて辺りを見回したが、幸いして誰も気づいていないようだ。
『いきなり声を上げるなよ。ビックリしたじゃないか』
『ビックリしたのはこっちよ。精霊石って本当に存在してたの?』
 セルシアが驚くのも無理はなかった。
 精霊石。それは創世神話に出てくる神々が、世界の安定をはかってこの世に生み出した物だった。そう簡単に身近にある物ではない。
 この世界の大陸は元々一つだったと言う。
 神話の時代、神々は世界の創世の覇権を巡り互いに争い合った。その神々の戦いの影響により、大陸は大きく分けて六つに別れたと言う。
 そして神々の戦いは終わり、時代は創世へと移っていった。
 神々の戦いで勝利した神の内、生命の神となったイオルアは、海に陸に空に生命を創り出していった。そこに恵みと繁栄の神となったオイニスは、大地と海に森となる植物を創り出した。光りの神となったテラは、天空遙か先に太陽を創り出した。闇の神となったショバルトは、その創造物の素晴らしさに嫉妬し、夜を創りその姿を半分隠し月を創った。運命と試練の神となったイスターシアは、夏や冬を始め四季を創り出した。
 様々な神々は様々な物を創り出していった。
 そして神々は自らの姿を模した人間を創った。
 しかし先の神々の大戦で負け、混沌の神となったカオスはその世界を気に入らず、世界の中に混沌を創り出してしまった。
 神々は慌ててその混沌を調和しようと、従属の精霊達を世界に宿した。精霊創世時代の始まりである。
 神々はその代表たる地水火風光闇の六大精霊の結晶、すなわち精霊石を創り世界のバランスを保った。
 かくして神話の時代は終演を迎え人間の時代へと移って行った。後に語られる古代魔法時代の始まりでもある。
 世界に入った混沌により人間は自然の摂理から抜けだし、神々の予想を越えた。
 そして遂に人間は精霊石の存在を知り、その在処まで発見してしまう。
 人間は精霊石の力を得て魔法を生み出した。
 魔法の発展は止まること知らず、その力は凄まじかった。多種多様の魔法を生み出し、大地を空に浮かべ、天候すら操った。
 しかし熟した果実がいずれ地に落ちるように、その文明は自らの力の強さゆえ故滅んだ。
 精霊力を身勝手に使ったため、自然界のバランスが崩れたのだ。
 世界中で天変地異が起こった。暑い地域が寒くなり、寒い地域が熱くなり、海は荒れ、各地で嵐が起こり、氷の大地が溶け大洪水を引き起こし、山々は次々と噴火し、空は厚い雲に覆われ、幾日も光りを遮った。世界中の種が絶滅の危機にひんした。
 人間も例外ではなく生き残った者はほんのわずかだった。
 しかし人間を始め生き残った全ての生き物は懸命に生き、世界が元の状態に戻るまで耐え続けた。
 その間に精霊石の行方は忘れ去られ文明も後退し、そして今まで間に人々は新たな文明を築き上げて来た。
 そして現在。愚かにも様々な国や組織が、前時代の古代魔法文明を求め、古代遺跡を先を争うように発掘している。
 だが、精霊石は未だ誰にも発見されては居なかった。
『精霊石は確かに存在している。神話の中の話しだけじゃないんだ。俺のヘカトンケイルにも、光りの精霊石の欠片が使われているんだ。セルシアのヘカトンケイルも俺のヘカトンケイルも、遙か昔の古代魔法時代に作られた物じゃないかな。ローレンツ教がムキになって、ヘカトンケイルを取り戻そうとしたのも、それのせいなんだ』
『だからあの時、あれでないと駄目なんだって言ったのかぁ』
『そうだ。セルシアはずっとあのヘカトンケイルに積んであった風の精霊石の欠片に影響されたのか、元々備わった力なのか、風の精霊力が異常な程あるんだ。だから六宝剣の内、風の精霊剣サイファーを渡したんだ』
『風の精霊剣! 精霊剣ってもしかして……』
『そうだ。鍔元に風の精霊石の欠片がはめ込まれている』
『ひぃぇぇぇええ!』
『何て声出すんだよ……元々六宝剣は古代魔法時代に同じ刀匠に作られ剣で、それぞれ六大精霊の精霊石がはめ込まれているんだ。俺のは光りの精霊石。ディアスのは地の精霊石、シルフィールのは闇の精霊石だ』
『カインも光りの精霊力が強いの?』
『そうだな。魔法の勉強をしている時に気づいた。魔力を感じられるようになってから、他人の魔法属性なんかもわかるようになって、ディアスやシルフィールの属性なんかもわかったんだ。ちなみにアルは火、セルフィーは水だ。何か性格が反映してると思わないか。アルの破壊衝動は火の如く、セルフィーのつかみ所のなさは水の如くだ』
『ふふっ、そうね。でもそれじゃぁシルフィールがかわいそうね』
『勉強が足らないな。闇って言っても暗闇の闇じゃないんだぞ。まだ俺も良くわからないが、遙か夜空の向こうの……確か星界の力とか言ったかなぁ。まぁそんな感じだ』
『全くわからないわ』
『まぁ……詳しくはアルにでも聞いてくれ』
『ふふっ、カインも勉強不足ね』
『悪かったな。とまぁ、そんなわけで使ってくれると嬉しいんだがな』
『でもぉ……王家の宝剣でもあるんでしょ』
『みんなはそう言ってるが、その前に俺の趣味で集めた剣でもあるんだ。俺の剣なんだから俺がどうしようとそれは俺の勝手だ。だからセルシアにあげたいんだ』
『そこまで言ってくれるなら、ありがたく使わせてもらうわ』
『そうかっ。それともう一つ受け取って欲しい物があるんだ』
 カインはニコニコしながら言った。ディアス達なら気づいただろう。カインがこういう顔をする時は、どういった行動をするかを。
『もう一つ?』
『ああ』
 そう言ってカインが内ポケットから出したのは、羽根を象って作られた綺麗な指輪だった。
『こここここここれは!』
 セルシアは真っ赤になって狼狽えた。いきなりこんな物を渡されるとは思ってみなかった。
『何か思いっきり勘違いしてるようだが、これはセルシアが思ってるような物じゃなくて、実用品のマジックアイテムだ』
『ふえ?』
 またもや期待を裏切られた。
『受け取ってくれって言っても、元々これはセルシアのヘカトンケイルから出てきた物なんだ。だからセルシアの物なんだよ』
 カインはいたずらっぽく笑って言った。
『へっ?』
『セルシアのヘカトンケイルをバラした時に中から出てきたんだ。多分古代魔法時代の時の持ち主の物なんだろうな』
『か、からかったの!』
『ぷっ、そう言うことだ』
 そう言ってカインはセルシアの指に、指輪をはめてやった。
『おっ、ぴったりだ。よかったなぁ』
 少々わざとらしく言うと、セルシアは不機嫌な目つきになった。
『何かあんまり嬉しくない』
『そう言うなって。アルに調べさせたところこの魔法の指輪は、エンジェル・リングって言って、呪文を唱えると光りの翼を生やして空を飛ぶ飛行用の指輪だ。翼を生やした後なら、エンジェリック・ファランクスって言ったっけ。あれも生身で使うことも可能だ。多分セルシアのヘカトンケイルにはこの魔法の指輪が応用されてるんじゃないかな。だからセルシアにはぴったりの指輪だと思わないか』
『元々私のなら使うけど……』
『そうか。なら後でアルに呪文の詠唱内容を聞いてくれ』
『うん。わかった』
『それでだな』
 カインは急に真面目な顔になり、改まってセルシアを正面から見つめた。
『な、何』
 狼狽えるセルシア。
『今回の事が終わったら、俺はまた出奔しようと思う。元々帰る気はなかったからな。その際、またセルシアに付いて来て欲しいんだ』
『はぁ? 何言っての? 私はもうオリュンポスの仲間なんでしょ。付いて行くに決まってるじゃない』
 セルシアは何当たり前な事を聞くんだと言わんばかりの顔をした。
『そ、そうか。それならいいんだ』
 それを聞いてカインは安心して気が抜けた。
『それにその事ならシルフィールに聞いたわよ』
『何っ! シルフィールといい、ディアスといい、まったくおしゃべりだな。俺が言いたい事をいつも先に喋りやがる!』
 今度はカインはプンスカ怒りだした。
『ふふふっ』
 表情がころころと変わるカインを見て、セルシアはカインが可愛く思えて笑い出した。
「声なき会話はそこはかとなく不気味だな」
 その声にカインとセルシアはビクリして、声のした方向へ振り向いた。
 そこにはセルシアと同じくシルクの白いドレスを身に纏った、シルフィールの姿があった。黒く艶のある長い髪はそのままストレートに下ろして、白いドレスとのコントラストが美しさを醸し出していた。ドレスの着こなし方も完璧で動作も優雅だ。慣れないドレスを着て、何度も転けそうになったセルシアとは大違いだ。
「カイン様。宮廷舞踊が始まりました。一緒に踊って頂きませんか」
 シルフィールは軽く膝を曲げて優雅にカインをダンスに誘った。
「お相手させてもらうよ」
 カインはエスコートしようと手を差し伸べ、シルフィールはその手を取った。
「セルシアも次踊ってみるか」
 カインは振り向いてセルシアにも声をかけた。
「いい、踊れないから」
 セルシアは寂しそうに返事をした。
「そうか」
「カイン様。私じゃ相手不足ですか」
 シルフィールは不満そうに口を尖らせて言った。
「そんなことないさ。この場合誘わないと失礼だろ」
 カインは慌てて言い訳をする。
「そうですね。では行きましょう」
 一人取り残されたセルシアは何だか無性に寂しく感じた。
(そう言えばシルフィールもカインの事ずっと好きだったのよね)
 セルシアはシルフィールの事が羨ましく思えた。小さい頃からカインと一緒にいて、信頼も厚いし、幼なじみと言う絆もある。容姿も美しく文武共に優れている。自分なんかとは生まれも環境も大違いだ。ディアスの話しによると、幼少の頃カインと将来を誓ったとか……
「はぁ……やっぱり適わないのかなぁ」
 セルシアは満天の星空を見上げて呟いた。

 宴が終わると、カイン、ギルバルトを始め、将軍や各騎士団の団長、宮廷魔道士が一室に集まり、今後の展開に付いて軍事会議を開いた。
 宴の間とはうって変わって皆表情が引き締まっている。会議を控えていたため、ここにいる者は酒を控え酔っている者は一人としていない。
 会議は中立派をどう抱き込むか、エルウィンを、王都シャルダンをどう落とすかが議題となった。
 中立派には今回ギルバルト救出の際、武勲を上げた者に爵位を与えたと言う情報を流してから、使者を送る事となった。こうすれば中立派も内乱終結後の事を考え、動き出すに違いない。今状況はこちらに傾いているので、まずこちら側に付くに違いない。
 問題はどう王都を攻めるかだった。王都に攻め込むとのと、要塞に攻め込むのとはわけが違う。間違いなく都民を巻き込む事になる。民は内乱には関係ないのだ。かといってエルウィンが素直に王都の外で戦いに応じるとは考えられない。
 そこでカインが提案した作戦に皆我が耳を疑った。
 その提案とはギルバルト率いる騎士団が王都の南を囲み、エルウィンの軍の気を引き付けている間に、カインが少数精鋭を連れて王都に侵入。頭であるエルウィンを討ち、戦いを集結させると言う事だった。
「駄目です。危険すぎます。ここは正面から攻め込むべきです」
 真っ先に反対したのはネイルだった。
「そうだ。全く何を考えてるんだ。それにこれでは中立派を味方に抱き込む意味がない」
 ギルバルトも呆れて口を合わせる。
「やはり民を巻き込むわけにはいかない。捕虜にしたエルウィンの重臣達の話しによると、独走したエルウィンに付いていけない者の多いとの事だ。ならばエルウィンさえ討てばこの戦いは終わる。失敗したとしても俺が死ぬだけだ。王家の血筋が途絶える事もない。その時はギルバルト兄さんが王都に総攻撃をかければいい」
「無謀だな。やはり死にに行くようなものだ。兄として行かせるわけにはいかないな」
 ギルバルトは断固として反対した。周りのみんなもそれに頷く。一部を除いて。
「城には王家の者しか知らない退避路がある。そこを通って行けば侵入は簡単のはずだ。それに危険に陥ったら転送の魔法で帰って来ることもできる。ネイル、お前は俺と一緒に今までやってきたからわかるだろ。こういう作戦は幾度もこなしてきた。この間のローレンツ教の時だって成功しただろ。今回だってこなして見せる」
 カインは必死になって説得にかかった。
「ネイル。今までカインはそんなことをやってたのか」
 ギルバルトは呆れてネイルを避難した。
「すみませんギルバルト様。カイン様に言われると不可能な気がしませんので。ですが今回は私も反対です。今までとは規模が違います故」
 ネイルは慌てて謝り今回は反対だと言った。
「ネイル……お前は賛成してくれると思っていたのにな」
 カインは不機嫌に言い捨てた。
「ううっ」
 ネイルはカインとギルバルトに挟まれ、まるで中間管理職の如く悩まされた。
「私はカイン様に賛成です」
 唐突にそう言ったのはカインの宮廷魔道士のアルだった。
「アルベルト宮廷魔道士。貴方程の方がどういうことかな」
 ギルバルトはそう言って、歳こそ若いがエスターニアで最も優秀な魔道士である男の、次の言葉を待った。アルベルトと言う男は魔道の知識だけなく、戦略や策略に長けた策士としても優秀なのは、先の大戦で実証済みである。
「今は民の信頼を少しでも多く得なくてはなりません。最近になって知った事ですが、ローレンツ教を始めとする様々な宗教などが、国の実権を得ようと暗躍しています。王家の信頼が下がったのを機に、民のより所を宗教へと変え、教会への信頼を高め、民を味方に付けようとしています。報告がありましたようにローレンツ教ではヘカトンケイルの研究を進め、大きな力を付けています。こんな時に民を巻き込んだ戦いをしては、例えエルウィンを討ち取ったとしても、民の信頼は回復するどころか失墜してしまいます。それに王城ではグーグリスの要塞を落とした時のような強力な魔法は、王都を巻き込むため使えません。そうなると双方の軍に多大な被害が出ることが予測されます。そうなった場合内乱終結後、大きな軍事力を付けてきたローレンツ教などが攻めて来たら、立ち向かえるだけの戦力が果たして残っているかどうか……」
 そこでいったんアルは言葉を切り、周囲の反応を見た。予想通り皆は反論できないようだ。カインだけはでかしたぞとばかりに機嫌良く頷いている。
「しかしここでカイン様が民に被害を与える事なくエルウィンを討ち、国政を元に戻せば、救国の英雄として民の信頼を集め、回復する事が出来ます。その上兵力を減らす事もなく、ローレンツ教などに対して抑止力も保てます」
「だがそんな奇跡みたいな事が、必ずしも成功するするとは限らないでないか。いや失敗する危険の方が高いのではないか」
 ギルバルトは先程よりかは勢いがないが、それでも反対を示した。
「それはギルバルト様の力によって成功する可能性が高まります」
 アルはギルバルトを見つめて言った。
「何だと」
 アルの以外な言葉にギルバルトはアルを睨むように見つめ返した。
「ギルバルト様はできるだけ派手に軍を動かしてくれれば、それだけ王城は手薄になります。王城を守る場合、王城へ攻め込ませないために、王都にも各拠点を設け兵を配置し、王都を囲む城壁にも城塞兵器を設けそれを動かす兵も配置します。外部からの敵を防ぐにはそれでいいのですが、王城自体はその分手薄となるのです」
「……それで例えエルウィンを倒したとしても無事に帰ってこれるのか?」
 ギルバルトは大分乗り気になって来たようだ。後一息である。
「主君をなくしては王家は成り立てません。その時点で屈服するでしょう。例え大臣当たりが決起したとしても、ギルバルト様がいるかぎり、正当な王家はこちらです。そうなっては今度は向こうが反逆者。それから王都へ攻め込んだとしても、正当な理由があるのですから、民の信頼もある程度は保つ事ができるでしょう」
「カインが失敗したら」
「その時はギルバルト様がそのまま攻め込むだけのこと。何事にもリスクは付き物です。それを言い続けては何もできなくなります」
「むうぅ」
「兄さん。アルの言う通りだよ」
「…………」
 ギルバルトは目をつむってしばし考えた。
「……お前は良い部下を持ってるな。私は賛成する事にした。他の者はどうだ」
 ギルバルトは周りの者を見回したが、意義を唱える者はいなかった。
「中立派との交渉が終わり次第作戦を決行する」
 ギルバルトはそう宣言すると、改めてカインと向き合った。
「カイン。正直言って心配だが、お前に全てを任せる事にしたよ。何があっても必ず戻って来るんだぞ」
「出奔してただ遊んでたわけじゃない。こういう事は慣れてるんだ。引き際もわきまえてる。油断さえしなければ必ず成功させてみせる。だから心配しないで大丈夫だ」
「無理なことを言う。エルウィンを抜かせばたった一人の肉親なんだぞ」
 母は随分前に他界し、父はエルウィンに毒殺された。二人にとってもはやエルウィンは兄弟ではない。そうなると肉親はカインとギルバルト二人だけになるのだ。
「……悲しいよな。何で兄弟同士でこうも争わなければならないんだ」
 カインはギリリと奥歯を噛み締めて言った。