第肆話 『雷-Ramiel-』前編
 リツコの職務室。実験室と言っても差し支えない様子の部屋だ。蔵馬はそこへ呼び出される。
 精密検査の結果が出たので、それを伝えるためだが、蔵馬に対して何かあると踏んでいるらしい。

「シュウイチです」
「どうぞ」
「失礼します」

 扉を開けて部屋に入る蔵馬。

「精密検査の結果でましたか?」
「ええ。でも特に問題は見つからなかったわ」
「そうですか。ありがとうございます」
「ただ…」
「何かありましたか?」
「いえ、何でもないわ」

(検査結果に何か出たのか? 人間ではなく妖怪としての妖狐としてのナニカが。)

「何か質問ある?」
「えっと、本来はミサトさんに聞くべきかと思うんですが、俺が助けた少年少女たちはどうなりましたか?」
「精密検査においては異常は見られなかったわ。出ると思ったけど良かったわ」
「そうですか」

 一安心する蔵馬。自分自身もよくわからないモノに入れてしまったのだ。何かあってはたまらなかった。

「後は、ミサトに怒られてた」
「まあ、そうでしょうね」
「ここからは蛇足だけど」
「?」
「お下げの女の子と眼鏡の男の子の親族は、ここの関係者らしくてね。ミサトから解放された後怒られていたわ」
「なるほど。それは災難でしたね、彼ら」

(……探りを入れてきたのか?)

 蔵馬は警戒をする。ただし、顔や態度には一切出してない。

「そうね」
「では。俺はこれで失礼します」
「お疲れさま」

 蔵馬はリツコの職務室を退室した。




 蔵馬が出て行ってからしばらくして。リツコは精密検査の結果を見ながら溜息をついた。

「かわった子ね。まあ、あの人の息子だからなのかしら? それに…… 彼、人間?」

 精密検査の結果には、不審な点は一切ない。健康そのものであると書かれているようなものだが、リツコは違和感を感じていた。ほんのわずかな違和感を。

「要観察かな。私個人の…」




 数日後。倒した使徒のまわりはまるで工事中のビルのように囲われている。
 その中では優秀なネルフのスタッフが十数人もかかって、使徒を調べている。リツコの姿もあった。
 そこに蔵馬を伴ったミサトがやってきた。

「あら、ミサト。いらっしゃい。どうかしたの?」
「ちょっち、調査結果聞こうかと思ってね。シュウイチ君はおまけ?」
「おまけは酷いですね、ミサトさん。俺は使徒についてわかればって思ったですよ」
「あら、使徒について知ってどうするのかしら?」
「初戦と二回目、作戦らしい作戦もありませんでしたし、死にたくありませんから、少しでも知っておこうかと思いまして」
「なるほど」
「酷い、しゅ~ちゃ~ん」

 納得顔のリツコにぶーたれるミサトであった。
 それはわずかな間でミサトの顔つきが変わる。

「で? なにかわかったの?」

 リツコが手元のキーボードを操作する。すると目の前のディスプレイに601の文字が表示された。

「? …なに? これ?」
「解析不能のコードナンバーよ」
「解析不能のコードナンバー? つまり、わけわかんないって事?」
「そうね。わかりやすく言えばそうなるでしょうね」
「でも、動力源はあったんでしょ?」
「らしきものはね。でも、一つだけわかったわ」
「一つ…? 弱点でもみっかった?」

 再び、リツコがキーボードを操作する。

「… これって…」

 覗き込むように見るミサト。

「そう、人間の遺伝子と酷似してるわ。99.89%ね」
「99.89%… それって、エヴァと同じ……」
「エヴァと同じ?」

 蔵馬が口を挟んだ。

「そうよ」
「そういえば、エヴァって人造人間でしたね」
「巨大ロボットに見えなくもないけどそうなのよ」
「見た目はともかく人間のような体型ですから、納得は多少できます。が、使徒はどう見て人間に見えませんね」
「そうなのよ。改めて、私達の浅はかさを思い知らせてくれるわ」

 リツコはため息をついた。科学者として色々とかかわってきた彼女であるが、使徒ほど理解を超えるものはないらしい。

「そのようですね」

(まったく、俺はとんでもない所に来たようだな。……ん?)

 蔵馬は、ゲンドウと冬月が来ていることに気が付いた。どうやら使徒の死体を見に来たようだ。
 そこで、素早く二人の会話を聞き取ろうと集中した。




「これがコアかね?」

 冬月がスタッフに聞いた。スタッフはいったん作業をやめて冬月に説明を行う。

「ええ。これ以外は劣化が激しく、サンプルとして問題が多すぎます」
「そうか… 南野どうする?」
「かまわん。他は全て破棄だ」
「わかった。情報を集められるだけ集めて破棄だ」
「了解しました」

 スタッフはそういうと責任者の方へ向かって、ゲンドウの命令を伝えた。




(破棄か… そうだろうな。あれだけ巨大な使徒を保存してく場所もないだろう。)

 蔵馬はそう思う。そのとき、ゲンドウが何気に手を後ろに組むのを見た。その手が火傷で覆われていた。

(あれは…)

「どうしたの?」

 不意にミサトが声を蔵馬にかけた。会話に参加していたはずの蔵馬から反応が一切なくなったので心配になり声をかけたのである。

「いえ」
「あら、南野司令来てたのね。そっか、シュウイチ君、司令を見てたのね」
「はい。 ……父さん、手のひら火傷してますね」
「火傷? リツコ知ってる?」
「貴女がここへ来る前、零号機の実験中に事故があったの。聞いてるわね」
「聞いてるわよ。あの司令が素手でエントリープラグのハッチを開けてレイを助けたって聞いたとき、驚いたわ~」

 信じられないわよ、という顔をするミサト。それを見て呆れるリツコ。

「そんなことがあったんですね」
「その時のものらしいわ」
「怪我してかなり危険な綾波さんを出撃させようとした父さんとは同一人物とは思えないですね」
「意外に毒舌なのね」
「そうでもないと思いますよ」

(秘密でもあるのか…? 綾波レイには…?)




 しばらくして、リツコに呼び出されてリツコの私室。

「何か御用ですか?」

 蔵馬は内心疑りながら答える。表情には一切出ていないが。

「帰るところごめんなさいね。ちょっとお願いがあるんだけどいいかしら?」
「人体実験は申し訳ないのですがお断りします」

 さらりとひどいことを言う蔵馬。

「そんなことしません! って誰から聞いたの?」
「ミサトさんです。真顔でそんなことを言っていました」

 目はおもっいきりからかいの目だったが、とは言わない蔵馬。

「ミサトめ… シュウイチ君になんてことを… 後で覚えておきなさい…!」
「人体実験以外に何かありましたか?」
「シュウイチ君……」

 あきれるリツコ。

「すみません。本題はなんでしょうか?」
「ああ、ごめんなさい。これを届けてほしいのよ」

 机の引き出しから一枚のカードを取り出し、机の上に置いた。

「これは?」
「綾波レイの更新カード。渡すの忘れちゃっの。明日でもいいので、本部に来るときに届けてくれないかしら?」
「なるほど… わかりました届けます。でも俺、彼女の家知りませんよ?」

 リツコは住所の書かれた紙を取り出す。

「彼女の住所よ。これでいいかしら?」

 リツコから紙を受け取り、読んでみる。

(マンモス団地と呼ばれる場所… 彼女こんなことろに住んでるのか。しかしこれで、綾波レイ…… 彼女の事を知ることが出来るかもしれない……)




 蔵馬はレイの住んでいるマンションにやって来た。マンモス団地と呼ばれている場所である。
 元々は、都市建設に従事した人々が住んでいたマンション街であったが、使徒の襲来による疎開で今では人の気配は全くない。
 対使徒のための設備建造のため、道路を挟んだ反対側のマンションの大半は壊されている。まさに廃墟と言っても差し支えない。

(……… 4号棟の2階だったな。)

 住所の書かれた紙を眺めながら歩く蔵馬。

(人の気配が全くない。それどころか、妖気や霊気類も全く感じない。こんなところに住んでいるのか。)

 4号棟を見つけ、2階へ階段で上がっていく。そしてレイの部屋の前についた。

(俺が思うべきことではないが、女の子の住むような場所ではない。裏に何かあるとしか思えないが。)

 蔵馬はインターホンを何回か押すが、鳴った気配は無い。

(故障か……)

「綾波さん? いないのか?」

 ドワノブに手をかけると、カギが開いてることが分かった。

(不用心だな。) 

 不審に思いながら、ドワを開け中を覗き込んだ。
 目の前には殺風景な部屋があった。簡易的なベット、カラーボックス、小さな冷蔵庫が見える。

(……これが女の子の部屋なのか。)

 蔵馬は女の子とは無縁の生活を送ってきた、自ら人との接触を避けて… だが、これは酷いと思った。

(父さん…… いや、あの組織が何を考えているか知らないがこれは酷すぎる。ミサトさんに話してみるか。あの人の性格上なんとかするだろう。)

 人を避けているようで、人物はよく観察している。これも昔からの習慣に近い。
 そこへ、レイが奥から出てきた。

「!?」

 流石の蔵馬も驚いた。シャワーから出たのだろう、肩からバスタオルをかけた状態のまま出てきたのだ。

「何?」
「カードを届けに来たんだ。リツコさんがこれを渡すの忘れたそうだ」

 蔵馬はレイに背を向けて、一枚のカードを取り出した。そしてそのカードの玄関わきの棚の上に置いた。
 すると、後ろからレイのぺたぺたと歩み寄ってくる音が聞こえる。

「そう」
「それから…」
「何?」
「自分の部屋だからって、玄関まで裸の状態で出てくるのはよくないよ」
「そう」

 その返事を聞いて、蔵馬は玄関を出てマンションの外へ出た。
 そして、レイの部屋を見上げながら思う。


(羞恥心とか無いのか? あの少女は…… それに感情というものが感じられない。)




 数日後。零号機の起動実験が行われる日。
 蔵馬は途中でレイを見つけ一緒に行くことにした。探るためでもあった。

「綾波さんは怖くないの?」
「何が?」
「エヴァに乗るのが」
「貴方は怖いの?」

(…… 別に怖くはないが。魔界では日常茶飯事だったしな。怖いと言ってみるか、何か引き出せるかもしれない。)

「怖い…かな。怖くないっていう方がおかしいと思う」
「そう。貴方はお父さんの仕事信じられないの?」
「父自体信じてない」

 蔵馬がそう言うと、レイはすっと蔵馬を見た。

「私は信じてるわ。信じられるのは司令だけ」
 そう言うと少し足早に歩いて行った。


(どうやら闇は深そうだな……)