第貮拾肆話 『自由意志-tabris-』後編
「さあ、行くよ。おいで、アダムの分身。リリンの下僕」

 カヲルがそう呟くと、弐号機の目が光った。そしてパイロットなしで動き始めたのだ。この異常事態に鳴り響く警報。
 そのことは司令室もに伝わる。

『セントラルドグマにA.T.フィールドの発生を確認!』
「使徒か?」

 通報に冷静に対応する冬月。

『弐号機です。勝手に動き出しました!』
「セカンドチルドレンは?」
『乗っておりません! …これは! 弐号機近辺にパターン青確認しました! 使徒です!』
「何!? …南野」
「ああ。渚カヲル、いや最後の使徒が動き出したか。スケジュールより早いな」
「待ちくたびれたのかもしれんな」
「そうだな。葛城三佐、赤木博士。至急戻り対応しろ」
「はい」

 ミサトとリツコは返事をすると司令室を出ていく。そして、ゲンドウは蔵馬に向かう。

「シュウイチ」
「何?」
「行けるな?」
「人型でも倒せるかと聞いているのですか?」
「その辺は任す」
「!? 何故と聞いてもいいですか?」
「老人の思い通りに事を進めさせるつもりはないということだ」
「全使徒殲滅もスケジュールの通りだったんですね」
「そうだ」
「わかりました。なんとかやってみます」
「頼む」

 蔵馬は内心驚いたが、すぐに冷静に戻った。

『装甲隔壁は弐号機により、突破されています』
『目標、第二コキュートスを通過』

 報告は逐一入る。どうやら最下層まで時間の問題のようだ。

「シュウイチ、いかなる方法をもってしても、目標のターミナルドグマ侵入を阻止しろ」




 すべての走行隔壁を突破したカヲルと弐号機。ついに最下層まで辿りつてしまう。

「さて、行きますか。…あれは…」

 ふと上を見上げると紫色の点が見える。そしてだんだんと大きくなってくる。エヴァ初号機である。

「ああ、君が来たんだね。南野シュウイチ君。でももう遅いよ」

 カヲルは弐号機を遠隔操作し初号機を追撃させる。

『カヲル。キミを止める』
「初めて呼んでくれたね、シュウイチ君。でもね、もう遅いだんよ」
『なんだと…!』

 弐号機が邪魔して先に進めない初号機。カヲルは二体を背に歩き始めた。

「悪いね。しばらく遊んでいてくれないか?」
『く…!』




「!? どうしたの!?」
「使徒にすべて遮断されたようです。映像も音声も遮断されました!」

 作戦本部で初号機と弐号機、使徒であるカヲルを確認していた機器が突如すべてブラックアウトしたのだ。

「A.T.フィールド!? ここまで強烈なやつを使うのね」
「初号機とも連絡つきません」
「もう、彼に任せるしかないのね」
「そう…ですね」
「頼むわよ、シュウイチくん」




「エヴァシリーズ。アダムより生まれし、人間にとって、忌むべき存在。それを利用してまで生き延びようとするリリン。僕には分からないよ」
『理解しようとしないだけじゃないのか!?』
「人の運命か。人の希望は、悲しみに綴られているね」
『まて! カヲル!』

 そして……巨大な扉の前に立った。ヘブンズゲートと呼ばれし巨大な扉。
 カヲルが手を前に突き出すと、その扉が勝手に開く。そう、カヲルを招き入れるように。
 カヲルが扉を抜けしばらく進むと目の前には七つの目の書かれた仮面をつけ、下半身の無い磔にされた巨人が現れる。
 すっと再び浮かび上がると巨人の目の前に行くカヲル。

「アダム。我等の母たる存在。アダムに生まれしモノは、アダムに還らねばならないのか? 人を滅ぼしてまで」

 すっと目を細めるカヲル。

「……違う。これはリリス……そうか、そういうことか、リリン」

 カヲル眼の前の巨人が目的のアダムでないと気づいた瞬間、轟音と共に弐号機が倒れ込んで来た。

「シュウイチ君…」
『聞きたいことが、ある』
「なんだい?」
『君は言った。「君達には未来が必要だ」と…』
「ああ…言ったよ」
『俺に未来が必要だと? 俺に未来が必要ならば、人間達…君の言うリリンが君の意思に反して滅ぶ事になる』
「それはどういう…」

 カヲルが言い切る前に蔵馬がエントリープラグから出てきた。その姿を見て驚愕するカヲル。

「君は……!」

 カヲルの目に映ったのは南野シュウイチの姿ではなかった。そう言えば聞きたいことがあると言った声も違ったような気がするカヲル。

「君は…?」
「俺は『人間』であり、『妖怪』でもある」
「…妖怪」
「俺は妖狐蔵馬」

 カヲルの目に映るのは、銀髪の男。耳らしき物が頭の上にあり、ふさふさとした尻尾があった。

「妖狐…? 蔵馬…?」
「これなら理解できるかな?」

 ゆらりと姿が揺れると『妖狐』から『南野シュウイチ』の姿に変わった。

「俺は妖気の高まりによって前世の姿である妖狐へ戻ることが出来る」
「シュウイチ君…君は…」
「そう。俺はカヲル同様ヒトではない」
「………そうか。やはり気がついていたんだね」
「元々俺は人間ではないからな。薄っすらとだが、人間ではないことはな」
「……」

 無言のカヲル。どうやら、ゼーレから与えられた知識の斜め上を行っていたらしい。
 その様子見ながら、蔵馬は口を開いた。

「何故、お前は死を望む?」
「僕が使徒だからさ」
「使徒とヒトの違いがあるか?」
「それは僕がヒトの形をしているからね」
「それでは、俺とヒトの違いは?」
「それは…」
「お前の台詞を盗ると…ヒトの形をしている…違うか?」
「その通りだよ。でも、君は妖怪としてではなくヒトとして生きてきた。僕は使徒として生きてきた。これだけでもかなりの違いがある」

 すっと目を閉じるカヲル。

「僕は…死を望む。これが僕が自由になる絶対条件だからね…」

 A.T.フィールドを展開してナイフ状の形状に変化させる。

「!? お前まさか…?」
「さようなら、シュウイチ君。僕は君に会えて嬉しかったよ…」

 そのナイフを首に当てた。そして…手に力を入れた。

「僕は君がたぶん好きだったかもしれないね……」




 僕が生き続けることが、僕の運命だったよ。結果、人が滅びてもね。


 だが、このまま死ぬこともできる。生と死は等価値なんだ、僕にとってはね。


 自らの死、それが唯一の絶対的自由なんだよ。


 さあ、僕を消してくれ。


 そうしなければ君らが消えることになる。


 滅びの時をまぬがれ、未来を与えられる生命体は、一つしか選ばれないんだ。


 君たちには、未来が必要だ。




「僕は、何をしているんだろう。何故ここに居るんだろう」

 渚カヲルは目を覚ます。ネルフ付属病院の特別室のベットの上。仰向けになっていた。
 力の入らない重い体を持て余し気味に起き上がろうとした。

「気がついたようだな」

 落ち着いた声が響く。
 カヲルはそのままの姿勢で声の方を見る。
 そこには蔵馬が立っていた。
 
「気がついたようだな」
「君は…シュウイチ君…? あれ…? ああ…思い出してきた… 単刀直入に聞こう。何故僕を助けたんだい? 僕は君達にとっては倒すべき使徒じゃないか」
「簡単な理由だ。ネルフ上層部は使徒殲滅とした。つまり、最後の使徒は存在しない」

 カヲルがここで寝ている間、ゲンドウが素早く動いた。
 一般職員が見ることができないエリアでの戦いとなったので、一部を除いてその結果は知る者はいないことをいいことに隠蔽したのだ。

「!?」
「使徒は殲滅された。故に君は使徒ではない…ということになった」
「君は… いや君達は… 僕を助けると言うのかい?」
「そういうことになる。俺としては上の連中の考えそうな事は良くわかるさ」

 ちょろっと異形の小動物が何処からともなく現れ、すっと蔵馬の肩に乗る。

「それは?」
「俺の使い魔ってやつだ」
「使い魔? スパイかい?」
「似たようなモノさ。…どうやら動くらしいな」

 使い魔が何か囁くと蔵馬の顔が変わる。

「何かあったのかい? もしかして、老人達かい?」
「ああ」
「なんとも恐ろしいね。こっちのことは筒抜けだったんだね」
「全部じゃないさ。さすがに世界レベルのお話は知らない」
「なるほどね。そういえば、僕の処分は?」
「ない」
「は?」
「強制するような事はしない。君の意思で決めてくれ。君は自由なのだから」
「……僕は……」
「……しばらくは動けまい。そこで寝てろ。というのが父さん…南野司令の指示だ」




 蔵馬がカヲルの元へ訪れていたころ、ネルフ司令室では主だった者を集めていた。
 ゲンドウはその場にて、ネルフ及び上位組織の存在、目的をすべてぶち撒けたのである。
 真実を知ったミサトは怒りに我を忘れ銃を抜きゲンドウを狙うが、ゲンドウは微動だにしなかった。

「で、司令はどうするおつもりですか?」

 周りに全力で止められたミサトが怒りと憎しみの目でゲンドウを射抜く。

「ふ。反逆を開始する」
「は、反逆…!?」
「今言ったことを世界レベルでぶち撒けようかと思ってな。それには邪魔者がいる。ゼーレだ」
「葛城三佐、私を殺すのはその後にしていただこう」
「………わかりました」

 渋々引き下がるミサトは銃をしまった。
 その様子を見るとゲンドウの横に立っていた冬月が口を開いた。

「葛城三佐、加持くんはどこに行ったのか知らないのかね?」
「いえ。彼は諜報部ですので、そちらの指示で動いているのではないのですか?」
「私から指示は出してない。南野、お前は?」
「ない」
「……ということは、勝手に動き回っているということか」
「それはマズイな」
「そうだな」

 何か頷き合うゲンドウと冬月。

「葛城三佐」
「なんでしょうか?」
「これからは何が起きるか判らん。見つけ次第、首根っこ縄を括りつけてでもこちらへもどせ」
「は、はあ。わかりました」

 ゲンドウとは思えない言い回しの指示に内心呆けて驚くミサト。

「赤木博士」
「はい」
「MAGIの防御を頼む。おそらく奴らはMAGIの無効化を狙ってくるはずだ」
「わかりました」
「日向二尉、伊吹二尉」
「「は、はい」」
「青葉二尉とともに全力で当たってくれ」
「「了解しました」」

 日向マコトはミサトの副官的立場、伊吹マヤはリツコの副官的立場であるので司令室にやってきていた。ちなみに青葉シゲルは来ていない。

「皆の者ご苦労だった。すぐに実行に移せ」

 ゲンドウの労をねぎらうような言葉に一同驚きながら、司令室を退出していく。
 そして、ゲンドウと冬月だけ残る。

「後手後手に回りかねんな」
「仕方あるまい。さて、最後に行ってくるか」
「ああ」




 そのころ、加持というと。

「なあ、俺。何時までここにいればいいの?」

 見たこともない場所に檻のようなものに入れられていたのであった。
 その檻の前には巨大な犬が座っている。

「さあな」
「さあなって酷いなぁ…」