Elemental Sword
~第一章~
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芹沢明
 そこは監禁部屋と言うより病室と言った感じだ。部屋の中はベットが一つあるだけだ。それともう一つ、小さな続き部屋がる。トイレだ。だがそれは実験材料を清潔に保つためにすぎない。
 セルシアは真っ白な病服みたいな物を着せられて、ベットの上に腰掛けていた。
 虚ろな目はただ前の空間を見つめていた。いやその目にはもう何も映ってないだろう。
 セルシアはここ数日間の出来事を思い出していた。オリュンポスでの出来事だ。
 あそこは暖かかった。人の優しさが温もりが感じられた。思えば幸せな時だったのかも知れない。カイン達の事を思い出すと自然に顔が綻んでくる。しかしそれも一瞬だった。
 もうあそこには戻れない。二度とカイン達にはあえない。
 そう思うとセルシアの瞳から涙がこぼれ落ちた。
 と、そこにカチャリと部屋の鍵が外れる音がした。
 そして部屋の中に、神殿騎士の平服を着た男が入って来た。
 肩まである金髪は女性のように綺麗で、顔つきは整っていてかなりの美形だ。
「久しいな。セルシア。数日間だと言うのにひどく長く感じたよ」
 男はノックもせずにドアを開けて入って来た。
 その時男の背景がグニャリと歪んだ気がしたが、それもセルシアにはどうでもよかった。
「……フェイ」
 セルシアはかつての同僚を見上げた。
 フェイはセルシア同様、能力者の実験に参加していた神殿騎士だ。
 セルシアは能力の解明のための被疑者だったが、フェイの方はその能力を植え付けられる方の被疑者だった。その実験も今のところ成功を収め、セルシアやカインには及ばないが、力を使うことができる。
「あなたのことは気に入っていたのだが、異端者のガキなど助けたばかりにあなたまで異端者に成り下がるとは、正直いって失望したよ」
 その顔はかつての優しさがなかった。今やその顔には見下したような嘲りしかない。
「……何ですって! 失望したのはこっちよ! ローレンツ教にも今のあなたにも! 罪のない子供を助けて何が悪いのよ!」
 セルシアは心の奥に溜まっていた怒りや絶望を吐き出し、ぶつけるように叫んだ。
「やはりあなたは異端者になってしまったようだ。害虫は幼虫のうちに殺しておいた方が被害が少なくてすむ。そうだろ?」
「……信じられないわ……」
 セルシアは唖然として呟いた。
「あなたがどう思うがもはや無意味。処刑までの十日間。我が糧となってもらう。もし発狂しなかったら最後に慰めてやる。男も知らずにあの世に行くのはかわいそうだからな。せめてもの慈悲だ」
 そう言ってフェイはニヤリと笑った。
「くっ。最低ね。あなた」
 セルシアは視線を外して吐き捨てるように言った。
「ふっ、何とでも言うがいい。しょせん異端者の言葉など愚にも付かぬ」
 セルシアは悔しくて悔しくて声も出なかった。
「実験は明日からだ。今から楽しみにしているよ」
 そう言うとフェイはきびすを返して部屋を出ていった。
 その際またドアの辺りが微かにグニャリと歪んだ。その歪みは人の形をしていた。まるで透き通った幽霊がいるみたいだ。
 もしかしたら死を間近にした自分の元に、死に神が来たのかもしれない。
 セルシアがそう思っていると、突然頭の中に声が響いた。
『いけ好かない野郎だな』
「えっ! ん……」
 突然見えない手がセルシアの口を塞いだ。
『声を出すな。俺だ。カインだ』
 セルシアは突然の事に訳がわからず混乱したが、その声が頭に響くと不思議に安心を覚え脱力した。
『カイン?』
『そうだ。助けに来た。もう安心しろ』
 口を押さえていた手が外れる。
『カインなの!』
 とたんセルシアの顔が明るくなった。そして辺りをキョロキョロと見渡す。だが誰もどこにもいない。しかし暖かい手がセルシアの手を握りしめた。
『そうだ。ディアスもいるぞ』
 そしてカインが合図したのか、もう一方の手にも遠慮がちに手が触れる。
『……カイン……ディアスさん』
 セルシアの目から涙がこぼれ落ちた。
 セルシアの前に再び希望が光りを照らした。
 こうまで自分を思ってくれるみんながありがたくって、嬉しくって、自然に涙が出た。
『ありがとう』
 思いが詰まって今はそれしか言えなかった。
『その言葉。帰ってからみんなにも言ってくれ。そして美味い料理を作ってやってくれ。みんな楽しみにしてるんだぞ』
『はい』
 セルシアはやっと落ち着きあることに気づいた。
『カイン。どうなってるの? 姿が見えないけど』
『魔法で姿を消している。侵入するのに便利だろ。それにはこの部屋は監視されている。目線だけ動かして、部屋の上の四隅をチラッと見るんだ』
 セルシアは言われるままに目線だけをチラリと動かす。
『あれは……』
 部屋の天井近くの四隅には、小さい魔法装置が取り付けられていた。
『通信用のマジックアイテムと同じだ。音と映像を流しっぱなしにしてあるんだろう』
『でも何で……』
 部屋に入れられてからずっと誰かに見られてたと思うと、気持ちが悪くなった。
『多分セルシアに自殺させないためだろう。だから今も光属魔法迷彩の魔法で姿を消している。俺達は今ここにいないはずになっているんだ』
『わかったわ』
 そう応えてセルシアは自分一人でいる振りをする。
『それにしてもあいつむかつくな』
『フェイのこと?』
『そうだ。脱出の際見かけたらぶっ殺してやる』
『気を付けて。フェイも私達と同じ能力を持っているわ。この実験で生み出された人工能力者よ。もっとも私達より力はないけど。それでも念のため』
『そうか。でも基本的能力は三流以下だな。ドアを開ける際、二度も俺やディアスがすぐ間近いたのに気が付かなかった。もっとも気配を消していたがな』
『……私も三流以下?」
『……痛い所突かれたな。今はそうだ。だが訓練次第で一流にもそれ以上にもなれる』
『鍛えてくれる?』
『もちろん。それにはまず脱出しなくちゃな』
『いつ脱出するの?』
『夜になってからだ』

 カイン達がセルシアの救出のために取った行動はこうだった。
 セルシアのヘカトンケイルの信号を追って、人里離れた森の中に、ローレンツ教の実験施設がある拠点に、セルシアが運ばれたのを確認すると、普通の魔法探知装置じゃ探知できない距離にオリュンポスを着陸させ、実験施設に乗り込んで来たのだ。
 その際カインのヘカトンケイルは使えない。なぜなら向こうの魔法探知装置に引っかかってしまうからだ。
 そこでカインと、一人じゃ心配だとディアスも生身で光属魔法迷彩で姿を消して、実験施設に侵入したのだった。
 シルフィール、セルフィー、そしてアルは、カイン達と同じくヘカトンケイルに光属魔法迷彩をかけて、拠点の周りに待機している。脱出の際敵の気を引く危険な役割だ。
 セルシアはその迅速な行動に感嘆した。

 そして時が過ぎ、日が暮れて夜になり、ほとんどの者が寝静まった深夜になった頃に、カイン達は行動を起こした。
「カインだ。準備はいいか」
 カインは小声でシルフィール達に通信を取った。画像は映さず音声のみだ。
「こちらシルフィール。いつでもいい」
「はーい。セルフィーでーす。いつでもいーよ」
「こちらアル。準備万端」
 三人も小声で返してくる。
「了解。今から脱出する。頼んだぞ。それとあまり無茶はするなよ」
「了解」
「早く来てねー」
「そっちも無茶するなよ。時間かかっていいから」
 各自そう言って通信を切った。
 カインは姿を消したままドアの前に来ると、腰から吊した剣を抜く。
 微かに鞘走る音を聞いたセルシアは、ベットから腰を上げて立ち上がった。
『ドアの側に来るな』
 そう言ってからカインは剣に向かって呪文を唱え始めた。
「光の精霊よ。天空より御下りて我が剣に宿れ! スカイ・レイ・ソード!」
呪文の完成と共に高熱の蒼光がカインの剣に灯った。
 この世界の魔法と言えば一般的に精霊魔法だ。自然界の至る所に存在する様々な精霊の力を借りて魔法を使うのだ。
 代表的な精霊は地水火風光闇の六大精霊で、それぞれ地は大地を司り、水は水などの液体を司り、火は炎を司り、風は大気やその流れそれと稲妻を司る。そして光は光や熱を司る。
 誤解されやすいのが闇である。闇とはこの世界のこの時代の人々には、まだはっきりと発見されていないのだが、宇宙とそこに広がる空間の事を指している。よって闇とは空間や重力など引力を司っている。まだ魔道士学院の魔道士達は、地面に引かれる力くらいにしか解明してないが。
 他には癒しの精霊や聖霊などが有名だ。
 魔法はそれらの精霊の力をかりて使うのだが、その中で攻撃的な魔法や破壊をもたらす魔法を黒魔法と呼び、神秘的な魔法や補助系や防護系の魔法を白魔法と呼ぶ。中にはどちらにも属さない魔法もある。
 そして剣にかける魔法を魔法剣と呼ぶ。
セルシアの目には宙にいきなり蒼い光りの棒が出現したように見えた。だがすぐにそれが魔法剣だと理解した。自分も数々の魔法剣を使えるからだ。
 カインは一振りでドアの鍵の部分を破壊し、闇に目立つ魔法剣を解除すると、ドアを少し開けて前の通路に誰もいないのを確認する。その後姿を現した。姿が見えないとセルシアには不便だし、この時点ですでにばれているばずだからだ。
 姿が見えるとカインもディアスも変な物を被っていた。目だけを横一線に覆うゴーグルだ。それは光属魔法迷彩を見破るためのマジックアイテムだった。これを付けていれば相手が光属魔法迷彩を張っていても、姿を見ることが出来る。
カインはそれを外して首に掛けると、右の腰に下げたもう一本の剣を鞘ごとセルシアに手渡した。
 セルシアは頷いて受け取ると、剣を抜き鞘を腰に下げた。
「ヘカトンケイルの格納庫はどこだ?」
「えっ、どうして」
「ついでにセルシアのヘカトンケイルを奪って逃げる。いずれ必要になる。あれでないと駄目なんだ」
「……わかったわ。ヘカトンケイルはこの能力者研究施設の隣、神機開発施設にあるわ」
「隣のでっかい建物か?」
「そうよ」
「よし。それじゃあ行くぞ!」
 そう言ってカイン達は走り出した。
 今いる所は能力者研究施設の地下一階だ。どうやらこの階は丸ごと被験者を監禁するためにあるようだ。通路の両脇にはセルシアを閉じこめていた部屋と同じ作りの部屋が、ずらりと並んでいて、時折中から奇声や訳のわからない声が聞こえてくる。
「何だってんだよここは……」
 走りながらカインはその声にたまらずセルシアに聞いた。
「……無理矢理能力を植え付けられ、失敗して発狂した被験者よ。私もここに来るまでこんなに犠牲者が出たなんて、知らなかった……私は……私はこんな実験に参加していたなんて……私のせいで……」
「なげくのは後だ」
 そう言ってカインは前に現れ立ちはだかる神殿騎士達を見て、走るのやめ剣を抜いた。
 それに習ってディアスとセルシアも止まって剣を抜く。
 セルシアの脱走に気づいて駆けつけて来たのは六人。みんな剣に向かって呪文を唱えている。魔法剣だ。
カイン達もすぐさま剣に向かって呪文を唱え始めた。魔法剣に対抗出来るのは魔法剣でしかない。もし魔法剣のかかってない剣で魔法剣を受けると、魔法剣で受けたその剣ごとばっさり斬られる事になる。
それに大概魔法剣を使うような者同士の戦闘になると、お互い魔法による防御障壁を張り巡らせている場合が多い。その防御障壁を打ち破るには、それを上回る力で防御障壁を破壊するか、解呪するしかない。普通の剣では無理なのだ。
 カインとディアスもあらかじめ防御障壁を張っている。セルシアも部屋を出る際に自分で防御障壁を張っている。
 神殿騎士達の剣に純白の光りを発する魔法剣が宿る。対してカインは蒼光の剣。ディアスは黄金の光りを発している。皮肉な事にセルシアの剣には神殿騎士と同じ純白の光りが宿っている。
「セルシア。生身での実戦経験は? 剣で直接人を殺した事はあるか?」
「……ないわ」
「……そうか。じゃあ後ろに下がってろ」
「私もやるわ」
 そう言いつつもセルシアは震えていた。ヘカトンケイルでの空中戦は無我夢中だった。一機撃墜したものの、魔法銃だったので直接手応えは感じられなかった。でも人を殺したと言う事実が彼女を襲い、それが再び今襲って来た。軽い嘔吐館がこみ上げ胃が閉まる。
 はっきり言って怖い。戦うのも。殺すのも。殺されるのも。
 今セルシアの口から出た言葉は強がりでしかなかった。それを見抜けない者はこの場にはいない。
「いいから下がってろ!」
 カインはそう怒鳴ってから、じりじりと神殿騎士達と間合いを詰めて行った。
「ここは任しておけ」
 ディアスも左手でセルシアの肩をポンッと叩くと、そのまま自分は前に出てセルシアを後ろに下がらせてから、カインに続き神殿騎士達と間合いを詰める。
 ある程度間合いを詰めるとカインは挑発するように剣を振るった。
 神殿騎士達は数の上では有利だった。それでもカインは不適な笑みを浮かべて挑発してきたのだ。それを侮辱と感じた神殿騎士達はいっきに間合いを詰めた。
 踏み込みの早い一人目の神殿騎士が、カインに向かって袈裟斬りに剣を振り下ろして来た。
 カインは上体をそらしてその斬撃を避けつつ、横薙に剣を振るった。
 蒼い光りが弧を描く。
 パキィィインッ!
 乾いた音と共に神殿騎士の防御障壁が破壊され、続いて鎧、そして肉を切り裂く感触がキースの手に伝わって来る。
 神殿騎士の右脇腹に入ったカインの剣は、そのまま左脇腹に抜けた。
 そしてその神殿騎士の上半身が落ちるより早く、斜め前から別の神殿騎士が唐竹に真っ直ぐ剣を振り下ろした来た。
 カインは紙一重で横に避けつつ、そいつの首に剣を突き刺し、そのまま横に剣を抜いた。
 首が横にガバッと裂け、大量の血が噴き出した。
 ディアスは迫り来る神殿騎士と間合いをいっきに詰めると、横薙に剣を振るった。
 黄金の光りが弧を描き、純白の光りがそれを防がんとぶつかり、二色の光りがほとばしる。
 ディアスは初手が防がれるとすぐさま剣を引いて、今度はすくい上げるように剣を下から上へ逆風に切り上げた。
 神殿騎士は何とかかわしたが、ディアスは返す剣で袈裟斬りに剣を振り下ろす。
 神殿騎士はその早さに付いていけず、防御障壁を破壊され左肩にディアスの剣が食い込み、肺と心臓をずたずたに切り裂いて右脇腹に抜けた。
 崩れ落ちるその神殿騎士の向こうから、純白の光りが真っ直ぐディアスの喉目掛けて迫った。後方にいた神殿騎士の矢のような突きだ。
 ディアスは身をひねって避けつつ、右手を槍のように突き出した。
 神殿騎士の突きはディアスの横に抜けたが、ディアスの突きは神殿騎士の心臓を貫いた。
「がはっ」
 神殿騎士は血反吐を吐いて、ディアスにもたれ掛かるように倒れてきた。
 しかしディアスはすぐさま剣を抜いて後ろに飛び去って逃れる。
 残りの二人は仲間があっという間に倒され、一瞬怯んだ。
 その一瞬の隙を逃すカインとディアスではない。
 蒼と黄金の光りが弧を描き、二つの首が宙を舞った。
 ほんのわずかな時間で六人の神殿騎士を倒したカインとディアスと見て、セルシアは唖然とした。まるで自分とはレベルが違う。彼らから見れば自分なんて本当に三流以下だ。一緒に戦ったら足手まといになりそうだ。セルシアは今更ながら自分の未熟さを感じた。
「……」
 セルシアが呆然とカイン達を見ていると、
「どうした?」
 カインが心配そうに声をかけてきた。
「……私って足手まといだね」
「……そう言うわけじゃない。あの程度の数だったら俺一人でも大丈夫だっただけだ。それにお姫様を守る騎士。男だったら一度は夢見るシュチェーションだろ」
 そう言ってカインはニヤリと笑みを浮かべる。
「ぷっ。それってまるっきり立場が逆じゃない」
 セルシアは吹き出して笑った。
「笑うことないだろ。それともっと神殿騎士が出て来たら、その時は姫自ら剣を振るってもらいます」
 そう言ってカインは姫に傅く騎士のように頭を下げた。
「我が騎士よ。その時は頼みますよ」
 セルシアも乗ってそう応える。
「……はぁ。こんな時になにやってんだか……」
 ディアスは呆れてため息を付いた。

 カイン達は螺旋階段を上ると施設の一階へ出た。
 そしてすぐさま侵入して来た裏口へと走る。通路の左右には実験室らしきものが並んでいた。しかし気になるものの今はそれどころではない。
 どういう訳かあれ以来神殿騎士は現れない。
 おかしいなと思いつつ、カインはたどり着いた裏口の扉を、ちょっと開けて外を覗いた。
「くそっ。そう言うことか……」
 実験施設は完全に囲まれていた。
 さすがに実験施設内では戦闘を避けたかったのだろう。足止めに数人の神殿騎士を送り込んで時間稼ぎ、その内に数十人もの神殿騎士が施設を丸ごと囲んでいたのだ。
 カインがどうしようかと考える前に、カッと夜空が真昼のように輝いた。
 カインは反射的に扉を閉めた。
「伏せろ! セルシア! ディアス!」
 そう言ってカインは飛び込むように床に伏せた。
 その瞬間。凄まじい衝撃と大音響がカイン達に襲いかかった。
 大地震が起きたかのように施設は揺れ、壁に亀裂が走る。
「きゃぁぁああああ!」
 たまらずセルシアは悲鳴を上げた。
 だがそれを一瞬の事だった。カインは衝撃が治まると立ち上がり、何とか持ちこたえていた扉を開いた。そのとたん扉は外れて地面に倒れ込んだ。
 施設を囲んでいた神殿騎士達は、跡形もなく吹っ飛ばされていた。
 辺りに植えられていた観葉植物なども根こそぎ吹っ飛ばされ、残るは外装がボロボロになった施設などの建物だけだった。
 カインは左手に付けていた通信用のマジックアイテムに呪文を唱えた。
「アクセス、アル」
 するとすぐにカインの前に空間に、四角い画像が浮かび上がり、その中にアルの顔が映る。
「アァァァル! 今のお前の攻撃魔法だろ!」
 カインは怒ってアルに怒鳴りつけた。
「もう少し早く外に出てたら今ので死んでたぞ! 殺す気か! やるんだったら神殿の方でぶっ放せ!」
「すまんカイン。でもそっちからとんでもない化け物が出て来たんだ。今のだって大して効いてない。うあっ!」
 アルは必死になって言った。今も交戦中なのだ。
「何だって!」
「セルシアさんを助け出したんだろ。だったら早く来てくれ!」
「わかった。すぐに行く。それまで今みたいな強力な魔法は使うな。何とかもちこたえろ」
「でぇぇぇええ! ……わかった。とにかく早く来てくれ!」
 かなり切羽詰まったようにアルは叫んで通信を切った。
 通信を終えカインは後ろを振り向くと、すでにセルシアとディアスが待っていた。
 頷き合うと三人は神機開発施設に向かって走り出した。
 神機開発施設はすぐ隣の建物だった。一階は格納庫になっていて、今はヘカトンケイル用の巨大な扉が口を開いていた。それにしてもその扉はでかかった。小型の飛行艇が出入りできそうだ。中は扉が開いていたせいでめちゃくちゃになっていた。整備員や研究員の死体が黒くなって至る所に転がっている。
 それでも一番奥に置かれていた、セルシアがローレンツ教から逃げ出す時に着込んでいた白いヘカトンケイルは無傷だった。かなり強力な対魔法防御障壁を持っているのだろう。
 モーリスにはしてやられたとカインは思った。ヘカトンケイルに標準装備されているような魔法銃だったら、例え至近距離からだって効きはしないだろう。
 白いヘカトンケイルの前にはかなり広い空間が広がっていた。天井もかなり高い。
 一体何が置かれていたのだろうか? アルが言っていた化け物と言うのが気になる。
「あいつが……動いてる……」
 セルシアは苦い表情になって呟いた。
「セルシアは奥のヘカトンケイルに乗ってくれ。俺達は自分のヘカトンケイルを召喚する」
「わかったわ」
 セルシアは返事をすると走り出した。例え相手が化け物だろうと、立ちふさがる物はなんとしてでも排除しなくてはならい。
 カインは右腰に下げたポーチから一本のナイフを取り出した。
 そのナイフは刃の部分にびっちりと魔法文字が切り刻まれていて、実戦向きではなかった。装飾品のような感じがする。
 カインはそのナイフを床に刺すと、離れて呪文を唱えた。
「器なる刃よ。今その内なる物を解き放て!」
 ヴンッ!
 するとナイフの刃が青白く光り出した。そしてナイフを中心に青白い光りが地面を這って広がった。
 それは六芒星を基にその内側と外側に、円が何重にも重なってできた幾何学模様だった。
 円と円の間にもびっちりと魔法文字が埋め尽くされている。いわゆる魔法陣だ。
 それもこの魔法陣はトランスポーターと呼ばれる種類の物で、二つ一組になっていて、二つのトランスポーターの間を瞬時に行き来する事ができる便利な物だ。しかしそれは必ずしも人でなくてもいいのだ。
 カインはこのトランスポーターを使ってヘカトンケイルを取り寄せようとしているのだ。
「光りと闇の精霊よ。我求めるは彼の地への道標。我求めるは空間を渡りし足。導け。此方より彼方へ。彼方より此方へ! クロス・オーバー!」
 呪文完成と同時に凄まじい光りが建物の中に溢れた。そして光りが治まると、そこには蒼いヘカトンケイルが、膝を突いて現れた。まるで王に仕える騎士の如く。
 魔法陣はそれと同時に消え去った。カインが使ったトランスポーターは携帯用の簡易的な物で、使い捨てだった。
 その横ではディアスも同じように自分のヘカトンケイルを召喚していた。
 カインはヘカトンケイルの左股の外側の装甲を開けた。そこはちょっとした物入れになっていて、そこに剣や魔法のゴーグルを入れた。
 そしてカインとディアスはすぐさまヘカトンケイルを着込み、立ち上がらせた。
 そこにセルシアも白いヘカトンケイルを着込んで戻って来た。
「カインって凄い魔法を使うのね。まるで魔道士みたい」
 セルシアは驚いて言った。
「少しかじっただけさ。そんなことより行くぞ」
 そう言われてセルシアは憮然とした。いくら未熟なセルシアにだって、あの魔法が少しかじっただけでは決してできない魔法だとわかる。何か言ってやりたかったが今はそれどころじゃない。後で問いただせばいいのだ。
 三体のヘカトンケイルは風をまとうと、漆黒の夜空に向かって風の翼を羽ばたいた。

 神殿及び実験施設は、蜂の巣をつついたように大騒ぎになっていた。
 アル達の攻撃によりあちらこちらで火の手が上がり、夜空より黒い黒煙が空を覆い尽くさんと、その手を伸ばしていた。
 そして怒った蜂が巣から出てくるように、わらわらと神殿騎士達がヘカトンケイルを着込んで、アル達がいる上空へと飛んで行った。
 アル達が上空にいるのはもちろん目立つからだ。こちらが奴らの気を引いている内に、カインとディアスはセルシアを連れて、脱出しているはずだ。
「ちょっと、さっきのやりすぎたんじゃないのー」
 セルフィーは非難するように言った。
 アルがぶっ放した攻撃魔法によって、神殿の半分が吹っ飛んだ。
 その威力は凄まじく、範囲内にいたヘカトンケイルは軒並み光りの中に消えた。
 しかし、攻撃目標としたそいつは無傷だった。
 アルはカイン達が潜入しているため手加減して撃ったのだが、それでも信じられないと思いつつも、事実は事実と受け止め、報復とばかりに撃ってくる光弾の嵐の回避行動に専念した。
 地上から空に放たれる無数の光弾は、まるで雨が逆さまに降っているようだ。
「何て奴だ!」
 アルは回避しつつそいつを見た。
 夜だと言うのにそいつは、そのヘカトンケイルは見つけるのは容易かった。何しろでかい。普通のヘカトンケイルの四倍はある。常識外れの大きさだった。
 白色の重装騎士のようなごつい体の下には、その重量を支えるためなのか、カニのような足が四本生えている。腕は常に間接部で曲がっていて、腕その物が巨大な魔法銃と化していた。背中には大きなバックパックを背負っていて、体の至る所に砲台が付いていた。まるで不格好なケンタウロスだ。
 そしてそれら全ての銃口に光りが灯った。
 ドドドドドドドドッ!
 無数の光弾が大気を振るわせて、アル、セルフィー、シルフィールへ向けて放たれた。
 まるで動く砲台だ。
 こちらも撃ち返すが防御障壁が強力で、魔法銃程度じゃダメージを与えられない。しかもこちらが数発撃つ間に、相手は何十発と撃ち返してくる。
「乗ってる奴はどんな魔力とマジック・キャパシティ魔法容量を持っているんだ。くそ!」
 アルが悪態を付くのも無理はない。ヘカトンケイルを動かすのも、魔法光弾を撃つのも魔力が必要だ。あれだけ雨のように光弾を撃ち続けるには、凄まじい魔法容量が必要だ。それはまるで悪夢を見ているような光景だった。
「人のこと言えないでしょアルは!」
 セルフィーはこんな時でも冗談めいた事を口走る。
 そこに悪夢が覚めるような通信が入った。
「カインだ。セルシアの救出に成功。待たせたな」
「カイン!」
「カインッ!」
「遅いわよー!」
 アル達の顔つきが急に明るくなり余裕が生まれた。カインが戦場にいるのといないとでは見方の士気は大違いだ。カインがいるだけで周りの者の士気が上がり、やれるぞと言う気になる。まるで周囲に魔法をかけているみたいだ。
 カインが現れると巨大なヘカトンケイルはすぐさまカイン達にも光弾を撃つ込んで来た。もちろんセルシアの乗るヘカトンケイルにも向かって。
「カイン! あいつは、スレイプニールは、背中のバックパックに巨大な魔力増幅機と魔法容量増幅機を積んでるわ。そいつを壊せばスレイプニールは動けなくなるわ」
 セルシアはカインだけでなく全員に向けて言った。
「いけない子だ。セルシア」
 そこにスレイプニールに乗ったフェイが割り込んで来た。
「フェイ! あなた達は間違っているわ! だいたいそんなバケモノのようなヘカトンケイルが何で必要なのよ!」
「ふっ。セルシアは何も知らないようだな。知ってて協力しているものだと思ってたよ。何で我々がヘカトンケイルのような兵器を開発しているか、考えた事はないのか?」
「それは……」
 今やどこの騎士団にもヘカトンケイル隊があるので、セルシアはローレンツ教も同じだと単純に考えていたが、確かにスレイプニールのようなヘカトンケイルは異常過ぎる。
「この国を救済するためさ。約三年半前、末弟の王子が出奔してからこの国は腐り始めた。たかが権力争いで逃げ出すような臆病者に変わって、我々ローレンツ教が導いてやるのさ。そのためには強力な軍隊がいる。そのためのヘカトンケイルと能力者だ」
「何だと! 貴様らに俺の何がわかる! 救済だと! 異宗派狩りなどしているような奴が、救済など口にするな!」
 カインは臆病者呼ばわりされて激怒した。
「ん。そう言えば先程セルシアが『カイン』とか言っていたな。まさかこんな所に行方知れずの、臆病者のカイン王子がいるとはな」
 フェイは臆病者に強くアクセントを付けて、嘲るように言った。
 この男はセルシアに対してといい、カインに対してといい、人を見下す。そのことで自分を高い場所に置いてる気でいるのだ。
「丁度いい。今この場で殺してやる。私達がこの国を導くのに一番邪魔なのは貴様だからな!」
 そう言ったとたん。スレイプニールの全砲門がカインへ向けて、光弾を発射した。
「好き勝手言いやがって! 貴様らなんぞにこの国を渡すわけにはいかん!」
 カインはまるでどう弾が飛んでくるかわかっているように、軽々と光弾の群を避ける。
「逃げ出した臆病者が今更何を言ってる! お前は舞台から降りたんだ。今更出てこられたんじゃ困るんだよ!」
 スレイプニールの右腕の巨大な大砲に光りが集束す、巨大な光りの奔流がカイン目掛けて放たれた。まるで夜空に向かって伸びる、一筋の光の道のようだ。
 しかしカインはこれも難なくかわしてみせる。
 そしてカインも魔法銃で撃ち返すが、スレイプニールは避けもしない。案の定カインの撃った光弾は、全て防御障壁によって弾かれた。
「アル! 思う存分ぶっ放せ!」
 それを見てカインが決断した。
「いいんですか!」
 そのとたんアルの顔が喜びで満ち溢れた。自然に顔がにやけてくる。嬉しくてたまらないのだ。
 アルのモニターに映るカインが頷く。
「うっしゃー!」
 アルが空中で小躍りした。
「全機アルの援護する。セルフィーはアルのガード。残りはスレイプニールを四方から攻める。どうせ魔法銃は効かないんだ。接近して叩け!」
『了解』
 ディアス、シルフィール、セルフィーが気持ちのいいほど息を合わせて応えた。
「ええ~!」
 セルシアだけが悲鳴を上げた。いったいどうやってあの光弾の嵐の中をかいくぐって、スレイプニールへ接近するのだろうか? セルシアは信じられないと言った顔をしてカイン達を見た。
「セルシアは無理して接近しなくてもいい。遠くから奴の気を引いてくれ」
 それに気づいたカインがすぐさまそう付け加えた。
「わ、わかったわ」
 さすがに今回だけは「私もやる」とは言わなかった。いや、言えなかった。
 カインはヘカトンケイルの巨大な剣を抜くと、剣に向かって呪文を唱えた。
「光の精霊よ。天空より御下りて我が剣に宿れ! スカイ・レイ・ソード!」
 普通の剣と同じく、蒼い光りが巨大な剣を包み込む。その威力はヘカトンケイルに積まれた魔力増幅機によって格段に増していた。
 カインは迫り来る無数の光弾を避けつつ、スレイプニールの右側面へ回り込む。
 四年前の隣国との戦争時は、弾丸の数はこんなモノじゃなかった。カイン達はその魔法銃弾の嵐を乗り越えて来ているのだ。これくらいは難しい事ではなかった。
 カインの方へ光弾が集中すると、左側面にシルフィールが接近した。スレイプニールは慌ててシルフィールの方へも光弾を向ける。そしたら今度は真後ろからディアスが接近する。スレイプニールは回避行動を取りつつ光弾を撃つが、カイン達はそれを避けつつどんどん間合いを詰めて行った。まるで光弾を恐れていないようだ。それにフェイは戦慄した。
「くそ! 何で当たらない! 何で当たらないんだ!」
 どんなに動き回ろうとも、どんなに撃とうとも、カイン達の接近をくい止める事はできなかった。
「経験の差だな」
 カインはさっきのお返しとばかりにわざと言った。
「何だと!」
「所詮特殊な力と特殊な機体に頼りきった奴など、敵じゃないって事さ。動きからして素人と変わらん」
「舐めやがって! 殺してやる!」
 フェイの怒りが頂点に達した瞬間。フェイの前のモニターが真っ白な光りに包まれた。
「くっ、どうなってやがる!」
 答えは簡単。フェイがカインの挑発に乗って、動きが鈍くなった瞬間。セルシアがスレイプニールの頭部に向かって、十二発の光りの帯を放ったのだ。カインとの交戦の時に放った特殊攻撃だ。防御障壁は破壊することはできなかったが、モニターを焼き視界を奪うことは出来た。
 そしてその隙を逃すカイン達ではない。
 カインはいっきに間合いを詰め、スレイプニールの右腕に向かって蒼光の剣を振り下ろした。
 ギィィィイインッ!
 魔法剣と豆鉄砲とは威力が違う。防御障壁が耐えたのはほんの一瞬だけだった。
 パキィィン!
 防御障壁が砕け散り、蒼光の魔法剣は普通のヘカトンケイルの胴と同じくらいはある、スレイプニールの腕を一刀両断した。
 反対側ではシルフィールがスレイプニールの左前足を切断し、後方ではディアスがバックパックに剣を埋め込んでいた。
「みんな離れてぇぇえ!」
 まるでこの時を狙っていたかのようにセルフィーが叫んだ。
 その瞬間カイン達は反射的にスレイプニールから離れた。
「何してるセルシア! もっと離れるんだ。巻き込まれるぞ!」
 スレイプニールと十分距離を取っていたセルシアに、それでもカインが叫んだ。
「えっ! はい」
 カインの勢いに押されてセルシアはすぐさま後ろに下がった。
 アルはみんながスレイプニールと距離を取ったのを確認すると、唱え続けていた呪文の最後の言葉を口にした。
「……アポカリプス!」
 アルのヘカトンケイルの周りに何重にも重なった、多重構造型立体魔法陣が青白い光りを発して消え、アルのヘカトンケイルが伸ばした手の先に、凄まじい光りを発する光球が出現した。
 そしてその光球は一瞬の内にスレイプニールへ向けて放たれた。
 着弾と同時に、夜が昼と逆転したかのように辺りを光りが支配した。まるで太陽が地面から出現したかのようだ。そして次の瞬間凄まじい衝撃と轟音が辺りに向かって襲いかかった。能力者実験施設を出る時に起きた衝撃とは比べ物にならなかった。
「……!」
 真っ白な世界の中で、セルシアは叫び声を上げたが、轟音にかき消され、自分でも何を叫んでいるか聞くこともできない。
 光りと音と衝撃が治まった後、地上には巨大なクレーターができていた。施設もその周りの森も全てなくなっている。そこはまるで別世界のように変わり果てていた。
「……凄い」
 セルシアは思わずポツリと呟いた。
 チラリと開きっぱなしだった通信用の画像を見ると、アルがニコニコ笑ってウィンクしてきた。余程今の魔法が使えて嬉しいようだ。やはりこれ程威力のある魔法は、そう気楽には使えないからだろう。
「……」
 セルシアは少々引きつりながらも笑って返した。
 カイン達はアルが魔法を完成させるまでに時間を稼ぎ、フェイの気を引き付けていれば良かったのだ。それでもわざわざ接近していったのは、余程フェイがむかついたのだろう。カインが言うとおり、フェイなど、スレイプニールなど敵じゃなかったのだ。

「あの威力はアポカリプス……」
 何とか実験施設から逃げ延びた、一機の白いヘカトンケイルに乗った男が、草原からかつて森のあった所を見て呟いた。
 その男が知る限り、アポカリプスを使える者はこの国でただ一人、アルベルトだけだった。それを肯定するかのように、見たことのある飛行艇が頭上を通り抜け、巨大なクレーターの上空でしばらく停止していた。
 男はその光景を見入っていた。
「帰って来たのですね。この国に……カイン様」
 そう呟く男の視界が溢れ出す涙で歪んだ。
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