第拾玖話 『鳥-Arael-』前編
 蔵馬が救出され、医務室へ搬送された次の日のこと。
 ゲンドウが司令部にやってきた。

「冬月」

 入室一番に冬月を呼ぶゲンドウ。
 書類整理をしていた冬月がこちらを向いた。

「書類追加は今は困る。後にしてくれ」
「そうしたいがそうはいかない」
「どういうことだ?」
「老人どもからの書類だ」
「!?」
「鈴が鳴らないので、新たな鈴をこちらに寄越すそうだ」
「新たな鈴?」
「フィフスチルドレンだ」
「なんだと!?」

 冬月は驚きのあまり椅子から立ち上がった。

「計画ではもっと後ではないのか?」
「ふ。どうやら、イレギュラー的なシュウイチの存在で、計画を自分達で進める気になったらしいな」
「大丈夫なのか?」
「問題ない。破錠したものをどう繕っても元には戻せんということだ」
「南野、お前。認めてるのか? 人類補完計画の破錠を?」
「シュウイチがいる限り元には戻らん。ここは俺の勘だがな」

 司令席にどっかと座り、手にしていた書類を広げた。
 フィフスチルドレン・渚カヲルの情報が記載されているが、不明や抹消済みの項目がほとんどを占めてている。
 疑って下さいと言っているようにも見えた。

「勘だと。お前が勘などと不確定なものを信じるとはな」
「おかしいか?」
「おかしいな」
「そうか」
「お前、変わったな」
「シュウイチのせいだろう」
「親子としても上司部下としてもほとんど会話らしい会話してないのにお前を変えるか。ある意味恐ろしいな」
「だな」




 その頃、実験棟では弐号機のシンクロテストが行われていた。

『聞こえる? アスカ。シンクロ率、8も低下よ。いつも通り余計なことを考えずに』
「やってるわよ!!」

 アスカは絶賛不機嫌中だった。

「最近のアスカのシンクロ率、下がる一方ですね」
「ひどいものね。昨日よりさらに落ちてるじゃない」
「アスカ、調子悪いのよ。二日目だし」
「シンクロ率は表層的な体の不調に左右されないわ。問題はもっと深層意識にあるのよ」

 しばらく続けるが、アスカのシンクロ率は一向に上昇しなかった。逆に減少したぐらいである。
 リツコはついに諦めた。

「アスカ、上がっていいわよ」




 女子トイレからアスカがトイレから出てきた。下腹を押さえて苦しそうにしている。

「女だからって何でこんな目にあわなきゃなんないのよ!! 子供なんて絶対いらないのに!!」

 訓練が休憩に入ったアスカであったが下腹部の痛みでトイレに飛び込んだのだった。
 とりあえず処置は出来たので、戻ろうとエレベーターに向かう。
 エレベータ乗り場の前にはレイが立っていた。
 レイはアスカを一瞥する。

「心を開かなければ、エヴァは動かないわ」
「心を閉ざしてるってぇの? このアタシが?」
「そう。エヴァには心がある」
「あの人形に?」
「わかってるはずよ」
「………」

 アスカも実はわかっている。
 エントリープラグ内にいると何か暖かいものを感じている。
 それは一体何なのかはわからない。

「今、南野さんが動けない。だから、私達で何とかしないといけない」
「わかってるわよ……」

 ちん、という音を立ててエレベータがついた。
 レイは扉が開くと乗り込んだ。

「乗らないの?」
「乗るわよ!!」

 不機嫌そうな顔をしてアスカはエレベータに乗り込んだのだった。




 第三東京市の外れの廃屋。
 加持はある人物と合うためにここに来ていた。

(シュウイチくんのせいか、真実がわからなくなってきたな……)

 胸ポケットからタバコを取り出す、火をつけ、吹かす。

(もしかして、俺の知りたい真実はすでに捻じ曲げられているのか……)

 外で階段の上がる音がした。
 加持は懐に忍ばせてある銃に触れる。

「よお、お前か。遅かったじゃないか」

 扉を開けて入っていたのは、今日待ち合わせていた人物だった。
 その人物はサイレンサー付の銃をおもむろに抜いた。

「命令か」
「………」
「返事ぐらいしてくれてもいいなじゃないか」
「………」
「遠慮は要らんぞ。今度は外さないでくれ」

 返事の代わりに乾いた音が響く。
 どさっと仰向けに倒れる加持。

「これで、終わり…… ジ・エンドってやつか…」

 つぶやく加持は目をつぶる。
 撃った人物はそのまま出ていく音が聞こえる。

「俺は天国にでも行けるのかな…… ま、無理だろうな」

 軽口を叩く加持。意識は少しづつ失われていく。
 そこに巨大な影が近づいてくるのがわかる。

「死神のお出ましか」
「お前が加持という人間か。残念だが死なせるわけには行かぬ」

 巨大な影が口を開いた。
 薄っすらと目を開けるとそこにいるモノを見て驚いた。


「!? い、犬!?」




 ネルフ付属病院。数日後、蔵馬は無事退院した。
 医師による検査結果は異常なしとでる。
 リツコは疑って、徹底的に調べたが、問題は一切出なかったのである。

(人間でもなにか出そうな気がするが、妖怪だと出ないのか? 相変わらず良くわからないモノだな、エヴァというのは。)

 そして、退院の挨拶をそこそこにリツコの呼び出しに応じた。

「なんでしょうか?」
「シュウイチくん、貴方の着ていた服は何? 制服でも私服でもないわ」
「エヴァから排出された時に着ていた服ですか?」
「ええ」

 妖狐の時の白服一式はリツコに回収されている。
 調査中であるが、わけがわからない服であった。

「わかりません、としか… 意識飛んで、気がついたら病院のベットでした」
「暴走の影響ですべて遮断されていたから、それを信じるしかないわね」
「…… 俺が、服を中に持ち込んだと言うのですか? 隠し場所なんてないですよ」
「そうなのよねぇ… 制服の下に着こむ? それはそれで変よねぇ」
「そんな事すれば一発でわかりますよね、暴走前は確認できていたんですから」

 実は蔵馬は制服で初号機に乗り込んでいたのだ。
 そのため、強制排出の際に流れでた服とは、この制服である。

「エヴァが作った? L.C.Lが生成した? わからないことばかりね」
「そのあたりはリツコさんが専門でないでしょうか」
「そうなんだけどね」
「とりあえず、その服を徹底的に調べてみたらいかがですか?」
「いいの!?」

 驚きの声を上げるリツコ。
 彼女は今も蔵馬を疑っているので、蔵馬の正体につながると思われる服は返せと言われると思っていた。

「俺自身も知りたいので」
「そう? うふふ。なら徹底的に調べてみるわ」

 リツコの目が怪しく光った。

「でも、何かわかったら教えて下さいよ? 俺が着てたようですので」
「わかったわ」

 その後、リツコは全力を持って調べ尽くすことになる。
 しかしながら、それが何が出来ているのかすら判明しなかったのであった。

(俺の妖糸で編みこんだ服だからな。そう簡単に解析できるわけがない。)




「使徒を映像で確認しました。最大望遠で表示します」

 蔵馬の退院後、しばらくたって。新たな使徒が発見された。
 しかも、遥か上空、軌道衛星上に。
 その姿は光輝く鳥の如き、その中心部下では手の様な部位に支えられる形でコアが露出している。

「相変わらず一貫性のない奴らね」
「今度は鳥っぽい?」

 呟くミサトの横で蔵馬が言った。

「動く様子なしか」
「ここから一定距離を保っています」
「て事は、降下接近の機会をうかがっているのか… その必要もなくここを破壊できるのか」
「動かないことにはなんとも言えません。このまま落下してくることを、ビームを撃ってくることを考えられます」
「どっちにしてもヤバイことには変わらないわね」

 悔しそうなミサト。
 地上にいるのであれば、迎撃システムで相手の行動は読める。しかし、今回はそれは機能しない。
 衛星軌道上の使徒に対して、エヴァンゲリオンという最終兵器が無力であると証明してしまった。

「ミサトさん、さすがに宇宙まで届くミサイルなんてありませんよね?」
「ないわねぇ。目標がライフルの射程距離内まで近づいてくれないと、何も出来ないわ。エヴァには衛星軌道の敵は迎撃出来ないもの」
「そうですか」
「初号機はまだ修理中。動かせるのは零号機と弐号機だけか」

 ミサトは零号機と弐号機に通信をつないだ。

「レイ、アスカ、いける?」
『問題ありません』
『何か作戦でもあるの? ミサト?』
「零号機発進、超長距離射撃用意。弐号機はバックアップとして、発進準備」
『バックアップ!? このアタシがぁ!? 零号機の!?』
「そうよ。後方に回って」
「ふ…ふ…ふざけんじゃないわよ!! このアタシにバックアップさせるなんて!! エヴァ弐号機、発進します!」

 今まで後方支援ばかりやってきて不機嫌なアスカは爆発した。
 そして、勝手に出撃していった。

「まったく、アスカは…… まあ、いいわ。先行させてやらせてるか。ポジトロンライフルを持って行きなさい」
『わかったわ! このアタシが撃ち落としてくれる……』
「ふう」

 思わずため息をつくミサトであった。