Elemental Sword
~第三章~
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芹沢明
 戦いの第二局面は策士同士のチェス板の上での戦いとなった。
 アルの指示通りにギルバルトが派遣した使者により、中立派の三分の二はカイン・ギルバルト派に傾いた。やはり新たな貴族誕生が中立派の貴族達の危機感をあおり、今の内にカイン・ギルバルト派に付いていた方が、後の権力を得るために有利と思わせたのだ。そのため先の戦いで兵を失っても、カイン・ギルバルト連合軍は総勢六万に膨れ上がっていた。対して王都のエルウィンはやはり中立派に圧力をかけ、兵力は三万まで回復していた。
残りの貴族達はカイン・ギルバルト派が勝つと、最初から指示してきた貴族達が内乱終結後に権力を得て、自分達は下級貴族となると考えたのだ。
 またもや戦力比はカイン・ギルバルト派が二倍多い。しかし今度の籠城戦はアルの言った通り、広範囲高威力の攻撃魔法は使えない。今度こそまともに王城に攻め込んだら、どちらに軍配が上がるかわからないのだ。今後の事を考えると、やはりここはカインに何とか頑張ってもらわないと厳しいのが現実だった。
 そしてとうとう第三局面。最後の決戦の時が来た。
 ギルバルト率いる騎士団は、王都を東から弧を描くように囲み、威嚇するように全軍で鬨の声を上げ、魔道士達は風の魔法を使いその鬨の声を増幅し、風に乗せて王都まで響かせた。空には何隻もの飛行艇を飛ばし、巨大なギルバルトとカインの旗をはためかせている。そして風に乗った鬨の声は王城まで届いたのだ。

「反乱者共が威勢の良いことだ」
 王城の謁見室のバルコニーで、風に乗ってきた鬨の声を聞いたエルウィンは、嘲笑して言った。
「誠でございますな」
 側にいた大臣が相打ちを打つ。
「ですがいかがなされますか」
「こちらからは手をだすな。ガデス将軍、守備の方はどうなっている」
「はっ! すでに王城、王都、城壁の拠点に騎士団を配置しました。飛行艇並びに城塞兵器の攻撃準備も着々と進んでいます。準備が済みましたらいつ攻め込まれても返り討ちにしてみせます」
「さすが迅速だな。ここからは根比べだ。兵にも肩の力を抜くように伝えておけ。向こうのように張り切りすぎると無駄な体力を使うとな」
「はっ! わかりました」
 気合い十分に入ったガデス将軍は、敬礼すると持ち場へ戻って行った。
「愚かな。この王都の構成を知らぬわけではないだろうに」
 エルウィンは東の空の向こうを嘲笑して呟いた。
 王都は外敵の侵入を防ぐため、王都の入り口から王城まで簡単に攻め入られないように、道が入り組んでいて何枚もの城壁が王都の区画ごとに仕切っている。そこには詰め所が設置され、城塞兵器が設けられている。しかもそこを通らなくては王城までたどり着けないのだ。大軍で攻め込むにしては往来も狭い物になり、詰まった所に城塞兵器を叩き込めばまとめて叩けるし、数を減らして来るにしても、それでは城壁を突破することは困難になる。そう、王都全体が巨大な要塞と化しているのだ。すでに都民には地下への避難、または外出禁止令を出している。だが多少の被害も戦争には付き物だ。エルウィンはまさに王都で集結を付けようと、手ぐすを引いていたのだ。
 そんなエルウィンにも幾つか誤算があった。それは出奔したはずのカインの帰還だった。それがなければグーグリスの要塞でもっと敵兵力を削ぐことできたはずだ。更に言うならそこで決着が付いていたかもしれないのだ。だがカインとその直属の宮廷魔道士のせいで、敵兵力はあまり減らすことはできず、その後、中立派の連中も多くを向こうに取られてしまった。王家の中でも一番影の薄いギルバルトだったら、こうは行かなかったはずだ。当初反乱者どもは簡単に鎮圧できるものと思われていたが、今や戦力比は向こうが遙か多く、王都に立てこもって初めて五分五分までになっている。
「カインめ……貴様はまたしてもこの私の邪魔立てすると言うのか……」
 実の弟と言えどもエルウィンはカインが憎かった。王位継承権が自分より低いと言うのに、宮廷のそして民の信頼はカインの方が高かった。まるで自分が蔑ろにされた気分だ。父さえも自分よりもカインの方を可愛がった。愛していた。大事にしていた。それが一番気に食わなかった。だから父も殺してやった。今度はカインの番だ。せっかく追い出してやったのに、のこのこと帰ってきたのだ。ついでに逆らったギルバルトもこの際に殺してやる。王家は自分一人いれば十分なのだ。

 その頃カインは少数精鋭を連れて、王都のすぐ西にあるマーデルンの森へ来ていた。もちろん少数精鋭とはディアス、シルフィール、アル、セルフィー、そしてセルシアである。今回はヘカトンケイルを着る必要がないので、代わりにみんな愛用の鎧を着ていた。
 カインは白を基に蒼く装飾された鎧をまとい、左の腰には光りの精霊剣を吊していて、右の腰にも何やら色々な物が入った小さな袋を幾つか吊している。
 ディアスは黒い鎧を身にまとい。同じく腰には地の精霊剣。
 シルフィールは純白の軽装鎧に腰には闇の精霊剣。
 どの鎧も昔カインが趣味で集めた魔法の鎧であり、恐ろしく軽くそして丈夫であり音も立てない優れ物だった。王族だったからできた趣味である。
 セルシアはローレンツ教から逃げ出す時に鎧を着てなかったので、自分の鎧は持ってなかった。だから急遽カインはオリュンポスに積んである自分のコレクションの中から、セルシアに着られる物を探し出して来た。女性物の鎧まで集めているのは少々異常である。
 一揃えの鎧がなかったためセルシアは青色のショルダー・ガードにブレスト・プレートと籠手に臑当てといった部分鎧を着けた。それでもどの部分鎧も魔法がかかっていて軽くて丈夫なのだ。そして腰には風の精霊剣を吊した。
 アルとセルフィはいつもと同じローブ姿だった。
 マーデルンの森には一つの伝説がある。
 それはまだ王都が町くらいの規模で、王城すらない建国前の頃の事。マーデルンの森には一匹のドラゴンが住みつていていた。そのドラゴンは近隣の町や村を襲い人を喰らったと言う。しかもその爪や息は毒を持ち疫病を流行らせた。史実その頃疫病で多くの人が死んだと記録にある。だがその恐怖は一人の英雄によって終止符が打たれた。その英雄が単身で森へ入りドラゴンを退治したのだ。しかしその際ドラゴンの毒を受けその場に倒れてしまう。その後ドラゴンは現れなくなったのだが、森に入った英雄も姿を現さない。そこで心配になった勇気ある若者が森に入った所、ドラゴンと共に朽ち果てた英雄の姿を見つけたのだ。後日その場に英雄を称える石碑が立てられたと伝説にある。
 実際マーデルンの森の奥には、石碑がひっそりと建てられていた。
 しかしこの伝説は真っ赤な嘘。王城を建てる時、退避路の出口を森の奥に作るため、カモフラージュに石碑を建てて伝説をでっち上げたのだ。こうすれば森に入った猟師や冒険者が石碑を見つけても、怪しまれる事はない。
 カイン達は今、その石碑のすぐ近くまで来ていた。
 ところが……
「見張りがいるとはな……」
 カインは石碑から少し離れた木々の影から、石碑の四方へ付いた見張りを忌々しげに睨め付けた。見張りは丁度定時連絡を入れている所だった。
 見張りは用心深く光属魔法迷彩を打ち破るマジックゴーグルを付けていて、姿を魔法で消しても近づくことは出来ない。きっとエルウィンは暗殺を恐れていたんんだろう。だから王家の者しか知らない退避路にも、見張りを付けたのだ。現にカイン達が忍び込んでエルウィンを殺そうとしているのだから、それは無駄ではなかったのだ。
「見張り四人に大きめのテントが二つ……」
 テントは大きく中に四~五人は入れそうだ。多分どちらかに交代員が入っているに違いない。
 見張りは何かあったら通信用のマジックアイテムによって、すぐさま王城へ連絡を入れられてしまう。そうなっては侵入は失敗に終わる。それを防ぐためにはほぼ同時に全ての見張りを始末しなくてはならない。ここが最初の山場だ。
「私とセルフィーがそれぞれのテントを魔法で破壊するから、カイン達はそれと同時に各見張りを倒してくれ」
 アルの提案にみんな無言で頷いた。セルシアだけは少し不安そうにだが。
「セルシアはここから見える奴を、ディアスは南、シルフィールは東、俺は北の奴をやる。合図はアルとセルフィーの呪文完成と同時だ。通信用マジックアイテムは音声のみで開きっぱなしにしておけ」
 それに続いてカインが細かく指示を出した。セルシアをここから動かさないのは、まだセルシアが隠密行動ができないからだ。
 カイン達は散開して持ち場に向かった。音もなく移動して行くには相当の技術が必要である。これも出奔してから冒険者や傭兵のような事をしている内に身に付いたのである。
 カイン達はそれぞれ配置に付くと、剣を抜いて剣に向かって呪文を唱えた。相手が防御障壁を張ってるかも知れないからだ。みんな魔法剣には風の属性の真空をまとわせる魔法剣を選んだ。この魔法剣は光りを発する事がないので隠密に向いている。その威力は凶悪。真空によりどんな物でも羊皮紙のように切り裂くのだ。
 みんな準備が整った事をアルとセルフィーに伝えると、アルとセルフィーは同時に呪文の詠唱に入った。
「輝き燃えたる炎の精霊よ……」
 アルとセルフィーが見事にハモって呪文を唱える声が、通信用マジックアイテムを通して小さく聞こえてくる。
「天空輝く太陽を模して、我に灼熱の炎球を授けん! ファイアーボール!」
 ラストスペルと共にカイン達は木の陰から飛び出した。
 アルとセルフィーが放った凄まじい光りを放つ光球は、見事にテントに命中し、轟音と共に火柱を上げた。
「なっ!」
 見張りの兵はその突然の轟音に驚き、目の前に現れたカインに一瞬対処が遅れた。
「はっ!」
 カインは見張りの兵が剣を抜く暇も与えずに、その首を切り落とした。
 ディアスもシルフィールも一撃で見張りを切り捨てていた。
 しかしセルシアは飛び出したは良いものの、相手を目の前にして躊躇した。間合いの一歩手前で足が止まったのだ。
 ヘカトンケイル着込んで、見た目無機質なヘカトンケイルを着た者を殺した経験はあっても、生身の人間を剣で直接殺そうとしたのは初めてだったのだ。
 セルシアの目の前の男は周りの状況から敗北を悟り、最後の抵抗として王城に知らせを入れるべく、左腕に付けていた通信用マジックアイテムに向かって呪文を唱え始めた。
「アクセス……」
「ああぁぁぁああ!」
 それを見たセルシアは、勇気を振り絞って剣を振り上げた。そしてそのまま袈裟斬りに真空をまとった剣を振り下ろす。
「くっ」
 見張りの男は詠唱を中断して、後ろの飛ぶようにして避ける。そのまま後ろに下がりつつ剣を抜き、剣に向かって呪文を唱えた。男の剣に炎が宿る。日頃の訓練の賜物だった。しかし魔法剣を唱える暇があったら、通信の魔法を唱えれば良かったと気づくが、日頃の訓練のため体が反応してしまったからには仕方がない。男は空振りして体制を立て直そうとしているセルシア目掛けて、左薙に剣を振るった。
 ギィィイインッ!
 金属が悲鳴を上げ、炎が風に巻かれて撒き上がる。
 セルシアは間一髪相手の斬撃を剣で弾くと、流れるように右薙に剣を振るった。
 男は後ろに下がってやり過ごすが、セルシアは一歩踏み込み、返す剣で左薙に斬撃を叩き込んだ。
「ぐああぁぁぁああ!」
 セルシアの手に固い鎧が切り裂く感触が伝わり、次に肉を切り裂く感触が伝わって来た。
 そのままセルシアの剣は男の胴を真っ二つに切り裂き、男の上半身は口と切り口から血を吐き出し地面に落ちた。それに続くかのように下半身が血を噴水のように吹き出しながら倒れ込む。
 返り血に慣れてないセルシアは、まともに返り血を浴びてしまった。
「うえっ」
 セルシアは胃がキュウッと締め付けられ、中の物が逆流して来た。セルシアはたまらず剣を手から落として身を折って嘔吐した。足がガクガクと震え地面に膝を突く。
 手には肉を切り裂く感触がまだ残っている。耳には断末魔の叫び声がまだ残っている。
「セルシア。大丈夫か」
 それを見たカインが心配そうにセルシアに近寄った。
「……ううぅ。ごめんなさい。もう大丈夫です」
 セルシアは何とか立ち上がると、地面に落ちた剣を拾い上げた。幸い剣には真空の魔法がかかっているため、血は付いていない。しかしセルシア自身は返り血で真っ赤だ。
「失礼」
 カインは右の腰に下げた袋から手拭いを取り出すと、セルシアの顔に付いた返り血を拭いてやった。
「あ、ありがと」
 普段だったら真っ赤になってるところだが、今は真っ青だ。
「カイン。少々甘いんじゃないか」
 そう言ったのはシルフィールだった。
「もう何度も戦いは経験しているはずだ。なのに一々吐かれては足手まといだ。ここは置いていった方がいいのではないか」
 シルフィールは辛辣だった。
「シルフィール! よさないか。誰だって最初はこんなもんだ。シルフィールだって戦場で吐いた事あるだろ!」
 カインはセルシアをかばうように言った。
「大丈夫です。もう吐いたりしません。もし足手まといになったら置いて行ってかまわないです。でも私は付いていきます。私だってオリュンポスの一員ですから」
「……ふん。死んでも知らんぞ」
 シルフィールは感情的になっていた。カインがセルシアに接するのを見ているとイライラするのだ。同姓に対する嫉妬。その黒い感情をシルフィールは初めて知った。自分はこんなにも嫌な人間なのかと自己嫌悪に陥る。感情任せに口走った先程の言葉にも後悔する。カインの言うとおり先の戦争にて始めの頃は良く吐いた。何度も吐きながら剣を振るった。人を殺すと言うことは簡単ではない。それはわかっている。だが感情が暴走し自分でも制御出来なかった。今でもカインの胸に飛んで行って抱き付きたいくらいだが、それは辛うじて押さえている。セルシアの登場によってシルフィールの心は、とても不安定になっていた。

 石碑は王家に伝わる魔法の合い言葉によって動く仕掛けになっている魔法の装置だった。カインがその合い言葉を唱えると、石碑は石臼をごるごると引くような音と共に後ろに向かって根本からスライドし、その下から地下へ続く階段が現れた。
「カイン。急いだ方がいい」
 アルが厳しい顔つきでカインに言った。
「わかってる。ここから王城まで歩いて約一時間。見張りの定時連絡も一時間に一度だろう。連絡がないのも連絡だからな。急がなくては」
 もはや侵入がばれるのは時間の問題だ。こうなっては出来るだけ急いで時間を稼ぐしかない。ばれる前に王城へは侵入しておきたい。
 カイン達はそれぞれ呪文を唱え、自分達の前に魔法の光りを作り出しから、カインを先頭にその階段を下りて行った。
 王城へ続く地下通路は延々と続いていた。道幅は人が二人並んで歩けるくらいで、魔法の明かりで照らしたところ、ほぼ一直線に続いている。それを見たカインはある提案が頭に浮かんだ。
「セルシア。キミは飛行の魔法使えるよね」
「あの魔法の指輪を使えばできるけど……」
「そうか。なら大丈夫だな」
「おいおい。まさかこの通路の中を飛んで行くってのか」
 ディアスが信じられないと言わんばかりの顔をした。
「そのまさかだ。高速飛行魔法を使えばあっという間に王城だ」
「いくら一本道だからって危険じゃないのか。本気でこんな狭くて暗い地下通路を飛んで行く気なのか!」
「セルフィーに防御障壁を張ってもらえば、多少ぶつかったって平気だろ。それに定時連絡の事を考えると時間がない」
 カインにそう言われディアスはアルの方を見ると、アルはカインに賛成だと頷いて返す。
「あーもー。正直言って俺は怖いよ」
ディアスは諦めたのか、そう言うとため息をついた。
「ディアス。騎士たる者がこれくらいで弱音を吐いてどうする」
 それを見たシルフィールがたしなめた。
「普通の騎士はこんな事しないの」
 ディアスが拗ねる。
「むう……」
 さすがにシルフィールも返す言葉がなかった。
 普通の騎士や剣士は、魔法剣や防御障壁と言った魔法の普及により、この二種の魔法はその道を行く上で必要不可欠となり、騎士団などでは取得を義務づけられている。魔法の素質がない者でさえ、最下級の魔法剣などを使う。
 まれにある事だが、優れた剣術を身に付けた剣士が、相手の防御障壁を破れなかったために、自分より劣る者に倒されたと言う話しを聞く事がる。
 悲しいかな、魔法の発展と普及により、真に優れた剣士とは文武共に優れていなければ、そう呼ばれなくなってしまったのだ。
 だがどんなに優れた騎士、剣士でも、普通は魔法剣と防御障壁止まりで、後は便利な魔法、例えば初級の回復魔法や光りを灯す魔法などを使うくらいだ。それ以上は魔道士の分野になる。当然飛行の魔法や転移の魔法などは使えない。セルシアもローレンツ教にいた時は、魔法剣と防御障壁以外は明かりの魔法と、聖騎士として各種の初級の回復魔法を取得していた。だがしょせんそこまでだった。だがカイン達は当たり前のように中級以上の魔法を使う。まれにいるのだ。彼らのように魔道士としての素質が優れている剣士が。世間一般では彼らのような者を魔道剣士と呼び、戦場では畏怖の対象となっていた。そして今、セルシアもその仲間入りなろうとしていた。
カイン達はセルフィーに強力な上級の防御障壁をかけてもらうと、各自高速飛行魔法を唱え始めた。
「風と闇の精霊よ。我願うは重力の解放。我願うは自由なる風の翼。汝ら疾風となりて我が翼となれ! フリーダム・ウィング!」
 ゴォオウッ!
 魔法の完成と共に一瞬カイン達の下から風が巻き上がり、同時に魔法による浮力が働き、体が中に浮かび上がる。
 闇の精霊力により重力の束縛を断ち、風の精霊力によって高速に移動する魔法なのだ。
 セルシアもエンジェル・リングに向かって、アルに教えてもらった呪文を唱えた。
「風と闇の精霊よ。我欲するは天駆ける白き翼。我求めるは解放されし重力の束縛! エンジェリック・ウィング!」
ゴォオウッ!
 セルシアの周りに風が取り巻き、背中から光りの翼が生える。その翼は生えると言っても、直接背中に生えてるわけでなく、背中から少し離れた空間に浮くようにして現れ、間接的に神経が接続され、足で歩くように扱う事ができるのだった。だから飛行の魔法に慣れていないセルシアでもこの通路を飛ぶことができるだろう。
 翼は光りの羽根を撒き散らしながら広がっていった。いささか狭いこの通路では羽ばたく事はできないが、羽ばたかなくても飛ぶことはできる。だが翼は飾りではない。移動時の微妙な方向転換や、瞬間的なスピードの加速、更に特殊な攻撃魔法の媒体ともなるのだ。
 起動時の風により、金色の長い髪は上へ流されてなびく。その間膝の上くらいしかないスカートを手で押さえるのを忘れない。
「ちっ」
 何かを期待したディアスが舌打ちすると、シルフィールに睨まれた。
 どちらの魔法もいったん風の精霊力が安定したら、後は髪や服が軽くなびくだけだ。
「私、一番後ろに行かせてもらうわ」
 セルシアはちょっぴり赤くなって入り口の方へと下がった。高速移動魔法になれていない上に、前に出ると大変な事になる。
先頭のカインは少し離れた前方に、常に魔法の光球を固定し前方を照らす。そして準備が整うと、暗く飛ぶには狭すぎる地下通路を、風をまといて突き進んでいった。
 凄まじい早さで闇が前方から後方へと流れて、すぐ隣に見える壁も横に引き延ばしたかのように後ろに流されて見える。
 幸いにして地下通路は一直線に王城へと続いていた。王城と森を地下で繋ぐだけの道に、曲がり角などあるはずがなかったのだ。
 カイン達は高速飛行魔法を使うことで、歩きより遙かに早く王城へと着く事ができた。
 そして高速飛行魔法を解き、上へ続く階段を上って行くと、先頭のカインが手を上げて合図してから立ち止まった。階段のすぐ上には王城へでる扉が見える。
「上に複数の人の気配を感じる」
 カインは振り返ると小声で言った。
「まさか……見張りは全て殺したずだ。それにあれからそれ程経ってないはずだ」
 アルは予想外の事に驚いた。
「ここまで来たらもう行くしかない。強行突破だ」
 カインに言われてみんな頷く。
「アル。あまり城を壊すなよ」
 一応カインは釘を刺しておいた。冗談でなく本気で言っているのだ。
「できるだけ善処する」
 アルはニヤリと不気味な笑みを浮かべて応えた。

 カインが扉を王家の合い言葉を使って手前に開くと、その向こうの石壁がいったん前で迫り出てきてから、横にスライドして開いた。扉の開け閉めに連動して、逃げる際もこの通路を隠すように作られているのだ。
 その扉の向こうはただの倉庫。城の一階の奥にある、使用人が使う掃除用具などが置かれているただの倉庫だ。よもやこんな所に退避路の隠し扉があるとは誰も思わなかった。アルでさえビックリしている。魔法の合い言葉が扉を開く鍵となっているので、絶対に使用人には開ける事はもちろん、発見さえできないだろう。
 そして予想通りその倉庫に出ると、大勢の衛兵が待ち伏せしていた。
「これはこれはカイン様。自らおいでにな……」
「リード・レーザー!」
 衛兵を連れて待ち伏せしていたエルウィンの騎士が、何やら言っているのを全く無視して、アルは前に出ると光りを集束した右手を、左から右へなぎ払った。
 ブンッ!
 どこまでも伸びた光りの線は、まるで光りの剣を横薙に振るったように部屋ごと前にいた衛兵達を輪切りにした。
 突然の事に悲鳴を上げる暇なく、衛兵達は上半身と下半身バラバラになって倒れた。高熱のため切断面が焼かれ血が出ない。まるでみんな壊れた人形のよう転がった。
 横と前方の壁には、丁度アルの手の高さに溝が横に走り、煙を立ち昇らせていた。
「ひっ……うああぁぁぁあああああ!」
 尻餅を着いて助かったエルウィンの騎士が、周りの状況を見て悲鳴を上げた。三十人はいた衛兵達は、一瞬の内に自分を残して全てバラバラになっている。騎士の頭のてっぺんに髪の毛はなく煙を噴いてる。もちろん運良く助かったわけではない。カインがサイコキネシスを使って転ばしたのだ。情報を聞き出すために。
 カインはすかさずその騎士と間合いを詰めると、すでに蒼光の魔法剣をかけた剣を騎士の首もとに突き付けた。
「あっ……こ、殺さないでください」
 騎士は恐怖でガチガチと歯を鳴らしながら懇願した。騎士の下には小さな水たまりが湯気を立てている。
「そいつは貴様の態度しだいだな。なぜこんなに早く俺達の侵入がわかった?」
「み、見張りは碑石の側だけじゃなかったんです。少し離れた所にも見張りがいて、状況を知らせたんです」
 その騎士は余程恐怖を味わったのか、ペラペラと喋りだした。見張りは二重にいたのだ。碑石を周りの見張りと、その見張りを倒せる者が来たら報告する見張りが。
 カインはその騎士の態度に呆れたが、その方が今は都合が良かった。
「エルウィンはどこにいる」
「謁見の間です。そこで将軍達に指示を出しています。ど、どうか命だけは……」
「謁見の間か。余程権力を振りましていたいらしいな。クソ兄貴は」
 聞くことを聞くと、カインの後ろからアルがすぅーと出てきた。
「ひあっ!」
 アルを見た瞬間騎士の顔が恐怖に歪む。
「スリープ!」
 アルが唱えておいた睡眠の魔法を騎士にかけると、騎士は死んだようにくたりとその場に転がった。その寝顔は決して良いものではなかった。多分夢を見たら悪夢を見るだろう。でも殺されなかっただけこの男は運がよかった。
「急ごう」
 カイン達はみんなを促して、倉庫から廊下へ出た。廊下にもアルが放った魔法によって溝が横に走っている。運の悪い衛兵が廊下のあちこちでバラバラになって倒れていた。
「城を輪切りにする気か」
 カインが呆れてアルに言った。
「あははははっ……あーえーと……まぁ良いじゃないか。出てきた衛兵達を倒す手間が省けて……」
 アルは珍しく慌てて取り繕った。どうも攻撃魔法を使わせると歯止めが利かなくなるのだこの男は。
 だが破壊音を聞いた衛兵がすぐに駆けつけて来た。
「ちっ。もう来たか。あっちだ。行くぞ」
ここで敵にかまっていては数に押されるだけだ。カインはみんなを促すと廊下を謁見の間に続く方へ駆け出した。みんなもそれに従う。
「はあっ!」
 カインは目の前に立ち塞がる衛兵をすれ違い様に一刀両断。その隣にいた衛兵もシルフィールが一撃の下に仕留めている。
 カイン達は目の前にいる衛兵だけを斬り倒して進んで行った。追いかけて来る者は、アルが振り向き様に攻撃魔法をぶっ放して殲滅している。セルシアも奮闘していた。今度は衛兵を倒しても吐かなかった。何とか耐えた。それに吐く暇さえなかった。
 次から次へと集まって来る衛兵が行く手を邪魔する。カイン達は謁見の間を目指して手薄な道筋を選んで城内をひたすら走った。廊下を右に左に曲がり、出逢う衛兵を片っ端から倒していく。
 そしてまた廊下の先が左に折れる。その少し手前でカインは凄く嫌な予感がした。
「カイン!」
 セルシアも能力がそう感じさせたのか、何かを感じ取って叫んだ。
「みんな止まれ! セルフィー! 対魔法防御!」
「わかったわ」
 セルフィーは立ち止まるとすぐさま呪文を唱え始めた。
「闇の精霊よ。我ここに闇の理を用いて申し上げる」
 シャロンの前に複雑に絡み合った魔法陣が現れる。
「汝、我を隔離せよ。魔力、我に干渉する事なかれ! アンチ・アブサリュート・マジカル・ディフェンス・フィールド!」
 セルフィーの目の前の魔法陣が光りを発して消えると、カイン達の前の空間に光りの波紋が走った。
 その次の瞬間。
 ドオオォォォオオンッ!
 廊下を振るわせるかのような衝撃と音と共に、カイン達の前が真っ赤に染まった。だがカイン達には届かない。セルフィーの対魔法絶対防御結界によって完全に魔法と隔離されたのだ。この防御結界はいかなる魔法をも防ぐが、魔力の消耗が激しく十数秒しか持たないのが欠点だった。
「ふ~やれやれ。何だこの程度だったら、もうちょっと下級の防御障壁でもよかったかなぁ。何か損した感じ」
 セルフィーがそんな事を言ってる間に、爆発による黒煙が晴れ、その向こうに唖然とした魔道士達が三人いた。
「ファイアー・ブラスト!」
 セルフィーが敵の魔法を防御している内に呪文を唱えていたアルが、お返しばかりに炎の攻撃魔法を放った。
 ボッ!
 アルの突き出した手から、灼熱の光球が魔道士達に向かって突き進んだ。光りの影がその後を追う。
 ドォォォォォオオオオンッ!
 着弾と同時に光りが廊下を支配した。音が衝撃が爆炎が荒れ狂う。セルフィーが対魔法絶対防御結界を張ってなかったら、バックファイアーでこちらも被害にあっていたくらいだ。
 光りが治まった後、魔道士達の姿は蒸発してすでになかった。後ろの壁には大穴が空いて、その向こうの部屋が黒こげになって見える。廊下も真っ黒になって滅茶苦茶だ。
「こぉぉおの馬鹿者ぉぉぉおおっ! こんな所でそんな呪文使うんじゃないわよぉぉお! 反響して耳がいたいじゃない!」
 問題はそこかセルフィー。
カインは頭が痛くなって来た。ギルバルトがこの城に戻って来た時、いったいどんな顔をするだろうか。
「アル。セルフィーが防御してなかったらやばかったぞ」
 カインが非難がましく言うと、アルはチッチッチッと指を振る。
「セルフィーの対魔法絶対防御結界の詠唱を聞いたからあの呪文にしたんだ。計算済みさ」
「アル~。ぎりぎりだったわよ」
 セルフィーはニッコリ笑って言った。しかし目だけ笑ってない。
「な、何が」
 思わず後ずさるアル。
「防御結界が切れる時間」
 ジトッと目を据えてセルフィーの笑みが消える。
「……」
 タラリとアルのこめかみから頬へ汗が流れる。決して周りの熱気のせいではない。
「後数秒遅かったら余波で黒こげだったわね」
「……問題ない。時間も計算済みだ」
 アルは目を合わせようとしない。
「時間は私の気力によるって知ってる?」
「……」
 もちろんアルが知らないわけない。
「セルフィー。いつまでアルをからかってるんだ。先行くぞ」
「は~い」
 カインがたしなめるとセルフィーは素直に返事をした。
「アル。ほどほどにな」
 シルフィールも呆れてそう言った。
「……」
 アルはさすがに返す言葉がなかった。戦場では良くある事だった。

 カインはホールに続くドアを開けた。二階まで吹き抜けになってるホールの、中央奥の階段から二階に上がれば謁見の間まで後少しだ。
カイン達が中央付近に来た瞬間。一階の全てのドアに鍵がかけられる音が響いた。そして二階からコの字型に突き出た通路にあるドアから、次々の黒きヘカトンケイルが出てきた。その数十数体。屋内のためか全て剣で武装している。肩にはエルウィンの近衛騎士団の紋章である白い獅子の紋章が見えた。
思えば誘導されていた傾向があった。城の二階にある謁見の間には、何もホールを通らなくても行き方は沢山ある。だが手の薄い方へと進んで行くと、一番近道はホールを通る経路になっていたのだ。
「ちっ。初歩的なミスを犯したな」
 城内を良く知ってるがためのミスだった。
 カインは舌打ちして黒き機体を睨め付けた。
「カイン様。いや国賊カイン。貴様も無謀な事をしたな」
 エルウィンの近衛騎士団長のレオンが、奥の階段の上からヘカトンケイルの巨剣でカインを指して言った。黒きヘカトンケイル達は、二階からカイン達を囲むように隊列を組んで、赤く輝く魔法剣を灯した巨剣を構えている。
「無礼な! 国賊は貴様らの方だろう!」
 それを聞いて怒りを覚えたシルフィールが叫ぶ。
「反乱分子が何を言う。王位に就いたエルウィン様に仇をなす者は皆国賊だ。その国賊の頭であるカインとギルバルトには抹殺令がだされている。従ってここで死んでもらう」
 最後の言葉が合図となったのか、黒きヘカトンケイル達がいっせいに動きだした。
「カイン! ここはいったん引いた方がいいんじゃ……」
 セルシアがそう叫んだが、カインは不敵な笑みを浮かべた。
「この程度の戦力で俺達を倒そうとは、クソ兄貴にも舐められたものだな」
「はぁ?」
 セルシアは思わず我が耳を疑った。
 相手は三メートル強もあるヘカトンケイルを着込んだ騎士が十数名である。こちらは生身な上に数でも負けている。いくらカイン達の剣技が群を抜いていても、到底勝てる相手ではない。セルシアが自分の耳を疑うのも当たり前である。
「舐めてるの貴様の方だ!」
 当然それを聞いたレオンは侮辱されたと激怒し、剣を構えて間合いを詰めて来た。
 他のヘカトンケイルを着込んだ近衛騎士達も、二階から飛び降りて来た。ドンッドンッと着地の際、その重量から床がへこむ。
「そう言えばセルシアには忙しくてまだ教えてなかったな」
 カインは不敵な笑みを浮かべたまま言った。
「えっ……」
「精霊剣の様々な付加魔法能力の使い方を」
 そう言ってカインは剣に宿った蒼光の魔法剣を解いた。横でもシルフィールとディアスが剣に宿った魔法剣を解いている。
「今から見せてやる。真の精霊剣の力を!」
「セルシアは引いてろ」
「ここは任せておけ」
 カインに続きディアスとシルフィールが言った。

「光りの精霊剣テムジンよ! 蒼光まといて真の姿を我が前に示せ! 精剣技蒼光剣!」
 カインの持つ精霊剣テムジンの刀身の周りを包み込むように、蒼き光りと共に水晶のような大きな刀身が現れた。バスタード・ソードくらいの大きさだった精霊剣テムジンは、ヘカトンケイルの巨剣程ではないが、今や幅はブロード・ソード並に、長さは一,五倍程になった。
 だが精霊剣テムジンの大きさが変わっても重さは変わらない。剣が変化すると同時に、軽量化の魔法が自動的にかかるからだ。そのため長くなって多少扱いは変わるが、いつも通りにカインは剣を振るえる。
 カインは迫り来る黒きヘカトンケイルの袈裟斬りの斬撃を紙一重でかわすと、精霊剣テムジンを右薙に振るった。
 ザンッ!
 蒼き光りが弧を描き、ヘカトンケイルの胸を横一文字切り裂いた。だが浅い。相手は初手がかわされたと見るや、とっさに回避行動へ移っていたのだ。さすが相手もエルウィンの近衛騎士。選び抜かれた精鋭なのだ。けれども精霊剣テムジンはヘカトンケイルの防御障壁と厚い装甲を簡単に切り裂き、その向こうにある騎士の顔をさらけ出していた。その威力は普通の魔法剣の比ではない。
 カインは返す剣で左薙に剣を振るった。
 ギィイインッ!
 青と赤の閃光がほとばしり、今度はカインの斬撃をヘカトンケイルは受け止めた。刹那カインは受け止められた反動を利用して、その場で竜巻のように回転して、遠心力を付けた右薙の一撃をヘカトンケイルに叩き込んだ。まるで舞踏会で踊っているかのような剣さばきだ。それでいて鋭く重い。
 ギャンッ!
 金属の裂ける悲鳴が響き、蒼光が黒き機体を真っ二つに切り裂いた。
「ぎゃあぁぁああ!」
 ヘカトンケイルを着込んだ騎士は断末魔を上げて散った。
 続けて迫り来るヘカトンケイルに横薙の斬撃を放つ。
 そのヘカトンケイルは受け止めようと巨剣を縦にして、カインの斬撃に合わせる。剣と剣がぶつかるその前。カインは微妙に剣の奇跡を変え、ヘカトンケイルの手の甲に精霊剣テムジンを当てた。
 ギャンッ!
 ヘカトンケイルの腕がぱっくりと避け、持っていた巨剣が宙を舞う。
 カインは返す剣で横薙に精霊剣テムジンを振るい、ヘカトンケイルを一刀両断した。

 カインと同時にディアスも地の精霊剣に向かって呪文を唱えた。
「地の精霊剣グリスボックよ。地の怒りは大地の怒り。大地の怒りは我が怒り。大地を揺るがす力を我が剣に宿せ! 精剣技振動剣!」
 ブウゥンッ!
 ディアスの精霊剣が黄色い光りに包まれた。触りし物に超振動を与え粉々に砕く魔法の光り。普通だったらアルくらいの魔道士でなくてはかけられないくらいの魔法剣だ。更にディアスは呪文を唱える。
「地の精霊剣グリスボックよ。七つ別れた蛇となれ! 精剣技蛇腹剣!」
 ディアスの精霊剣に蛇の腹ような光りの亀裂が走った。
 その瞬間ディアスの前方と右側面から、黒きヘカトンケイルが二体同時に襲いかかって来た。
 ディアスは遙か間合いの外から、正面のヘカトンケイル目掛けて突きを放った。この間合いで届くはずがない。しかしディアスの精霊剣グリスボックはヘカトンケイルの胸の真ん中に突き刺さった。精霊剣グリスボックは蛇の腹のように七つにのブロックに分離し、その隙間の分だけ伸びたのだ。その一つ一つのブロックとブロックの間は、二本の魔法の光りでできたワイヤーで結ばれていて、ディアス意志により自由自在に伸び縮みする。それが精剣技蛇腹剣の能力だ。そして……
 ブバァァアンッ!
 ヘカトンケイルの胸の真ん中に突き刺さった剣が超振動を起こし、そのヘカトンケイルを粉砕した。ヘカトンケイルの破片と中にいた者の肉片が周りに飛び散り、壮絶な光景となった。
 ディアスはすぐさま伸びた剣を引くと、しなる鞭のように剣を横薙に振るった。
 右側面から来たヘカトンケイルは、遠心力によって伸びた精霊剣を弾き返そうと剣を振るった。
 ジャランッ!
 しかし反対に剣を絡み取られてしまった。
「はっ!」
 ディアスの魔力のこもった気合いと共に、ヘカトンケイルの剣が粉砕される。ディアスはいったん精霊剣を戻すと、再度突きを放った。しかしこれは避けられてしまう。
 剣が伸びきった隙を見て、ヘカトンケイルが間合いを詰め、鉄の拳をディアス目掛けて放った。こんな物を喰らっては生身の人間は一溜まりもない。
 しかしディアスの意志に従い、精霊剣は一瞬の内にして元の長さに戻り、その拳を精霊剣で受け止めた。その瞬間。ヘカトンケイルの拳が粉砕する。そして連動するかのように腕が細かい破片をばらまきながら粉砕されていく。
「うああぁぁあああ!」
 そのヘカトンケイルを着込んだ騎士がそれを見て恐怖のため錯乱した。
 その隙を見逃すディアスではない。次に瞬間にはヘカトンケイルは上下別々になって床に落ちる。しかしその前に粉砕されバラバラになった。

 同じくシルフィールも闇の精霊剣に向かって呪文を唱えた。
「闇の精霊剣スペシネフよ。汝重き集にて、全てを漆黒の闇に落としたまえ! 精剣技重穴剣!」
 ヴヴゥウンッ!
 黒き闇がシルフィールの精霊剣スペシネフに宿った。その闇は光りすら飲み込む重力の塊だった。闇に触れし物を凄まじい重力の底に落としてしまう、恐ろしい魔法剣だ。
 シルフィールは目の前の黒きヘカトンケイルに向かって素早く間合いを詰めた。
 ヘカトンケイルはシルフィールが間合いに入ると、呻りを上げて巨剣を横薙に振るった。
 ブンッ!
 赤き巨剣が弧を描き、その下を低姿勢で地を這うようにシルフィールが駆けた。
 ヴンッ!
 シルフィールが黒き剣を横薙に振るうと、黒きヘカトンケイルの胴が消えた。重力の底へ引きずり込まれたのだ。残った胸から上の部分が、思い出したかのように血を吹き出しながら床へドサリと落ちた。その時にはシルフィールはすでにそのヘカトンケイルを駆け抜け、別のヘカトンケイルの腹に大きな穴を穿っていた。
 まさに死の疾風と化したシルフィールは、ヘカトンケイル達の間を駆け抜けた。すれ違う度にヘカトンケイルの装甲のどこかがえぐられて行く。剣で受けようとしたヘカトンケイルもいたが、その剣ごと重力の底へ落とされた。ただの魔法剣では精霊剣の魔力を受け止める事すら出来ないであった。
 カイン達はなるべく精霊剣の真の姿を使わないようにしている。
 なぜならその力が圧倒的だからだ。
 剣の力に頼りすぎては、自分自身の実力が衰えるし向上しないからだ。

 後方にいたセルシア達の方へも黒きヘカトンケイルが迫った。
 セルフィーに迫ったヘカトンケイルが巨剣を振り下ろす。
「アンチ・アブサリュート・フィジカル・ディフェンス・フィールド!」
 ギィィインッ!
 間一髪セルフィーが唱えておいた対物理絶対防御結界が、ヘカトンケイルの巨剣を防いだ。
 ヘカトンケイルはまさかセルフィーのような魔道士に剣を受け止められると思いもよらず、動揺しそれが隙を作った。
「ソーサラス・レイ!」
 ドンッ!
 すかさずアルが至近距離から高熱の光りの奔流を放った。
 ヘカトンケイルは避ける暇なく光りの中へ消えていった。
「セルシア! 精霊剣で何とかならない? こっちは接近戦は不向きなのよ!」
 セルフィーはたまらず叫んだ。
「私、精霊剣の呪文まだ知らないの!」
 セルシアは間合いを詰めてくるヘカトンケイルから目を離さずに応えた。
「でぇぇええええ! アルゥゥゥゥウウ!」
「精霊剣は知らん! 何でも知ってると思うな! セルシアもエンジェル・リングを使え! あれならヘカトンケイルに対抗出来る!」
 そう言ってアルは次の攻撃魔法を唱え始める。
「わかったわ」
 セルシアはハッと気が付いた。慣れない実戦で気が回らなく、その事を今初めて思い出したのだ。
「風と闇の精霊よ。我欲するは天駆ける白き翼。我求めるは解放されし重力の束縛! エンジェリック・ウィング!」
セルシアの背中に一対の白き光りの翼が生える。
「天駆ける白き翼よ。その真の姿を我が前に示せ!」
 バッとセルシアの背中に白き光り翼が続いて十枚生え、合計一二枚の翼が生え揃う。
「天駆ける白き翼よ。光りと化して閃光となれ! エンジェリック・ファランクス!」
 十二枚の白き翼がバッと開き輝き出す。その全ての翼の先端から光りの帯がいったん後方へ発射され、小さく弧を描くように、いっせいに前方のヘカトンケイルに向かって伸びていった。
 ドンッドンッドンッドンッ!
 光りの帯は正面のヘカトンケイルに次々と突き刺ささった。閃光と共に胴体に穴が空き手足が吹っ飛ぶ。そのヘカトンケイルは蜂の巣のようになって崩れ落ちた。
「……凄い」
 セルシアは自分でやった事に驚いた。
 刹那セルシアは横からの危険を察知する。
 ブンッ!
 別のヘカトンケイルが赤き光りをまといた巨剣を、セルシア目掛けて横薙に振るって来たのだ。
 セルシアは横に飛んで避けた。そしてその思考に合わせせて光りの翼も羽ばたき、あるいは角度を調整して運動能力を高めた。
「くっ」
 グンッと凄い圧力が体にかかった。光りの翼を使った事により予想外の早さで体が動く。
 ヘカトンケイルは巨剣による斬撃を次々と繰り出すが、セルシアはその全てを避けた。自分に備わる先を読む能力と、それに対応できる早さを手に入れたセルシアにとって、それは簡単な事だった。
「やっ!」
 セルシアは相手の隙をついて、白き光りをまとった剣をヘカトンケイルの足目掛けて横薙に振るった。
 ギィィインッ!
 しかしヘカトンケイルを覆う防御障壁に弾き返されてしまう。やはり普通の魔法剣ではヘカトンケイルの防御障壁は破る事が出来ない。その事によりセルシアに隙が出来た。
「死ねっ!」
 ヘカトンケイルの赤き剣がセルシアに迫る。
(間に合わない!)
 セルシアは防御しようと剣を戻すが、戻したところで質量差が大きすぎた。しかし……
 ギィインッ!
 セルシアの防御思考に合わせて光りの翼がセルシアを包み込んだ。ヘカトンケイルの剣は光りの翼によって弾かれたのだ。
(今だ!)
「天駆ける白き翼よ。光りと化して閃光となれ! エンジェリック・ファランクス!」
 セルシアは一二の光りの帯を、至近距離からヘカトンケイル目掛けて撃ち込んだ。
 ドドドドドドドドドドドドッ!
 ヘカトンケイルは着弾の勢いに押され、後方へ吹っ飛びならがバラバラに砕け散った。

 ギィィンッ! ギンッギィンッ!
 赤と青の閃光が金属の悲鳴を上げて何度も迸った。
 カインの横薙の斬撃を、近衛騎士団長レオンが着るヘカトンケイルの巨剣が受け止める。
 レオンはカインの斬撃を弾くと、唐竹に真っ直ぐ赤き巨剣を振り下ろした。
 まるで怒濤に落ちる滝のような斬撃を、カインは横に避ける。
 するとそのレオンは最後まで振り切らず、ピタリと止めると、今度はそのまま横薙の斬撃を繰り出してきた。切り返しが早い。
 だがカインは巨剣の力を上に反らすように受け流す。いくら精霊剣を持っていても、ヘカトンケイルの巨剣をまとも受けては体が持たない。
「はっ!」
 カインはレオンの巨剣が宙を泳いだ瞬間、いっきに踏み込んで袈裟斬りに精霊剣を振るった。袈裟斬りと言っても身長差から狙いは腰である。
 レオンも巨剣が流れた瞬間身を引いて、何とかカインの精霊剣をかわす。しかしカインは更に返す剣で右切り上げに剣を切り上げた。それをレオンはカインの剣を狙って叩き落とすように剣を振り下ろした。
 ギィィインッ!
 その瞬間赤き光りが斜めに流れた。
 カインは切り上げる剣を傾け、振り下ろされる赤光の剣の力を逆に受け流し、そのままヘカトンケイルの腕を切り裂いた。そしてヘカトンケイルの剣がまたもや流れた瞬間。カインは返す剣で左薙に剣を振るった。
 ギャンッ!
 蒼光の剣は防御障壁を切り裂き、その下の黒き装甲をも切り裂いた。しかしレオンはとっさに身をひねって致命傷を避けた。カインの精霊剣はヘカトンケイルの脇腹をえぐっただけだった。その切り口から中のレオンがちらりと見える。負傷してないことからあまり深くは入らなかったようだ。
 レオンは焦り始めた。相手は生身の人間だと言うのに押されているの自分の方である。いくら重い巨剣の斬撃を繰り出しても、避けられるか受け流され力を削がれる。それにこうして剣を合わせているとわかる。相手はまだ全然本領を発揮していない。まだ幾つも奥の手を持ってる感じがする。やばい。根本的剣技の差が明確に出始めて来た。
 焦りは隙を呼び、隙は死を呼ぶ。その生死の狭間の瞬間をカインは見逃さなかった。
蒼光が閃き弧を描く。
 赤き巨剣がヘカトンケイルの腕ごと宙を舞った。それが床に落ちる前に、黒き機体の中心に蒼き剣が突き刺さった。
 グラリとレオンのヘカトンケイルが前のめりの倒れ始めた。
 カインはすぐさま剣を引くと後ろに飛び退き、その次の瞬間カインのいた場所にヘカトンケイルが倒れ込んだ。
 光熱の蒼き剣により、ヘカトンケイルの装甲は焼き裂け、中のレオンは瞬時に蒸発し、残った部分の傷口も焼かれ血すら出てこない。
 レオンの最後は断末魔さえ上げる暇がなかった。
 カインがレオンを倒した頃には、ホールに動くヘカトンケイルは残っていなかった。
「行くぞ」
 それを確認したカインはみんなを促した。
 エルウィンの所まで後少しである。カインは決心が揺らぐ暇を与えないためにも急いでいた。けれどもエルウィンを見てからそれが変わらないだろうか? いくら父親を殺し兄を幽閉しても、実の兄である事は変わりはない。父に兄弟はなく、今や父も母もなく血筋は兄弟しかいないのだ。
 カインは階段を駆け昇り、正面の大きな扉を開く。扉の向こうの部屋は控え室となっていて、ここで名前を呼ばれてから謁見室に入る事が出来る。だが今はそんな手続きは必要ない。カインは部屋を抜け豪華な扉に手をかけた。その向こうにエルウィンがいるはずだ。
 エルウィン。三年前、自分が王宮を去る原因となり、今や自分を国賊として殺そうとした兄……良いとこなし。やはりここで亡き者にしておくべきだ。父のためにも。カインはグルグルと頭の中で様々な考えが渦巻いた。
 そして扉が開かれる。その向こうには……
「……」
 誰もいなかった。
「えっ……どういうこと……」
 セルシアが呆然と呟いた。
 謁見の間はがらんとしていて人の気配が全くない。そう言えば控え室にもいるべき衛兵の姿もなかった。
 あの騎士が嘘をついたのか、それともホールでの戦いの音を聞いて逃げたのか……
 カイン達が謁見の間の中央付近まで来ると、セルシアが急に手で口元を押さえた。
「うっ」
「またか……」
 シルフィールが呆れて呟いた。
「違う……悪意が残ってる。気持ち悪い」
 その瞬間カインも感じた。そして弾けたようにセルフィーの方へ振り向いた。
「セルフィー! 対魔法防御!」
 慣れたものでセルフィーは返事もせずに呪文詠唱へ入った。だがその瞬間。謁見の間の奥の部屋、王族の控え室の扉が開き赤き閃光が瞬いた。
 ドンッ!
 破壊的重低音が大気を振るわせ、赤き光球がカイン達目掛けて飛来した。
 ズドォォォォオオオオン!
 着弾と同時に耳を劈く凄まじい爆音が謁見の間に響き、爆炎が謁見の間を埋め尽くした。遮蔽物のない密閉空間での爆発、逃げ場などなかった。あのタイミングでは詠唱に時間がかかる故、防御障壁も間に合うはずがない。
「ふはははははっ」
 扉を開け謁見の間の惨状を見たエルウィンが哄笑を上げた。
 黒い煙が立ち込む謁見の間は滅茶苦茶になっていた。玉座など跡形もなく、四方の壁は今だ熱を持っている。陽炎と煙に揺らいでいるが、カイン達のいた場所には直撃のため大穴が空いているのが見える。もちろんカイン達の姿は欠片も見えなかった。
「見よ我が宮廷魔道士よ。さすがだ。跡形もないぞ。はははははっ!」
 エルウィンの後ろから続いて出てきたエルウィンの宮廷魔道士が、今更自分がしてしまった事を後悔したかのように、青ざめ振るえた。
「私に逆らおうとするからこうなるのだ! ははははっ! 自軍敵軍に知らせを出せ。カインが死んだとな!」
 その知らせを聞けばエルウィンの軍は士気が上がり、ギルバルトの軍は士気が下がること間違いなしだった。
「わかりました」
 宮廷魔道士の後ろから、各重臣達が出て来て返事をした。その時……
「勝手に殺されては困るな」
 部屋の中央に空いた穴からカインの声がした。
「なっ!」
 エルウィンが驚愕の声を上げる。
 穴の下から風をまとったカインが上昇して来た。同じくそれを追うように次々とディアス達が上昇して来る。
 カイン達は穴の縁に立つと、飛行の魔法を解いて剣をかまえた。
「き、貴様……なぜ生きている……」
 エルウィンはかすれた声で言った。
「教える義理はないな。クソ兄貴」
 どうして助かったのか。さすがにセルフィーでもあのタイミングでは間に合わなかった。だがとっさに反応したディアスが、超振動の魔法をかけたままだった精霊剣で、周りの床を破壊してみんなを下の階へ落として難を逃れたのだ。まさにその一瞬後に爆発が謁見の間を支配し、天井から迫り来る紅蓮の炎を、落ちる間に防御魔法を完成させたセルフィーが防いだのだ。後は落ちた際の傷をセルフィーが回復魔法で癒し、飛行の魔法を唱えて再び謁見の間に姿を現したのだ。
「ク、クソ……貴様! それが王に対する口の聞き方か!」
「貴様は今から死ぬんだ。王でいられるのも後わずか……それに俺は貴様を王だなと認めない。父殺しの大罪人が!」
「だ、黙れ! 数々の狼藉もはや許せん! 私自らたたき斬ってやる! 前に出ろ。一騎打ちだカイン。この勝負、負けた方が手を引く。いいな」
 不意打ちが失敗した今、カイン達と正面から戦っては絶対に勝てない。エルウィンの方は宮廷魔道士一人と、三人の将軍しかいない。後はただの文官だ。ヘカトンケイル隊を倒してきたカイン達に、チーム戦を挑んでも万に一つ勝ち目はない。だがカイン一人だったら勝ち目はあるとエルウィンは考えた。自分はカインの兄だ。カインの事は良く知っている。どうしようもなく優しい奴だ。それ故宮廷の水面下での黒いやり取りについて行けず、そこに付け込んで宮廷を追い出してやった。今回も肉親と剣を交えるのに、兄である自分に剣を向ける事にためらいがあるに違いない。付け込むべき所はそこにある。エルウィンとて剣の稽古は欠かしていない。戦乱の世では王は常に強くなくてはならないからだ。
「いいだろう」
 カインはそれを承諾して前へ出た。
「見極め人には私がなろう」
 アルは誰かがそれを言い出す前に言って、カインとエルウィンの間に入った。エルウィン側に見極め人になられて不正行為をされてはいけないと思ったからだ。
「お互い魔法を解き構えよ」
 エスターニアでの公式なる決闘では、魔法による魔法剣及び防御障壁は禁止されている。争いを決するためには、己の力、己の技のみを持って戦う。それを破った者には見極め人及びそれを見ていた者から死を与えられる。王族とて同じである。
 これもエルウィンの狙いの一つだった。魔法を封じてしまえばただの剣士。魔道剣士ではないのだ。
 カインは対物理防御障壁を解き、精霊剣にかかった魔法も解き元の大きさに戻すと、エルウィンに向かって正眼に構えた。エルウィンもカインに向かって剣を構える。
「始め!」
 アルの号令と共にエルウィンがいきなり動いた。
「はっ!」
 いっきに間合いを詰め、狙いを済ました突きをカインの首目掛けて放つ。
 カインはその突きを横に避ける。
 するとその動きを追うかのように突きが横薙に変化した。
 ギィンッ!
 カインはその斬撃を剣で受け止める。
 エルウィンは初手が交わされると、横に飛び退きいったん間合いを取る。
 しかしカインがそれを許さなかった。カインはエルウィンが退くと同時に踏み込み、横薙の斬撃を振るった。取った間合いがいっきに縮まる。
 ギィインッ!
 銀の弧を描いたカインの剣が、銀の刃に弾かれる。
「はあっ!」
 エルウィンが袈裟斬りにカインの肩目掛けて剣を振り下ろした。
 ギィィィィイイインッ!
 カインは剣を斜めに傾けその斬撃を受け流した。
「せぇい!」
 そしてそのまま流れるように逆袈裟に剣を振り下ろす。
 エルウィンはとっさに前に飛び込むように前転して避ける。
 カインとエルウィンの立ち位置が変わり、カインは振り向き様に剣を横に振ったが、エルウィンはそのまま間合いを取っていたため空振る。
 今度はカインから間合いを詰めて行った。じりじりとすり足で迫り、間合いの一歩手前でピタリと止まった。しかしエルウィンはそのまま間合いを詰めて来た。
「は……」
「はあっ!」
 エルウィンが剣を振るったその瞬間。カインはエルウィンの剣を狙って剣を振るった。
 ギィィインッ!
「くっ」
 振り切る前にエルウィンの剣が弾かれ、エルウィンは体制を崩す。
「はっ!」
 そこにカインが唐竹に真っ直ぐ剣を振り下ろした。
 だがエルウィンは剣が弾かれた方へ体を流して避ける。
「せいっ!」
 カインは返す剣で剣を振り上げた。
「ぐっ」
 今度は避けきれずカインの剣がエルウィンの左手を抉った。
カインは更に返す剣で袈裟斬りに剣を振り下ろす。
 ザムッ!
 カインの剣がエルウィンの左肩を捕らえる。エルウィンはとっさに左肩を引き、致命傷を避ける。そして右後方へバックステップで下がり、追撃を逃れる。
「勝負着いたな」
 カインは降伏すれば命までは取らないと暗に言った。
「なぜだ! なぜ貴様は私よりも剣が出来る。なぜ貴様は私よりも人望が厚い。なぜ貴様は私より皆に愛されるのだ! 私の方が先に生まれ、王になる資格があるというのに、なぜ皆は貴様を支持するのだ! 私は貴様が憎い!」
 エルウィンは左肩の傷を手で押さえながらカインを睨んだ。
「……」
 ここまで憎まれているとは、さすがにカインも思いも知らなかった。
 そのショックに隙ができ、エルウィンはそこにいっきに間合いを詰めた。
「喰らえ!」
 エルウィンは手に着いた自分の血を、カインの顔目掛けて手を振ってかけた。
「くっ!」
 カインの目にエルウィンの血が入る。
「死ねぇぇえ!」
 エルウィンの袈裟斬りに剣を振り下ろした。
 銀の光りが弧を描き死の刃となってカインを襲う。
 しかし……
 エルウィンの放った斬撃をカインは剣で弾き、今度はカインの剣が銀の弧を描いた。
「がはっ!」
 横薙に振るわれたカインの剣は、エルウィンの腹を横一文字に切り裂いた。
 返す剣で今度はエルウィンの首が飛んだ。
 腹から首の根本から、エルウィンは血を吹き出して絶命した。
 カインはすでにエルウィンの剣を見切っていた。目を瞑っていても戦えるくらいに。エルウィンの剣は単純過ぎた。稽古だけで実戦経験のない者の太刀筋だった。これが実戦経験のある者とない者の違いだった。
 カインは甘さ故にエルウィンを助けようとしたが、それが仇となって思わぬ不覚を取った。それではいつかは自分がやられてしまう。それを断ち切るためにカインは剣を振るった。殺すために。自分の甘さを断ち切るために。
 カインは返り血をかわす事すら忘れて兄の最後を見届けた。床に落ちたエルウィンの顔は、恨みと苦痛で悲しいほど歪んでいた。
 実の兄にここまで恨まれていたとは……実の兄弟で殺し合わねばならなかったとは……カインは悲しくて、やるせなくて、涙がこぼれそうになったが何とか堪えた。
 一方エルウィン側についていた重臣達は狼狽えた。将軍は主君の仇を取ろうと剣に手をかけたが、一騎打ちの勝敗で負けた方が手を引くと決めたのはエルウィンの方である。将軍はその手をいったん引いたが、再び手をかけた。王族に手をかけた者は極刑である。どうせ死ぬなら主君の敵を取って死ぬべきか。それとも騎士道を貫いて敗者らしく振る舞うか、揺れているのである。
「大人しく従うのなら慈悲を与える。従わぬなら死をもって応える」
 カインが将軍達の方に向かって言うと、ディアス達も剣を構えた。
 将軍達は片膝を突いてそれに応えた。

 エルウィンがカインの手によって葬り去られた事は、双方の軍に知らされた。
エルウィン側の重臣がカインに屈した事も知ると、エルウィン側の騎士団は、剣を鞘に収めた。もはや身内同士で荒そう必要がなくなったからだ。内心ホッとしている者も少なくない。エルウィンの暴挙を知っていたし、カインの善政も知っているのだ。決して一方的に自分達を処罰する事はしないだろう。上手くいけば多少立場は弱くなるが、今までどおりにやっていける。
 重臣達は先を争うようにカインの元へすがりついて来た。自分はエルウィンに従っただけだ。自分はただ上の命令に従っただけだと。カインはひとまずその吐き気のする奴らを、適当にあしらった。今は奴らにかまっている暇はない。まずはギルバルトを出迎えねばならないのだ。
 ギルバルト率いる騎士団は、大手を振って王都シャルダンへ入った。
 すでに城塞兵器は撤去され、代わりに民達が往来に溢れて惜しみない喝采送って来た。
 民達にもカインがエルウィンを討ち取った事が広まっていたのだ。暴君エルウィンの亡き今、もう重税の心配も他国との戦争の心配もない。
 ギルバルトが王都と同じ名を持つ王城シャルダンへ入城すると、カインが出迎えた。そして王都の民達がどっと王城の前に押し寄せて来た。エルウィンが亡くなって、英雄カインが帰還して来たのだ。民達は期待を膨らませてカインとギルバルトの言葉を待っているのだ。それに応えるのは王族としての義務だ。カインとギルバルトは、王城の門を開け民を中庭へと入城を許可させた。そして二階のバルコニーへと立ち、民の前に姿を現した。
 凄まじい大歓声が王都中に響くかのように沸き起こった。
「まずは兄エルウィンの暴君を許してしまった事を皆に詫びたい」
 ギルバルトが片手で制してから言うと、民達は静まり返った。
「だが今はもうエルウィンは亡い。重税や戦争に怯える必要ななくなったのだ。これからはもう安心して暮らせる事を約束しよう!」
 再び起こる大歓声。ギルバルトは再び手を上げて歓声を制すると、決心した事を皆にうち明けた。
「私、ギルバルト・フィル・オル・エスターニアは、王位を弟カイン・ソル・デ・エスターニアに譲ることをここに……」
 その演説をカインが反射的にギルバルトとの口を押さえる事で防いだ。
 どよめく民達。
「兄さんには悪いが私は一度皆を捨てた身だ。今更こんな私に王になる資格などない。エルウィンは危険な野心家であったが、ギルバルト兄さんは必ずやいい王になる。この私カイン・ソル・デ・エスターニアが保証する」
 ギルバルトはカインに王位を譲る気だったが、民の前であんな事を言われては引っ込みがつかなくなった。
 しばらく民はどよめいていたが、その内それが歓声へと変わっていった。
 ギルバルトは諦めたように苦笑すると、胸を張って演説を始めた。
「税を通常通りに戻し、より良い国にする事を改めて約束しよう。そして隣国ルーデンハイムとも友好関係を築くため努力を惜しまない。このことはギルバルト・フィル・オル・エスターニアの名において民に誓う。もしこの誓いが破られた時は、出来のいい弟が私の首を斬りに来るだろう。私とて弟に殺されるような馬鹿な事はしたくない」
 ギルバルトは最後の方は冗談めいた風に言った。
 ドッと民から笑いが漏れる。
「皆の者、安心して私についてこい!」
 大歓声が起きる。
 それから祝福の祭りが始まった。戦が終わり平和が再び訪れたのだ。
 王都は数日前までとうって変わり凄まじい喧噪に包まれた。往来には露店が所狭しと並び、パブも昼間から店を開けて酒を振る舞う。人々は見知らぬ者同士であっても肩を抱き、歌い、喜びを分かち合った。
 祭りは十日に渡って続き、治まる頃にはカイン達の姿はなくなっていた。
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