第陸話 『魚-Gaghiel-』
 ここはリツコの私室。実際は実験室兼執務室兼私室である。ここでリツコは目の前の端末に向かいながら、先日行われた使徒戦を解析していた。
 エヴァの損傷率、修復日数、修復費用、サンプルとしての使徒の死体の価値等々映りだされている。直接はリツコにはかかわりのないものもある。
 一つだけだが、矛盾をリツコは見つけていた。零号機のエントリープラグのハッチである。鋭利な刃物…刀剣の類…で切断された跡。南野シュウイチがレイを助けるために切り裂いた…という結果であるが、ではその刃物…刀剣の類…はどこからきたのか。だしたのか。

「シュウイチ君… どうやったのかしら… ハッチを切り裂けるほどの武器は見つかってない…」

 多少開けているとはいえ、山の山林の中。撤収作業中に調査してもらってもそのようなものは発見されなかった。

「それが、彼の秘密だっていうの…? もう少し調査が必要ね…」




 ほぼ同時刻。蔵馬は下校中である。転校初日は女の子たちにキャーキャー言われたり、男装の麗人に間違われたりしたが、今は静かだ。
 極力他者との接触を避けているせいもあるが、ネルフ関係者ということもある。ネルフってそんなに嫌われているんだろうか? というか非公開組織だろうが…とも思ったこともある。
 道を歩いていると、妖気がつけているのに気が付く。殺意がないため、気が付くの遅れたのだ。

(妖気…? 護衛という名の監視がウロウロしているのは知っていたが、妖気か。誰だ。)

 相手に気が付かれないように周りを探るがまったく見えない。

(かくれんぼがお得意のようだな。誘ってみるか…)

 脇道に入る蔵馬。妖気はそのままくっついてきていた。そして山林に入るとネルフの皆さんをまく。

(あとのこの妖気の持ち主のみか。)

 蔵馬は立ち止まると周囲に声をかけることにした。

「誰かな? 俺を付けている奴は」

 妖気が揺らぐ。自分がいることに気が付かれていたことに動揺が走ったようだ。そして、妖気の持ち主はすーっと姿を現したのだった。

「気が付かれていたのか…」

 牛ほどある巨大な犬が現れた。

「クー・シー…?」
「いかにも我はクー・シー」

 クー・シーとは、妖精が番犬として飼っている妖犬である。本来は妖精の住む丘の上などを守るのが仕事だ。番犬なので妖精たちに連れられていることが多いが、たまに一匹で人間たちの住む場所にも現れるという。
 ただ、姿が牛ほどの大きさを誇り、暗緑色の毛が生え、足は人間の足と同じぐらいである。それだけの巨大さを誇るが、音を立てずに滑るように歩るけるのだ。

「俺に何かようか?」
「我はこの近くにある妖精の丘のクー・シー。巨大な妖気を感じ、妖精たちがパニックを起こしかけた故、調べに降りてきた」
「巨大な妖気とは、時々やってくる得体のしれないバケモノのことかな?」
「いや、汝だ」
「俺?」
「そうだ、汝は何者だ。場合によっては…」
「殺すか。それが普通だな」
「何者だ」
「俺の名前は南野シュウイチ。元・妖狐だ」

 蔵馬の名は極悪盗賊として名が売れすぎている。とりあえず伏せることにした。

「元?」
「死んで人間に転生した。もっとも前世の記憶や力はそのままだが」
「なるほど」
「今は時々やってくる得体のしれないバケモノを倒すためにここにいるので、そちらには干渉する気はない」
「それなら安心だ」

 妖精の丘が近くにある…なら、長くここに住んでいるのだろう。なら何か掴んでるかもしれない。もっとも無関心を貫いているかもしれないが、と蔵馬は考えた。
 そこで聞いてみることにした。情報は多いことに越したことはない。

「一つ聞きたい。先ほど話したバケモノに件で何か知っていることはないか?」
「知らぬ。妖精たちが無事であれば他はどうでもいい」
「確かにな」
「ただ…」
「ただ?」
「人間たちが予期していたのだろう。そうでなければ住む町丸ごと対抗できるようにするわけない」
「それはそうだな」
「妖精たちは多少、あのバケモノを気にしている。何か知ることができたら、汝に伝えよう」
「いいのか? 基本人間へは不干渉のはずだが」
「問題ない。それが妖精たちを守ることに繋がるなら」
「なるほどな。わかった。よろしく頼む」
「変わった人間、いや妖狐か。期待せずに待っていてくれ」

 そう言うと、クー・シーはすーっと消えた。




 蔵馬は山林を出る。今度は蔵馬を見失っていた監視たちの気配が囲んだ。

(彼らは、俺を見失った件で減給かな? 関係ないが… だが、小さいが情報網が一つできた。これで何かがわかるだろう)


 別談。狐と犬は同じイヌ科であり、気が合ったのかもしれない…




 しばらくして、住居であるマンションに近づいてきたとき電話が鳴った。どうらやネルフからだ。

「はい、南野です」
『シュウイチ君? 悪いわね、ネルフに来てくれる?』

 ミサトのようだ。

「次の使徒ですか?」
『使徒に関することだけど、攻めては来てないわ』
「新しい情報をキャッチしたという事ですか」
『ええ、そうよ』
「わかりました、向かいます」

 ため息をつくと電話を切った。




 ネルフに到着し、すぐさまネルフ会議室へ向かう。そこにはすでにレイ、ミサト、リツコがいた。

「遅れてすみません」
「いえ、これからよ。まずはこれを見てもらえるかしら?」

 ミサトは目の前にある巨大スクリーンに映像を流す。そこには、輸送中の弐号機の様子が映っている。
 突如襲ってきた使徒との戦闘シーン。そして倒しているシーン。

「この後、戦艦二隻による零距離射撃。太平洋艦隊の力を借りたとは言え、出撃からわずか40秒で使徒殲滅。噂通りね。セカンドチルドレンの実力は」
「弐号機の実力はわかりましたが、しかし何故使徒はあんなところに…?」

 蔵馬は疑問を口に言う。今までは、ここ第三東京市へ侵攻していた。今回は海上だ。魚っぽいので海なのかなとも思う。

「輸送中の弐号機を狙ったとも考えられるわ」
「使徒は何らかの方法で自分たちの敵を認識したんでしょうか?」
「おそらく……としか言えないわね」

 苦々しく言うミサト。サンプルは得られて、使徒の実態解析は一歩前に進んだが、目的等は不明のままだ。

(情報は、厳しそうだな。人間相手ならそれなりに読みやすいが、使徒はなんなのかすらわかってない。)

 蔵馬の頭脳をもってしても解析不能だ。情報が少なすぎる。

「話変わるけど… で? どう? 新しい仲間の戦いぶりは? シュウイチ君?」

 ミサトが蔵馬に聞く。からかいの目をしている。蔵馬が何か言ったらツッコム気満々だ。

「……………」

 無言の蔵馬。

「興味ないの?」

 残念そうなミサト。それを見て呆れているリツコ。

「ありません」
「セカンドチルドレンは金髪の美少女よ? 食指起きない?」

 今度はニヤリ笑いのミサト。蔵馬はそれを横目に見てため息をついた。

「俺より戦闘訓練を相当積んでいるようですので、戦闘はこれより楽になるでしょう」
「…… ち」

 期待していた返答ではなかったので、つまらない表情をするミサト。

「ま、いいわ。明日正式に紹介するわ。学校が終わったらまっすぐこっちにいらっしゃい」
「わかりました」




 その帰り道。と、言ってもまだネルフ内だが。
 蔵馬は、レイがセカンドチルドレンの事を知っているのではないかと思い、聞くことにする。

「綾波さんはセカンドチルドレンの事知ってるの?」
「会ったことはないわ」
「どういう人とかそういうのも?」
「ないわ、興味ないもの」
「そうなんだ」

(他者は興味なし。あの男の事になると顔色が多少動くだけか。)

 レイからはセカンドチルドレンの情報を得られないとわかるとすぐに切り替える。

「綾波さんはいつからエヴァに乗ってるの?」

 レイ自身の情報を得ることにした蔵馬。

「八ヶ月前から」
「そう言えばミサトさんが、綾波さんはエヴァとシンクロするのに七ヶ月かかったって言ってたな…… やめたいって思わなかったの?」
「いいえ」
「………」
「………」
「私にエヴァに乗る他に価値なんてないわ」
「価値?」
「ええ。エヴァに乗ることこそが私の存在価値。生きる意味だもの」
「………」

 蔵馬はレイの顔を見る。表情はいつもの無表情だ。

(嘘や冗談ではなさそうだ……)

 そこで蔵馬は使い魔を使うことにした。最下級妖怪クラスで妖気も低く、人間には見ることができない優れもの。ネルフの世界最高レベルの監視機器でもキャッチできない。
 先ほどのクー・シーの件もあるが、人間・南野シュウイチでは得られる情報が極端に低い。ゲンドウも話すと言っておいてネルフ自体にいないし、もとより話す気はなさそうだ。

(綾波レイと…赤木リツコ…この二人だな。あの男は今はいないので、帰ってきたら憑けるか。葛城ミサトは…何も知らなそうだ。そう見せかけてる曲者かもしれないが。)

 レイと別れるときに、一匹の使い魔をレイに憑けた。これで少しは情報は得やすいだろう。

(年頃の女の子に憑けるのは気が引けるけどね……)




 セカンドチルドレンの戦闘記録を見てから数日後。蔵馬は訓練の名目でネルフに向かった。
 そして、ジオフロントへのゲートに向かって歩いていると、何か叩くような音を聞いた。

(…………?)

 一応、警戒してゲートへの曲がり角で止まりこっそりと覗く。ネルフの敵対組織が…とは考えにくい。用心はこしたことはない。

「なによ!! この機械! 壊れてんじゃないの!?」

 若い女性の声。少女のようだ。

(………侵入者では無いようだが?)

「んもーーーーっ!! このカード作ったばっかなのになんで受けつけないわけ!?」

(ここの関係者か? そういえば彼女金髪だな。ミサトさんが言っていた例の子か?)

 確認と警戒を含め、蔵馬は角から出て来て少女に声をかける。

「どうした?」
「受け付けないの!! …ってアンタだれ?」

 蔵馬を睨みつける少女。

(元気すぎるような気がするな。)

「ちょっと、そこのアンタ! 聞いてるの!?」
「聞こえている」
「アンタだれ?」
「普通は自分から名乗るもんだが、まあいいだろう。俺は南野シュウイチ。君は惣流アスカラングレーでいいのか?」
「アンタが…サードの… そうよアタシがアスカよ」
「わかった」

 蔵馬はそういうと自分のカードを通す。

「一緒に入ろう」
「え? あ…」
「どうした?」
「ありがとう!!」

(………俺に何か言われると思ったのか?)

 蔵馬は、アスカと一緒にゲートを通過する。

「余計なお世話かもしれないが、そのカード開始日は何時になってる?」
「開始日? え~と」

 アスカは自分のカードをマジマジ見る。

「…明日ね」
「それじゃ、受け付けるわけがないですね」
「ぬう」
「葛城ミサトは知ってるかな? そのあたりに言った方がいいと思うよ。今度は出れなくなるし、不法侵入者扱いされるかもしれない」
「そうするわ…」




 特に会話することもなく…アスカは蔵馬への警戒感バリバリ発信中…通路を一緒に歩く。しばらくして、ミサトがやってきたのでアスカを押し付け、自分は訓練に向かうことにした。

(警戒されるほど何かやったつもりはないが…使徒を倒しすぎたせいか? しょうがない、彼女にも憑けるか… それにしても自分以外周りはすべて敵。魔界に居たころのようだね。)




 そのころのネルフ司令室。ゲンドウは謎の男といた。

「いやはや。波乱に満ちた船旅でしたよ。やはり、こいつのせいですか? 硬化ベークライトで固めてありますが、生きてます。間違いなく。人類補完計画の要ですね」

 そう言うとトランクを机の上に置く。そして、手馴れた感じでトランクを開けると、何かで固められた胎児のようなものが入っていた。

「そうだ。最初の人間、アダムだよ」

 ゲンドウはにやりと笑った。




 蔵馬は短時間であるが訓練を終え、少し遅めの昼を頂くために社員食堂に来ていた。一緒に訓練していた…会話は一切ないが…レイも一緒だ。
 時を同じくして、ミサトとアスカがやってきた。昼食を取りに来たようだ。

「シュウイチ君とレイも同じ時間なのね。じゃ、なんでも好きなもの頼んでいいわ。ここじゃ大したもの無いけど、おごっちゃうわ」
「ミサトさん。昼間っからビールはダメです」
「しーーーっ! 黙ってりゃわからないわよって、シュウイチ君なんでそんなことを!?」
「いやなんとなく飲みそうだなって思いまして」
「感が良すぎるわよ…」

 そして、席に着く四人。
 パイロット同士交流を深めてやろうという意図だろう。ミサトがまず口を開いた。

「そうそう、使徒との戦い。見せてもらったわ。さすがね」
「あったり前じゃない。このアタシに出来ない事なんてないわよ。あの程度の敵、ちょちょいのちょいよ」
「さすがに厳しい訓練を受けただけのことあって、洗練された印象を受けたわ。シュウイチ君とはまた、違ったタイプの強さね」
「違ったタイプ?」

 アスカは蔵馬を指差して言った。

「そう、シュウイチ君はなんて言うか… 戦いのセンスがあるって言うか… なんか場数踏んでる傭兵な感じが…」
 しどろもどろになりながら言うミサト。

「俺は一応高校生ですので。どうすれば傭兵になれるんですか?」
「そうよね~。なんでそう思ったのかしら~?」

 首をかしげるミサト。

(…無意識に妖狐・蔵馬が出ていたか? 自重はしていたが…)

「変なの。それにミサト? じゃあ、何? アタシにはセンスが無いって言うの?」
「いやいや、そう言うわけじゃ…」
「ミサトさんはそんな事言ってないよ。それに年上の人に対する言葉遣い悪いかな」

 黙々と昼飯を食べながら言う蔵馬。ミサトはそれを見ながら、シュウイチ君は毒舌の癖に…と呟いていたが蔵馬はスルーした。

「なによ、えらそうに」

 ギンッと睨みつけるが、涼しい顔の蔵馬。

「うるさいわね! アタシの勝手でしょ!? 男の癖に長髪なんかにしちゃってさ!」
「これはただの趣味だ」
「まあまあ二人とも、喧嘩しないの」

 うがーっと噛みつかんばかりのアスカをミサトがなだめる。そこへ、ミサトを後ろから抱きしめる者が現れたのだ。

「うぐ! やめて!」
「加持さん!」

 アスカが嬉しそうに言った。

「どちらさんですか?」
「おっと、自己紹介がまだだったね。ネルフドイツ支部からアスカのお供でこっちに異動になった加持リョウジだ。よろしくな」
「南野シュウイチです。よろしくお願いします」

(何者だ? 只者ではなさそうだ…… 本当に敵ばかりだな… 彼にも憑けておこう…)