第貮拾話 『鳥-Arael-』後編
 出撃した弐号機は上空に向かってポジトロンライフルを構える。

「いつでも来なさい…!」

 アスカはバイザーモニターを上から下ろし覗く。モニターには変化の見られない使徒が映っている。
 しかし、射程距離外である。

「使徒は…未だ射程距離外…… さっさと来なさいよ…じれったいわね…」

 そうアスカが呟いた時、使徒が動いた。
 使徒から光が放たれたのである。

「!?」

 弐号機に直撃したはずだが、何故か無傷であった。

「威嚇…? このアタシを舐めないでほしいわね」




「! これは精神汚染!? 弐号機、使徒に精神汚染を受けてます!」

 眼の前に映しだされているアスカの精神レベルが、汚染レベルまでに一気に上がった。

「なんですって!? 今の光は…! アスカ!!」

 報告を聞いたミサトが声を上げたと同時に、アスカの悲鳴が上がった。



『アタシの、アタシの中に入って来ないで!! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! いや! いや! いやっ!! アタシの心まで覗かないで!! お願いだからこれ以上心を犯さないで!!』



「惣流さん!! 戻れ!!」

 危険を感じた蔵馬が叫んだ。

『イヤよ!!』
「いいから下がれ!! 撤退しろ!!」
『イヤ! 絶対にイヤ! 今戻るならここで死んだ方がましだわ!!』
「惣流さん!! 無駄死にする気か!! 撤退しろ!!!!!」
「どうしたの!? シュウイチくん!?」

 いきなり大声を上げた蔵馬。
 それが何故だが理解できないミサトが蔵馬に聞いた。

「惣流さんは言いました。アタシの心まで覗かいないで、と。おそらく精神攻撃。トラウマをえぐっている可能性もあります」
「なんですって!? リツコ!」
「やってるわ! く、防げない…!」
「そんな、アスカ… レイの零号機の準備は!?」

 やはりアスカを救うには使徒を倒すしかないと判断したミサトはすぐさま切り替え、行動に移った。
 零号機にはもう一つのポジトロンライフルを持たせてある。
 本来ならこちらで射撃する予定だったのだ。

「最終段階です。行けます」
「レイ!」

 ミサトの号令を下に零号機がポジトロンライフルを使徒に向かって発射した。
 しかし、それは使徒の直前で弾かれてしまう。

「距離が遠すぎる。しかもA.T.フィールドを貫くほどのエネルギーが足りないわ」
「初号機は動かせますか?」

 この状態を黙っている蔵馬ではない。

「残念だけど無理だわ。今回の使徒では盾にもならないわ」




そのころ、アスカは夢にも似た空間に落ちていった……


(アタシ…なんで泣いてるんだろう… もう泣かないって決めたのに…)


(どうしたんだ? アスカ。新しいママからのプレゼントだ。気に入らなかったのか?)


(いいの。)


(なにがいいのかな?)


(アタシは子供じゃない! はやく大人になるの。ぬいぐるみなんて、アタシにはいらないわ!)


(だからアタシを見て!ママ! お願いだからママをやめないで!)


(一緒に死んでちょうだい!)


(ママ! お願いだからアタシを殺さないで! いやっ! アタシはママの人形じゃない! 自分で考え、自分で生きるのぉ!)


(パパもママもいらない。一人で生きるの。)


「イヤァァァァァァァァ!!!!!! こんなの思い出させないでぇぇぇぇ!!!!! せっかく忘れてるのに掘り起こさないで!  こんなイヤなこともういらないの! もうやめて…やめてよぉ… …違う! こんなのアタシじゃない!!」


(寂しいの?)


(寂しいの?)


(寂しいの?)


(寂しいの?)


(寂しいの?)


「違う! 側に来ないで!! アタシは一人で生きるの!! 誰にも頼らない!! 一人で生きていけるの!!」


(うそばっかり。)


「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




 司令室で黙していたゲンドウの口が開いた。

「レイ、ドグマを降りて槍を使え。ロンギヌスの槍を」
「!? 南野、それは」
「ヤツを倒すにはそれしかない。レイ」
『わかりました』




 零号機はターミナルドグマに降り立った。
 そこには、例の7つ目の仮面をつけた巨人の上半身が十字架に貼り付けられている場所である。
 その巨人に槍は刺さっていた。
 レイは零号機でその槍を引き抜くと地上へ再び向かった。

(……南野さん……)

『生命維持限界です』

 地上でのアスカの状態が報告されている。
 零号機にも伝わっていた

(……セカンド………アスカ……)




 地上へ浮上した零号機はすぐさま投擲体勢を取る。

(あれが、父さんの言ったロンギヌスの槍か。あれはどこかで見たことが…?)

 眼の前のモニターに映し出される様子を見ながらそう思う蔵馬。

(そうだ。ミサトさんにひっそり後をつけていった場所で見た巨人に刺さっていた槍だ。)

 蔵馬は目だけを司令室の方へ向けた。

(父さんは何を考えている?)

 投擲へのカウントがスタート。
 ロンギヌスの槍は二股に分かれていたが、変形してドリル状の一本の槍に変わる。
 そして、零号機からロンギヌスの槍が放たれた。
 ロンギヌスの槍は咆吼のような音を立て、使徒に向かって直進する。
 あっという間に大気圏を突破。使徒はA.T.フィールドを展開し、防御を試みるが、ロンギヌスの槍に破壊された。
 そのままロンギヌスの槍は使徒へ突き刺さり、一瞬でかき消えるのであった。
 ロンギヌスの槍はそのまま、落下せずに第一宇宙速度を突破。月軌道に移行した。




 弐号機が収容されて、救助されたアスカはそのまま病室へ収納された。
 蔵馬はその病室へやってくる。

「惣流さん、無事でよかった」

 ベットの上でうずくまっているアスカに声をかけた。

「うるさいわね! ちっともよくないわよ! よりにもよってあの人形女に助けられるなんて!! あんな人形女に助けられるなんて!! こんな事なら死んだ方がましだったわよ!! キライキライ! みんなキライ! 大っキライ!!」
「…だから?」

 冷静な蔵馬の返答。

「……」
「…だから?」

 もう一度。

「うるさいわね!! あんたにアタシの何がわかるってのよ!!」
「何もわからないさ。お前が俺に…いや、俺たちに心を開いて接した事もないからな」
「だったらほっといてよ!! 助けてくれなかったくせに!! もうどうでもいいのよ!!」
「どうでもいい? 何が?」
「もうほっといてよ!!」
「惣流さん。俺はお前の事は良く知らない。前にも言ったが俺たちに対して心を開いて接した事がないからな。だがな、お前はその程度の人間だったのか?」

 アスカの目から涙がポロポロ涙がこぼれ始めた。

「それは俺の買い被りだったのか?」
「うるさいわね…そんなこともうどうでもいいのよ… エヴァに乗っても勝てない…シンクロ率もガタガタ… もう、アタシに価値なんてないのよ…」
「価値? 誰が決めた? お前の価値を?」
「……」
「心を開いてみろ。ここにいる連中の少しでもいい」
「……」
「そうすれば何かがわかるかもしれない」
「……何って何よ」
「さあな。そこは自分で考えてみろ」
「………」

 そこにレイがやって来た。

「…惣流さん…」
「…何よ、人形女。アタシを笑いに来たの?」
「………」
「そうやって心配して来てくれた綾波さんに対してその態度では駄目だ、惣流さん」
「……この女がアタシを心配?」
「ああ」
「ふん」

 アスカはそっぽを向いた。

「南野さん」
「今はほっとくしかないだろう」
「そうなの?」
「自分自身を見つめなおす時間が必要なんだ」
「自分自身を見つめなおす…」

 レイはそうつぶやくと黙りこむ。
 何か思うところがあるのだろう。

(こっちもこっちで、何かありそうだな。裏で父さんが見え隠れする……)



 蔵馬はすっと二人から離れ、病室を出た。

「そろそろ、本格的に動くか。『南野シュウイチ』としてではなく『蔵馬』としてな……」

 ぽつりと呟く蔵馬。
 その声はわずかに病室内の二人にもわずかに聞こえてしまう。

(……クラマ? シュウイチはシュウイチじゃないの?)

 と、アスカ。
 そしてレイ。

(……南野さんには私と同じように秘密があるの?)