第拾伍話 『力-Zeruel-』前編
 『ゼーレ』と呼ばれる秘密結社がある。太古の時代より、表の歴史を操ってきたといわれる。現在は世界最高機関である国連を隠れ蓑に活動している。
 今ここに、ゼーレの最高幹部たちが集まる部屋があった。円卓があり、周りに椅子が…といった会議室風ではない。何もない。暗闇が支配する部屋であった。
 そこに立体映像だろうか…黒い板…モノリスの姿で現れる。数は12。01、02、といったナンバーが淡く光っていた。


「何かがおかしい」


 まとめ役と思われる人物のモノリス『01』が言った。

「どうかしたのか? 我々のシナリオに遅延も何もない。今のところ、南野はシナリオどおりに動いている。問題はあるまい」
「………」
「我々がつけた鈴は、少々問題があるかもしれないがな」
「全体的なシナリオの遅延はない。だが、細かい部分で違和感を感じる」
「違和感とな」
「南野…… 奴の背後で何かが動いているように感じるのだ」
「曖昧な」
「私の考えすぎであればよいが」
「南野は我々が思う以上に謎の男だ。何かあるのかも知れん」
「新たな鈴をつけるか?」
「アレに行ってもらおう。少々早すぎるがな」

 円を組むモノリスの中央に光が注ぐ。そこには、簡易的な折り畳み椅子が一つ。その椅子には一人の少年が座っていた。



「タブリス」



「僕の登場には早すぎじゃないかな」

 タブリスと呼ばれた少年が答えた。

「あの男の鈴が鳴ったとしても、奴の範疇やも知れぬ。だが、時期早々でもお前に行ってもらう。正鵠を射る我々の切り札に」
「………」
「南野の息子に張りつけ。奴が不穏な動きを見せたら、我々に知らせるのだ」
「わかった」
「期待する」

 そう言うと、モノリス達は消えていった。そして、少年が取り残される。

「南野シュウイチ君か… じっくり見せてもらうよ」

 今まで閉じていた目をすっと開けるとそう呟いた。




 ネルフ付属の病院。エヴァンゲリンなる超科学兵器を要する組織の病院である。トウジを含むエヴァのパイロットたちが運ばれていた。
 レイは強制切断の後遺症の検査を受け、。蔵馬はエヴァの暴走と思われる現象のために精密検査を受けた。
 アスカはエヴァが戦闘不能になっただけなので簡易検査で済まされている。
 トウジは、検査の結果、内臓にダメージを受けており、手術が必要であることが分かった。


 そして現在。トウジの手術が行われている。


 手術室前には蔵馬と、実験場の崩壊とともに負傷したミサトがいた。

「シュウイチ君、医師の話によると大した手術じゃないそうよ。そんなに心配しなくて大丈夫よ」

 ミサトなりの慰めだろう。人殺しをしたことのない少年に人殺しをさせようとしたのだ。

「無傷で助けようと思ってました。でも、最後ああなった。少し心配だったです」
「無傷って……あの状況でそんなことを考えていたの?」
「成功率は少ないとはわかっていたんですが…」
「……アンタ何者よ」

 呆れるミサト。慰めようとした自分がアホに思えてきた。

「えーと? エヴァのパイロット? 高校生? あとは…?」
「時々、凄腕の傭兵に見えてくるのよ…」
「俺がですか? 何言ってるんですか。そんな訳ないじゃないですか」
「そーなのよねー。エヴァのパイロットのパーソナルデータ見てもそんなのないのにね。なんでだろう?」

 うーんとうなるミサト。

(思っていた以上に恐ろしい人だ。俺の正体…前世…に一番早く気付くかもしれないな。)




 やがて手術が終わった。蔵馬は手術室から出てきた医師に尋ねる。

「鈴原くんはどうですか?」

 その問いかけに医師は優しげな微笑みを持って答えた。

「大丈夫です。まあ、一か月ぐらいは入院してもらいます」
「そうですか。どうも、ありがとうございました」

 頭を下げる蔵馬。

(よかった……)




 わずかな光が照らす、暗い廊下。
 半分機械化された人物と、蒼銀の髪の少年が歩いていた。

「僕は、見てればいいのかな?」
「鳴らず鈴で居ろ。時期が来たら盛大に鳴ってもらう」
「ふふ…」
「どうした? 何がおかしい?」
「失礼。報告書で読んだ南野シュウイチ君に興味を持ってね」
「興味を持つのは構わん。だが、目的を忘れるなよ」




 病院を出ると一台の車が止まっていた。乗っているのは加持だ。

「シュウイチくん、ちょっといいかな?」
「加持さん、なんですか?」
「ここでは無理なんでね、場所を変えたいので車に乗ってほしいかな」
「……… わかりました」

 助手席に乗り込む蔵馬。それを確認すると加持は車を走らせた。



 町はずれの廃工場跡地。密会に適した場所であったが、密会してくださいと言っているような場所だ。
 加持は車を降りると、すっと自然な様子で周りを見回す。ネルフをはじめとした監視がないかどうかを確信したのだ。
 もちろん、助手席に座ったままも周りを確認し、素早く結界を張る。人除けの結界のようなもので、普通の人間では気が付かない代物だ。

「悪いね、ここに来てもらえるかな?」

 加持に促されるように車を降り、加持とともに廃工場跡地へ入って行った。




「ここら辺でいいかな?」

 歩みを止め、蔵馬に振り向く加持。

「俺としては何処でもいいのですが、何の話でしょうか?」
「君は誰だい?」
「…? 質問の意味がわかりませんが」
「そうかな?」
「南野シュウイチ。南野ゲンドウの長子。エヴァンゲリオン初号機のパイロット。サードチルドレン。このあたりは加持さんの方が詳しいのではないんですか?」
「そうだね」
「何か不明点でも?」
「葛城やりっちゃん…赤木博士が、シュウイチくんを凄腕の傭兵のように思っているみたいなんだ」
「傭兵? 俺のことは完全に把握しているはずなのに、なぜそんなことが?」

 蔵馬は意外な言葉に驚く。加持は苦笑しながら話を続ける。

「戦いなれてる……というのが答えかな」

(……… 確かに前世では千年以上生きた妖狐であり、盗賊だ。戦いの数は多い。なるほど、そのあたりが出てしまったのか。)

「驚いているということは特に意識してない?」
「思った通りに動くということで、その通りに動かしているだけなんですが…」

 間違ったことは言ってない。現時点ではエヴァがどのようなものが蔵馬は把握してないので、言われたとおりにやっているに過ぎない。

「そうだろうな。潜在能力でも覚醒しつつあるのかな」
「俺に傭兵の才能?」
「う~ん。よくわからないな」

 不思議そうな顔をする加持。

「それだけですか? それだけでここに? は!?」

 蔵馬は少し危ないことを妄想した。


「まさか、押し倒し…」


「するか!!」


「うわ!」


「何を言い出すかと思えば…はあ」
「すみません」
「毒気が抜かれた気分だ。あと一つ。こっちが本題かな」
「なんでしょうか?」

 緊張する蔵馬。しかし、表情は一切変わってない。

「いきなり戦場に放り込まれて、訳が分からない状況になっているとはいえ、独自に調査するのは危険だぞ」
「おや、気がつかれていましたか」

 のほほんと答える蔵馬。

「俺だけだがね。警告しよう。これ以上は危険だ。即刻やめた方がいい」
「その言葉、そっくり返してもいいですか?」
「何?」

 蔵馬の目がすっと細くなった。


「ネルフと日本国政府と…あと正体不明な組織の…三重スパイの加持さん?」

 加持のまとう空気が変わった。


「なぜ、そこまで知っている。君は本当に何者だ」

 口調も変わった。右腕はすでに銃をいつでも抜けるようになっていた。

「ちょこっと調べたらわかったんですが。俺程度でもわかったんですから、父さんも知っているのではないんですか?」
「…… 知っているだろう。知りつつも俺を使っている」
「なるほど」
「単刀直入に聞こう。君は何処まで知っているんだ?」
「何をですか?」
「色々とな」

 一触即発の空気が漂う。

「言えません」
「そうか…なら、君の情報網をちょっと紹介してくれればいいさ」
「情報網? それは出来ません」

 蔵馬の情報網は、使い魔が基本。クー・シーが突然現れては一言二言告げるだけだ。

「そうだろうな。ではなぜかね」
「加持さん、貴方が死んでしまいますよ」

 使い魔は基本術者の霊力…蔵馬の場合、妖力だが…を糧に活動する。クー・シーは妖精の丘の番犬だ。気まぐれに教えてくれてるに過ぎない。

「そんなに危険な情報網を君が?」
「そういうことにしていてください」
「なるほど…… それは置いておこう。なら協力関係になれないかな?」
「協力?」
「知りたいことを教えあうだけさ。それ以外は干渉しない」

 加持は勘で協力関係になった方がいいと思った。細かいことはあとでいいやと投げやりになっただけかもしれない。

「………」
「だめかな?」
「いいでしょう。でも、ネルフが世界征服望んでるとか、ぶっ飛んだことはわかりませんよ? それらは加持さんの方がわかる気がする」
「それだけでいい」
「わかりました。では、こちらから一つお聞きします」
「なんだい?」

 すでに加持は手を下している。危険はないと判断したのだ。口調も戻りつつある。

「フォースチルドレンのことです。何故、鈴原くんだったんですか?」
「適格者…フォースチルドレンの候補者は…全てレイやアスカのクラスメートだ」
「眼鏡の子もお下げの子のもですか?」

 蔵馬には、あの時助けた三人の残り二人が浮かんだ。

「その通りだよ」
「集めたんですね」
「集めたんだよ」
「たとえば、フィフスチルドレンもそこから選ばれるんですか?」
「そこまではわからないな。こっちも危ないんでね。つっこめなかった」

 苦笑する加持であった。




 その後、二人は廃工場跡を後にした。