第伍話 『雷-Ramiel-』後編
 零号機起動実験直後、使徒接近の報が入る。ただちに実験は中止された。
 作戦本部に戻った蔵馬たちは、ディスプレイ上に映し出された使徒に驚愕する。

「なんですか、あれ?」

 ほぼ正八面体の幾何学的形状。どう見ても人類の生物学的概念からかけ離れている。そのようなモノが映っていたのだった。

「使徒よね…?」

 蔵馬の質問に答えるミサト。

「パターン青ですので、使徒だと思われます」

 オペレータが表示されているデータからそう判断したが、本人も信じられぬモノであった。

「体?に景色写ってますね… えっと生物なんでしょうか?」
「多分としか」
「なんか常識がおかしくなりそうです」

 蔵馬は素直に思った。その思いは一部の人々を除いて同じだ。

「最低でも人型してれば、様子見ながら対応できそうだけど、さすがに無理そうね」

 飛行中の使徒が一定の場所に停止した。そして、下部からドリルのようなものが飛び出し掘削を始める。

「今度は何!?」
「この位置は…… !! 使徒、ジオフロント内ネルフ本部へ向かい穿孔しています!」

 オペレータが解析して叫ぶ。どうやら直接攻撃を仕掛けてきたらしい。

「なんですって!!」




 形状からして情報が少なすぎる使徒に対して、情報を集める。そして作戦会議が始まった。

「これまで採取したデータによりますと、目標は一定距離内の外敵を自動排除するものと推測されます」

 ためしに使用した武器はすべて使徒に消滅させられていた。

「エリア侵入と同時に加粒子砲で100%狙い撃ち。エヴァによる近接戦闘は危険すぎますね」
「A.T.フィールドはどう?」
「健在です。相転移空間を肉眼で確認できるほど強力なものです」
「生半可な攻撃では泣きを見るだけですね。こりゃ」
「攻守ともにほぼパーペキ。まさに空中要塞ね。で? 問題のシールドは?」
「現在、我々の直上、第三新東京市0エリアに侵攻」
「巨大なシールドがジオフロント内のネルフ本部に向かい、穿孔中です」
「冗談抜きで敵はここに直接攻撃を仕掛けるつもりですね」
「しゃらくさい。で? 到達予想時刻は?」
「明日午前0時6分54秒」
「その時刻には、全ての装甲防御を貫通してジオフロントに到達するものと思われます」
「あと、10時間足らずか……」

 10時間しかないのか、10時間もあるのか。どちらにしても時間はあまりないとミサトは思う。
 もう、白旗あげちゃうかなどと不謹慎なことを考えた瞬間、閃いた。これなら不可能ではないと。ニヤリと笑った。

「か、葛城さん…?」

 横にいた日向マコトはその顔を見てビビった。

「いいこと閃いちゃった。やってみたいことがあるの」




「目標のレンジ外、超長距離からの直接射撃かね?」

 ミサトからの作戦を聞いたゲンドウと冬月。冬月はゲンドウを代弁するように言った。

「そうです。高エネルギー収束帯による一点突破しか方法はありません」
「MAGIはなんと言ってる?」

 冬月はリツコに聞く。そこでリツコは端末に表示されているMAGIの回答を見せる。

「MAGIによる回答は、賛成2、条件付き賛成が1でした」
「勝算は0.87%か。高い数値ではないな」
「ですが、最も高い数値です」

 そうか、と渋い顔をする冬月。

「ほかの作戦は?」
「ありません」

 きっぱり言い切るミサト。冬月はリツコをちらりと見るが、リツコのその通りという顔をしている。

「そうか」

 沈黙し、話を聞いていただけと思われていたゲンドウが口を開いた。

「超長距離射撃。反対する理由はない。やりたまえ、葛城一尉」
「はい」

 最高司令官の許可が下りた。




 作戦名『ヤシマ作戦』。
 作戦内容、二子山の山頂からポジトロンライフルで使徒を超長距離射撃。




 エヴァのパイロット控室。蔵馬はすでにプラグスーツを着ていた。

(これ、ぴっちりで着心地悪いな。まあ、妖狐の姿に代わる必要性もないし。問題ないかな。)

 頭の中で愚痴っているとレイがやってきた。まだ制服姿だった。

「綾波さん」
 レイは蔵馬を一瞥すると、手帳を取り出し、読み始める。

「明日、午前0時より発動されるヤシマ作戦のスケジュールを伝えます。南野、綾波の両パイロットは本日17:00ケイジに集合。18:00エヴァンゲリオン初号機、及び零号機、起動。18:05出動。同30二子山仮説基地に到着。移行は別名あるまで待機。明日0:00作戦行動開始」

 一気に読み終えるとすぐに手帳をしまった。

「どんな作戦なのかな?」
「二子山からエヴァによる超長距離からの直接射撃」
「!? A.T.フィールドを中和せずに?」
「そうよ」

(使徒の目の前に射出されるよりはマシか。でも思い切った作戦にでたな。)

 蔵馬は少し考えた。現状最善のような気がした。そして時計を見た。16時をさしていた。

「60分後に出発よ」

 その様子を見ていたレイが言った。

「了解」




 二子山仮説基地。そこへ蔵馬とレイがやってきた。作戦最終確認を行うためである。
 途中、ポジトロンライフルの最終調整をリツコを蔵馬は見つけ、気になったことを訪ねた。

「こんな野戦向きじゃない武器のようですが、役に立つんですか?」
「仕方ないわよ。間に合わせなんだから」
「間に合わせ… ですか…」
「戦自研のプロトタイプを挑発してきて急きょエヴァ用に改造したの」

(大丈夫なんだろうか…?)

「理論上は問題ないけど、銃身や加速器が持つかどうかはわからないわ。こんな大出力で発射したこと、一度もないもの」

(あったら、怖いな……)

 素人的考えで、富士山消し飛ぶんじゃ?と思う蔵馬であった。そこへミサトがやってくる。先に基地に入ったレイを伴って。

「シュウイチ君ここにいたのね。ちょうどいいわ、ここで本作戦における各担当を伝達します。シュウイチ君。あなたは砲手を担当して」
「砲手? わかりました」
「レイ、貴女は盾を担当して」
「はい」
「盾ってなんですか?」

 蔵馬はライフルに目がいっていて盾に気が付かなった。そこで聞いてみることにする。

「ポジトロンライフルの横に立てかけてあるのがその盾よ」

 リツコが説明してくれる。

「あれって… スペースシャトル?」
「そう、その底を急きょ改造して盾にしたの」
「二つだけ再度質問良いですか?」
「何かしら?」
「外れた場合の再チャージ時間と、盾使用時間を。一発で決められれば関係ないんですけど」
「再チャージは約20秒かかるわ。盾は約17秒が限度よ」
「二発目は考えるなという事ですか…」
「ごめんね、時間がなくてこれが精いっぱいなのよ」
「わかりました、やってみます」
「シュウイチ君もういいかな」
「すみません、ミサトさん。そしてありがとうございます、リツコさん」
「じゃ、二人とも準備して」
「「はい」」



「明かりが消えていく……」

 目の前の灯りが次々と消えていく。おそらく、日本中が消えたのであろう。冗談抜きでとてつもない作戦である。
 ついに自分達の周りの必要最低限な光を除き、全て消え去った。

「綾波さん」
「なに?」
「一つ聞きたい。何故、綾波さんはこれに乗るんだ?」
「絆だから」
「絆?」
「みんなとの絆。私には他に何もないもの」
「なにもない?」
「もし、エヴァのパイロットをやめてしまったら、私にはなにも残らないから。それは死んでいるのと同じだわ」
「そうなんだ」

(なんという闇の深さ。これもあの男の影響か。少し調べてみるか……)

 レイはプラグスーツの手首の所についている時計に目をやる。

「時間よ。行きましょ」
「ああ」

 レイは蔵馬を見向きもせず、零号機に乗ろうとする。そこへ蔵馬は声をかける。

「綾波さん」
「貴方は死なないわ。私が守るもの」

 レイはそう言うと零号機の中に消えた。




 初号機がポジトロンライフルを構え、その前に零号機が盾を持ち構えた。そして発射のカウントダウンが始まる。


 …………9
 ………8
 ……7
 …6


「目標に高エネルギー反応!」

 仮説基地でオペレータをしている伊吹マヤから焦りの混じった報告がもたらされる。使徒の砲撃準備が始まったのだ。

「なんですって! とりあえず急いで!!」


 …………5
 ………4
 ……3
 …2
 1


「発射!」

 蔵馬がスイッチを押す。ポジトロンライフルから陽電子が発射される。と、同時に使徒も加粒子砲を発射。
 ほぼ中央でお互い干渉しあい、双方見当違いの方向に着弾することになった。

(しまった…!)




「く! 第二射! 急いで!」

 ミサトが素早く指示を出す。しかし、使徒は間髪を開けず二発目の準備を始める。

「第二射!? まずい!」

 そして、使徒から再び加粒子砲が発射される。すばやく零号機が前に出て盾を構えた。
 盾により加粒子砲は四散され続けるが、盾の溶解も始まっている。時間がない。

「綾波さん!」

 思わず叫ぶ蔵馬。
 そして、ついに盾が完全に融解する。ついに零号機その物が盾となり、初号機を守る状態となった。

(まだか…!)

 人々にとってとてつもなく長い時間に感じられた。そして、二発目の準備が整った。
 蔵馬は迷わずスイッチを押す。中央で干渉しあうが、それも計算に入っていたのであろう、使徒中央をぶち抜いた。
 使徒はそのまま炎上。倒れることになった。穿孔中のシールドはギリギリでとまった。
 喜ぶミサトたちを尻目にポジトロンライフルを投げ捨て零号機に駆け寄る。盾はすでに原型をとどめてない。零号機も溶けはじめていた。
 動かなくなった零号機の背中のハッチをこじ開ける。エントリープラグを抜き取り、地面に置く。そして蔵馬は初号機から飛び降り駆け寄った。

(なんという熱気。彼女は無事なのか…!)

 エントリープラグをこじ開けるため、ハッチに手をかけた。加熱してすごい温度だ。

(こうなったら…)

 足元の草の葉を一枚引き抜くと、妖気を籠める。すると葉は少し長めのナイフになった。
 その葉っぱのナイフでハッチを切り裂と、ものすごい煙がエントリープラグ内から吹き出る。煙が収まった後、中を見るとシートの上で気絶しているレイがいた。

(気絶しているだけか……)

 すっと目を開けるレイ。それに気づく蔵馬。

「大丈夫?」
「…… ええ」
「勝ったね」

 こういう時なんと言っていいかわからなかった蔵馬はとりあえずそう言った。

「…… うん」
「どうしたの?」
「……ごめんなさい。こういう時、どんな顔したらいいのかわからないの」

(今回の場合、使徒に勝利した、俺を守り切った、だから喜びか。しかし嬉しいときにどうしたらいいのかわからないとは…)

「……笑えばいいと思うよ」

 蔵馬がそう言うと、レイの顔に笑顔が浮かんだ。

「……行こう。歩ける?」
「大丈夫」

 蔵馬はレイの手を取り、エントリープラグから出るのだった。