第拾參話 『霰-Bardiel-』後編
 ミサトの指示で三機のエヴァは配置についた。参号機……使徒は動かない。様子を見ているようにも見えた。
 レイは山を背にライフルを構えている。

(エヴァ参号機……使徒…)

『レイ』

 零号機にゲンドウより通信が入った。いや、エヴァ三機に向けた通信であろう。

『接近戦闘は避けろ。足止めしろ』
「了解」

 使徒が歩き出した。レイは使徒が山の反対側を通り過ぎるのを待つ。
 使徒は零号機に気が付いていない風に見えた。ゆっくりと歩みを進めている。


(乗っているわ…… 彼……)


 レイはトウジがフォースチルドレンに決まったあとに声をかけられている。エヴァについての事項だ。
 元々会話を得意としないレイとはじめて声をかけたようなトウジでは話が弾むわけがなく、ぽつりぽつりとカタコトで話すのが精一杯だった。


(お前が心配しとんのは南野さんや。)


 ふと思い出す。会話の流れで、何故か蔵馬のことになっていた。


(南野さんとはほとんど会ったことない。でもな、命令違反してまでわしを助けた。それだけでも多少はわかる。わしがエヴァに乗って辛い目にあうと南野さんが苦しむ。お前はそれがイヤなんや。)


(わからない。わかるのは……私があの人を攻撃すれば……南野さんが……苦しむ……)

 レイのわずかな思考が隙を生む。異様な姿勢で零号機めがけて飛び上がり、零号機を押さえつけた。

「しまった…!」

 使徒から、粘液が滴り落ちてくる。使徒本体とみられる粘液だ。零号機への浸食を開始する。それはレイに激痛を生み出した。

「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」




『きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!』

 レイの悲鳴が響く。

「零号機左腕、使徒進入!!」
「左腕切断」
「な……!!!」

 ゲンドウの命令に唖然とする青葉シゲル。

「はやくしろ」
「し……しかし! 神経接続解除しないと!!!」
「切断」
「でも……!!!」
「やれ」
「く……」

(……ごめんね……レイちゃん…)

 シゲルは零号機の左腕切断スイッチを入れる。すると肩から零号機の左腕が切断された。
 もちろん、神経接続そのままなので、激痛がレイに送る。

「!!!!」

 レイは、声を上げる事すら出来なかった。

「ぅぅぅぅ…………」




 それを見たアスカは思わず前に出た。使徒は沈黙した零号機の上に乗り、頭をそのまま弐号機の方へ向いた。笑った。アスカにはそう見えた。

「な…!」

 使徒は異様な体制でジャンプし、弐号機を攻撃。弐号機は反撃に出ようとしたが、使徒の動きについて行けず、一撃で致命的なダメージを受けた。




「綾波さん!! 惣流さん!!」

 その様子を見た蔵馬は思わず叫んだ。
 使徒は、零号機と弐号機が動けないのを見ると攻撃対象を初号機に定めた。

「くるか…!」

 使徒は咆哮とともに飛びかかってきた。かろうじて防御するが、弾き飛ばされてしまった。

「く…」

 体制を立て直し、反撃しようと使徒へ顔を向けると、使徒は四つん這いになっている。
 そのため、背中の粘液…蜘蛛の巣…のようなモノで押さえつけられているエントリープラグが見えた。

「エントリープラグ。あの中に鈴原くんがいる。どうすれば助け出せる?」

 使徒の腕が不自然に伸び、初号機の首を掴む。初号機は首を絞められながら、後ろの山にたたきつけられた。

「ぐあ…!! 俺に考える時間を与えない気か」

 初号機は使徒の腹部を蹴り、後方へ吹き飛ばした。使徒は地面にたたきつけられたが、大したダメージは与えていないようだ。
 すぐにふらりと立ち上がり、再び攻撃態勢に入っている。

「結構無茶だが、エントリープラグを引きずり出すしかない」

 使徒が異様な体制で突っ込んできた。それを素早く抑える初号機。
 身動きをとれなくして背中のエントリープラグを強引に取り出そうとするが、人体の構成を無視した角度から蹴りが飛んできた。
 エントリープラグに気を取られていた初号機は、まともに受けてしまう。

「ちょっとまて。どういう構造なんだ!?」

 エントリープラグからは手を離さなかった初号機だが、そこから粘液の浸食が始まる。

「使徒が初号機に浸食してきただと!」 

 驚きの声と同時に使徒の体から、粘液が滴り落ちてくる。初号機は腕、足、胸、腹、至る所から使徒に侵入されていく。

「うああああああああぁぁぁあああああぁぁぁあああああぁぁぁあああああぁぁぁあああああぁぁぁあああああぁぁぁあああああぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!」




『うああああああああぁぁぁあああああぁぁぁあああああぁぁぁあああああぁぁぁあああああぁぁぁあああああぁぁぁあああああぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!』

 発令所に蔵馬の叫び声が響く。すぐさまゲンドウが動く。

「初号機とパイロットのシンクロを全面カット。回路をダミープラグに切り替えろ」
「しかし、ダミーシステムにはまだ問題も多く、赤木博士の指示もなく──」
「今、初号機が乗っ取られれば全てが終わる。急げ」
「は、はい」

 シゲルが初号機と蔵馬のシンクロをカットしようとした時、初号機との接続がすべて遮断された。

「な…!」
「どうした?」
「初号機との接続、すべて遮断されました! 信号受け付けません! 通信も…!!」
「なんだと? 暴走か?」
「わ、わかりません…」
「送り続けろ」
「了解」




(どうした…? 何が起きた…?)

 蔵馬は激痛で数秒落ちていた。起き上がると、すぐに初号機を動かそうとするが、操作できなかった。

(反応がない。制御不能だと? しかしこのままだと、鈴原くんが危ない。)




 初号機への浸食が止まらない使徒。全身が粘液で包まれつつあった。

「ヴヴヴヴヴヴヴ……」

 初号機が唸りを上げると、目が光った。




「使徒に乗っ取られたのか?」

 初号機の唸り声をゲンドウが言った。

「初号機、再起動します…いえ、しました!」
「やはり暴走か」

 その後の初号機の猛攻は凄まじかった。使徒はズタズタに切り裂かれる。
 切り裂かれるたびに使徒の体液が初号機にかかり、初号機は真っ赤に染まっていた。
 参号機の動きが鈍くなっても攻撃をやめなかった。まるで……鬼が暴れているようにも見えた。
 そして、ついにエントリープラグに手がかかる。

「何をする気だ?」

 強引に抜き去ると遠くへ放り投げたのだ。

「暴走状態で、フォースを助けるだと…? これは、ユイのせいか?」




 原型をほとんど留めていないほど、ズタズタに引き裂かれた使徒は動きを完全に止めた。その前には、真っ赤に染まっている初号機がたたずむ。
 その様子をずっと見ていたネルフ本部の面々は言葉を失っていた。

「現時刻を持って作戦を終了。総員、第一種警戒態勢に移行。エヴァ及びパイロットの回収を急げ」

 そんな中、一人冷静さを保っていたゲンドウが静かに命令を下したのだった。




 そのころ、初号機の中の蔵馬。

(制御は受け付けない。どうしたものか。)

 そんなことを考えていると、今まで何も映してなかったモニターの映像が回復した。そこには、原形を留めていない使徒が映っている。

「……! 初号機がやったのか!? それでは、鈴原くんは…!」
『ヴァヴァヴァヴァ……』

 通信機が妙な音を立て始めた。

「なんだ?」
『アーアーアー。シュウイチくん聞こえるかな?』

 シゲルの声であった。

「青葉さん?」
『大丈夫のようだね』
「何が起きたんですか?」
『詳細は調査中だが、初号機が暴走して使徒を殲滅した』
「鈴原くんは?」
『救助中だよ。暴走状態でありながら、エントリープラグを投げ捨てて助けたようだ』
「それって暴走なんですか? まあ、こちらも制御不能でしたけど」
『調査中としか言えないかな、今は』
「言える範囲でいいので、わかり次第教えてください」
『わかった。とりあえず帰還して』
「はい」




 三機のエヴァは回収された。初号機は浸食され、零号機は浸食された上に片腕切断、弐号機は一撃で戦闘不能に陥っていた。
 レイはそのままタンカで医務室へ運ばれる。気を失っているが、精密検査が必要だろう。強制的に腕が切断されたダメージは尋常ではないはずだ。
 蔵馬はそれを見送り、ちらりと他所を見る。そこにはアスカがいた。思いっきり不機嫌であった。

(一撃で戦闘不能はプライドの高い彼女では堪えただろうな。それだけではないはずだ。様子見だな。)