Elemental Sword
~第一章~
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芹沢明
 翌日、セルシアはディアスの案内で飛行艇オリュンポスの中を見学していた。
 まずブリッジは思ったより広かった。一段高くなった所に、カインが座る艦長席や副官達の席があり、周りの壁に沿ってオペレーター達がなにやら難しそうな魔法装置をいじっていた。なんだか忙しそうだったので、カインには話しかけずにブリッジを後にした。
 飛行艇内は食堂に厨房、トイレに浴場おまけに娯楽室まであった。通路自体も結構広く、昨日は飛行艇を外から見る余裕はなかったが、中からしてもかなり大きいようだ。
 プラットホームには六体のヘカトンケイルがずらりと並んでいた。その内の一機。白い機体はセルシアが乗って来た物だ。
 今は外装が外され整備士や技術屋が群がって機体調べている。何せ特別な機体なのだ。
 機関室に危ないので入れてはくれなかった。
 
 いつも飛行時の三度の食事は各回二回に分けられて行われる。食べてる間も飛行艇は空を飛んでいるからだ。特にオペレーターは交代で食事をしなくてはならない。
 食堂は結構広く二十人分は席があった。
 上座にカインが座り、その両脇からシルフィールやディアスなど、騎士や魔道士らしき人達が座っている。それに続きオペレーターの人達や技術屋の人達が座っている。
 これもセルシアは驚いた。一介のオペレーターや技術屋が王侯貴族と一緒に食事を取っているのだ。普通だったら考えられない事だ。ここでは少々常識が通用しない。不思議な世界だった。
 セルシアはシルフィールとディアスに挟まれるように座っていた。少しでも話した事がある人が隣だと安心できるとのカインの気遣いだった。
「ん。今日の料理は誰が作ったんだ?」
 カインは今までに無かった料理を見て言った。
「は~い。私が作りましたぁ~」
 元気良く手を上げて答えたのは、茶色い髪を肩の上で切り揃えた女性だった。いやまだ少女と言った方がいいかもしれない。
 年齢的にはカインより二つ下なのだが、実際より若く見える。
 大きな瞳の色は髪と同じ茶色で、なかなか可愛い顔をしている。服装は白いローブを着ている。名前はセルフィー。見ての通り白魔道士だ。
 セルフィーが元気良く答えた瞬間。食堂内はさっきまでのざわめきが嘘のように静まり返った。誰もが料理に伸ばした手を止めている。
「失礼ねぇ! 今日のは自信があるんだから!」
 セルフィーはプンスカプンプンと怒りだした。見た目ほのぼのして平和そうに見えるが、なかなか気性は荒い。
「セルフィー。何でお前が作ったんだ。厳重に禁止されてたはずだぞ」
 セルフィーの隣で濃い茶色の髪をした男が、引きつった顔で文句を言った。
 名前はアルベルト。通称アル。知的そうな顔をしているこの男もローブを着ている。ただしセルフィーと違って色は黒。こちらは黒魔道士だ。
 そしてこの二人は元カイン専属の宮廷魔道士でもあった。
 実はこの二人もカインの御学友である。政治や文学や魔法と言った分野ではこの二人も一緒に机を並べていたのだ。
 だが例えどんなにいい環境で育ったとしても、人間誰にでも欠点があるもだ。
 セルフィーの欠点とは、料理を作りたがる割にはその味が殺人級にまずい事だった。当然料理当番からは外されているはずだった。
「一緒に作ったのは誰だ。なぜ止めなかった」
 カインも事の重大性を感じてみんなに詰問した。目の前にあるのは食べ物と見せかけた対人兵器なのだ。
「俺とセルシアさんだ」
 そう言ったのはディアスだった。
「丁度当番だったミランダが風邪で寝込んでてね。それを嗅ぎ付けたセルフィーが料理を作ろうとした所に居合わせたんだ。大丈夫セルフィーは材料切っただけだよ。ほとんどがセルシアさんの手料理だ」
「すみません。勝手なことしちゃって。でも何かお礼がしたくって……」
 セルシアは少し恥ずかしそうに言った。実は神殿騎士になろうとする前は、とある衛生都市にある実家のレストランで働いていたのだ。しかし自分の料理が通用するか少し自信がなかった。相手は三年半前まで宮廷にいた人達なのだ。
『おお!』
 だがとたんみんなの顔が明るくなった。さっきまで何か得体しれない物に見えた料理が急に美味そうに見える。セルシアは見た目かなりの美人だ。そんな人に作ってもらった料理に野郎共は興奮した。
 カインはとりあえず目の前のコーンポタージュスープを、一口スプーンで口に運ぶ。
「美味い!」
 そう言うなり二口三口とスープを口に運ぶ。
 それを見た周りの者達が我先にと料理に手を出し始めた。
「こんなに美味い料理は三年半ぶりだな。王宮でも通用するんじゃないのか」
 カインはセルシアに向かって極上の笑みを浮かべた。
「そんな……喜んでくれて嬉しいです」
 セルシアはカインに自分の手料理を食べてもらっただけで嬉しかった。
「いやぁマジで美味しいよ」
「この船の専属コックにならないか?」
「明日も作ってくれ!」
 周りのみんなにも好評で、みんなは次々とセルシアを褒めちぎった。
 王宮の離れて仲間内で作っていた料理に比べると、セルシアの料理は群を抜いて美味しかったのだ。
 しかし。
「ブッ!」
 オペレーターの一人がある料理に手を出して、反射的に吐き出した。
 そいつはあまりの不味さに顔面蒼白になって、近くにあったお茶を一気に飲み干す。
「ぷは~。こいつはセルフィーの料理だ。この味は間違いない」
「おおっ! 当ったりぃ。私の料理も食べてねぇ」
 セルフィーは隠れて料理を作っていたのだ。どうやらこの料理の中には外れが混ざっているようだ。
 一瞬みんなの手が止まるがセルシアの料理は食べたい。今夜の食事はなかなかスリルのある物になりそうだ。
 セルシアも好奇心に負けてセルフィーの料理らしき物に手を伸ばす。見た目はごく普通に見える。
 パクリと一口。
「んー!」
 セルシアは今まで味わった事のない味を体験した。
 どうやったらあの材料をここまで変化させることが出来るのか不思議に思えた。
 思わず意識が飛びそうになる。かすむ意識の向こうに見えるのは、お花畑なのだろうか。
『セルシア』
 そこにカインの意識が頭に響いた。それによって辛うじて意識が戻る。
『どれがセルシアの作った料理なんだい』
 セルフィーの手前口には出せないが、カインとてセルフィーの料理は食べたくないので、セルシアに助けを求めて来たのだ。
『右端にあるのはだいたい私が作った物よ。今日はお魚を使った料理をメインに作ったの。鶏肉は使ってないわ』
 セルシアは飛びそうになる意識を何とか呼び止めて答えた。
『そうか。鶏肉には手を出さなきゃいいだんな。ありがと。それと本当に美味いよセルシアの料理』
『どういたしまして』
 そう言ってセルシアはにっこり微笑んだ。
 そのやり取り見たシルフィールは嫉妬した顔になったが、目の前の鶏肉を口の中に入れると、それどころじゃなくなった。
 食事が終わるとみんな疲れたよう席を立った。
 それでも久しぶりのうまい料理にみんな満足してるようだ。
「あ~あ。第二陣の連中はいいよな。セルシアさんの料理だけ食べられるのだから」
 ディアスは席を立つと何気なくシルフィールに言った。
「……そうだな」
 シルフィールは空になったお皿を見つめて応えた。
「おやっ……大丈夫だって。シルフィールの料理だって完成されてて美味しいぞ。セルシアさんの料理も確かに美味かったが、シルフィールだったまだまだ負けてないって」
 何やらショックを受けているようだったので、ディアスは慰めるように言った。
 確かにシルフィールの料理は美味しい。言うなら高級レストランの味だ。対してセルシアの料理は庶民的な大衆受けのする料理だ。果たして毎日食べるならどちらの味が喜ばれるか? 確かに高級レストランの料理は美味しいが、毎日だと飽きてしまう。だが大衆受けの料理は毎日食べても飽きないから大衆受けなのだ。
 みんなが夢中になって食べたのはそう言うわけだった。いわばお袋の味なのだ。
 今までシルフィールはセルシアに対して優越感を感じていたが、それがもろくも崩れ去ろうとしていた。
「ありがと、ディアス」
 シルフィールは助かったように微笑んでディアスに礼を言った。
「だがディアス。貴様なぜセルフィーが隠れて料理作ってるのに気が付かなかった。危うく意識が飛びそうになったぞ」
「うっ、すまん」
 まさか手伝いながらセルシアの料理する姿を盗み見してたり、摘み食いに夢中になっていたなどとは言えない。絶対に言えなかった。
 こうして二日間は何事もなく過ぎていった。

 航空三日目の朝。今日中には目的地ゴラータに着くだろう。
 カインはこのままセルシアを飛行艇に引き留めたくなっていた。セルシアは同じ力を持つ能力者だ。見つけようと思って見つけられる者ではない。だがそれ以上に何か別の感情がセルシアを引き留めたいと主張していた。まだはっきりとしない靄のような感情だが。
 みんなも納得してくれるだろう。夕べも今朝もセルシアの料理は大盛況だ。
 そんなこんなでカインはセルシアにどう言おうか考えていると、突然オペレーター達が騒ぎ出した。
「左舷後方七時の方角に飛行艇の反応あり。数は四つ、識別信号はローレンツ教トルク派です!」
 魔法探知士のウィルハイマーが声を上げた。
「なんだって! なぜ奴らは俺達の場所がわかったんだ。ヘカトンケイルの付いた魔力発信器は全て外したはずだ」
 しかしカインは失態を後悔するより、なぜ自分達が探知されたかを考えた。
 確かにセルシアのヘカトンケイルに付いた発信器は全て取って空から捨てた。だがまだ何かが残っていたる。そうだアレが残っていた。セルシアの能力を増幅し、ヘカトンケイルでも使用できるようにする未知の装置。そいつが特殊な魔力を発していたとすれば、魔力探知機で簡単に見つける事ができるではないか。
(しまった。とんだ盲点だったな)
「ローレンツ教から通信です」
 通信士のアデルがカインに返答を求めた。
「こっちに回せ。それと総員第一種戦闘態勢を取れ」
「はい」
 すると艦長席のパネルに右隅に赤い光りが灯る。
「レシーブ、カイン」
 カインが呪文を唱えると、カインの前に四角い画像が浮かび上がる。
「お久しぶりですカインさん。我らの魔法探知機に、あなたの飛行艇の中から我らの試作ヘカトンケイルの反応が出ているのですが、これはどういうことですか?」
 画像の中でローレンツ教トルク派の神官モーリスが、懺悔室で罪を犯した者へそのわけを聞くかのように言った。
「探知機の故障じゃないか」
「お戯れを。大方セルシアが泣きついたのでしょう。大人しく引き渡せば手を出しません。依頼料も払いましょう。しかし従わなければ実力行使に出ます」
「逃げられていないと言ってるだろ。それにもしかして試作ヘカトンケイルの反応、二つ出てるんじゃないか? やはり故障じゃないか?」
「依頼をしに船を近づけた時から知ってましたよ。あなたの飛行艇の中になぜかあのヘカトンケイルと同じ反応が出ているのは。これではっきりしましたね。我々の魔法探知機は壊れてません。さあ、悪あがきはよして渡しなさい」
 ちらりとカインがオペレーターの方を見ると、戦闘態勢が調った事を手で合図していた。
「……嫌なこった。だいたいセルシアがスパイだなんて真っ赤な嘘だったじゃないか。ヘカトンケイルだって、試作機ではなくどこかの遺跡で手に入れた物じゃないのか? 嘘を付くような奴とまともに取引したくないね」
「……交渉決裂ですね。仕方ありません。力尽くでも手に入れます」
 神官モーリスはそう言って通信を切った。
「魔法障壁出力最大。回避行動を取りつつ敵飛行艇の側面に回り込め。絶対に正面には出るな!」
『了解』
 カインの指示に各オペレーターが返事をし、素早く対処する。
「敵各飛行艇からヘカトンケイル出現。合計一二機機です」
「全砲門を開け!」
 カインの指示により、オリュンポスの至る所からスリットが開き、そこから長い筒が顔を出す。そいつは攻撃魔法を詰め込んだ弾を発射する魔法兵器だった。
「全砲門射程距離に入り次第敵ヘカトンケイルへ向けて弾幕を張れ!」
 砲門は全てブリッジで操作出来るようになっていた。後はこちらのヘカトンケイルを出すだけだ。
「ヘカトンケイル隊は?」
「全機準備できてます」
「よし、後の指揮はネイルに任した。俺もヘカトンケイルで出る」
 そう言うとカインはすぐさまブリッジを出て、プラットホームへ向かった。
 剣術同様、この中でカインが一番操縦が上手かった。
 カインはプラットホームに着くなり自分のヘカトンケイルの前にあるハッチを開ける。
 両膝を付いて置かれたヘカトンケイルは、立ち上がっても全長三メートル強。乗り込むと言うより、着込むと言った方がいい。
 取っ手を掴むとまず足を入れつつ背中から身を入れ、小さい方の腕に手を入れる。腕の中にあるスイッチを押すとハッチが閉じ、それと同時にカインの目の前に、モニターが人間の視野と同じだけの角度に渡って展開される。
カインはヘカトンケイルを立ち上がらせ、各機能をチェックする。装備は腰に剣背中に筒状の魔法銃。どちらもヘカトンケイル用で、通常の物よりかなりでかい。もっとも魔法銃の方は構造からして、普通の人間が扱える程小さくできないのだが。
 カインがヘカトンケイルに乗り込んだ時には、セルシアのヘカトンケイル以外は全て準備が整っていた。
 それを確認しカインはブリッジに通信を入れた。
 モニターの左下に窓が現れ、ネイルの顔が映る。
「発進準備終了した。プラットホームを開けろ」
「御意。御武運を」
 ネイルはそれに答えてオペレーターに指示を出す。
「全機へ」
 今度はディアス達の顔がネイルの隣に並ぶ。
「俺とディアス、シルフィールは敵攻撃にかかる。アルとセルフィーはオリュンポスの防御と後方支援に回ってくれ」
『了解』
 すると息の合った返事が返ってくる。
 プラットホームの発射口の分厚い扉が音を立てて左右に開いていく。
 そこから風が呻りを上げて、プラットホームになだれ込んで来る。
 それに同調するかのように、カイン達のヘカトンケイルに不自然な風がまとわりつき、ヘカトンケイルを宙に浮かせた。
 風に精霊力によってヘカトンケイルは空を飛ぶことができるのだ。
「全機発進!」
 カインの号令と共にヘカトンケイル達はいっせいに青い空へ飛び立った。
 すぐに閉じていくプラットホームの扉の向こうに、セルシアの白いヘカトンケイルが寂しそうに、出番を待っているようだった。
 カイン、ディアス、シルフィール機が前に出て、迫り来るローレンツ教のヘカトンケイルを迎え撃った。
 蒼い騎士が空に舞う。カインの蒼いヘカトンケイルに対して、ローレンツ教のヘカトンケイルの色は白。神殿騎士が着る白い鎧をそのままでかくしたような物だった。
 オリュンポスの砲撃をかわしながら迫り来るヘカトンケイルの内一体に対して、まだある程度間合いがある内に、カインはヘカトンケイルの背中に背負った魔法銃を取って構え、標準が合うと同時にトリガーを引いた。
 ドンッ! 
 凄まじい重低音と共に閃光を放つ弾が発射され、光弾が風を切り裂いて敵ヘカトンケイルに迫る。
 しかし相手も間抜けではなく、こっちに向かいながら光弾を横に避け、連射式魔法銃を連続発射してきた。
 カインは難なく横に避けつつ、魔法銃をぶっ放す。
 カインのヘカトンケイルの脇には、その動きの軌跡を追うように、光りの弾が通り過ぎて行ったが、敵ヘカトンケイルはまともに光弾を喰らって爆発四散した。
 カインの持つ魔法銃は、ヘカトンケイルを一発で仕留める凄まじい威力だった。
 だがヘカトンケイルは次々と向かって来る。しかもその間をローレンツ教の飛行艇から発射された光弾が群をなして飛び来る。
 真っ赤なヘカトンケイルがその光弾を避けつつ、一体の敵ヘカトンケイルに迫った。
 シルフィールのヘカトンケイルだ。
 その手にはヘカトンケイル用の巨大な剣が握られている。その姿はさながら紅蓮の騎士。
 シルフィールはいっきに敵ヘカトンケイルと間合いを詰め、その白い高熱の魔法剣がかかった巨剣を、右薙に振るった。
 敵ヘカトンケイルはとっさに魔法銃を盾にして、後ろに下がって避ける。
 シルフィールは敵の魔法銃を真っ二つに切り裂き、返す剣で間合いを詰めつつ左薙に剣を振るった。
 敵ヘカトンケイルは慌てて剣を抜こうとしたが、シルフィールの斬撃の方が早く、腰に回した腕もろとも胴を真っ二つにされた。
 二つになったそのヘカトンケイルは、中の搭乗者の血を吹き出しながら落ちていった。
 ディアスが乗る漆黒の闇色をしたヘカトンケイルは、カインとシルフィールの間を抜けてきた敵ヘカトンケイルに狙いを定めた。
 ドドドンッ!
 ディアスは有効射程内に入るなりトリガーを引き、光球が敵ヘカトンケイルに向けて三発発射される。
 その内一発が敵ヘカトンケイルの左腕を吹っ飛ばすが、敵ヘカトンケイルはかまわず間合いを詰めつつ、魔法銃を連続発射してきた。
 ディアスは弧を描くように避けつつ、相手の側面へ回り込み、横合いから魔法銃をぶっ放した。
 敵ヘカトンケイルは右腕、右足が吹っ飛びバランスが崩れる。
 その隙にディアスはいっきに間合いを詰めつつ、魔法銃を背中に戻し、腰から剣を抜くと、すれ違いざまに一刀両断。ディアスの背後でバラバラになったヘカトンケイルが、血と破片をばらまきつつ落ちていった。
 それでもローレンツ教のヘカトンケイルの方が数は多く、カイン達が対処できないヘカトンケイル達がオリュンポスに迫った。
 オリュンポスはカイン達を抜けてきたヘカトンケイル達に弾幕を張った。
 無数の光弾が群をなして、白き騎士に向けて突撃して行く。
 だが敵ヘカトンケイル達は避けに専念しつつ、オリュンポスの後部、魔力炉がある部分に接近し魔法銃を連続発射した。魔力炉にダメージを与えて足を止める気だ。
 十数発の光弾がオリュンポス後部へ飛来する。
 だが白いローブの身にまとったような姿をしたヘカトンケイルが、その光弾の群の前へ飛び出した。
 オリュンポスに取り付いていた、セルフィーのヘカトンケイルだ。
「アンチ・マッジク・ディフェンス・シールド!」
 セルフィーはヘカトンケイルに乗ったまま、唱えておいた魔法を解き放った。
 ギィィィィィイイイインッ!
 光弾の群はセルフィーの張った不可視の対魔法防御障壁によって、ことごとく弾かれた。
 その姿はまるで攻撃魔法を防御する白魔道士そのものだった。
 オリュンポスの甲板中央に、黒いローブを着たようなヘカトンケイルが、武器も持たずにたたずんでいた。アルのヘカトンケイルだ。
 そのヘカトンケイルの周りに、幾重にも重なって青白い魔法陣が現れた。
 アルが呪文を唱え始めたのだ。
「光の精霊よ。汝、刹那たる閃光の瞬き。汝、永劫なる焦熱の輝き。我、光衣を身にまといて、灼熱の力、束ねん!」
 アルのヘカトンケイルの真下に円形の魔法陣が現れ、更にヘカトンケイルの周りにリング状の魔法陣が幾重にも重なって現れた。多層構造型立体魔法陣がヘカトンケイルをドーム状に包み込む。
「灼熱の光りよ。我の導きに従え! へリオ・スタット!」
 ゴオオオォォォォオオオ!
魔法陣が消えると同時に、アルのヘカトンケイルが伸ばした両手から、図太い光りの奔流が放たれ、先程オリュンポスへ向けて発砲した、敵ヘカトンケイル達を包み込んだ。
 その光りの奔流に包まれた敵ヘカトンケイル達は一瞬で蒸発し、光りが通り過ぎた空間にはもはや何も残っていなかった。
カイン達が使っている豆鉄砲とは威力が桁違いだ。

 数では負けているが質ではカイン達の方が圧倒的だった。
 だがローレンツ教のヘカトンケイルを半分ほど撃沈したその時。
「右舷三時の方向に飛行艇の反応出現! 数三つ。かなり近いです!」
 魔法探知士のウィルハイマーが、動揺しつつ叫んだ。
「何だと! なぜ気づかなかった!」
 ネイルがウィルハイマーを怒鳴りつける。
「魔力炉を止めて下の森に隠れてたのでしょう」
 ウィルハイマーは慌てて言い訳するように答えた。
 挟み込まれた。どうやらローレンツ教はこちらの進路を予想して待ち伏せていたのだ。余程セルシアとあのヘカトンケイルが欲しいと見える。
「右舷弾幕を張れ!」
 次にネイルはアルに通信を取る。
「アル。右舷に攻撃を集中しろ。奴らを近づけさせるな!」
「了解。空に花を咲かせてやる!」
「プラットホームに異常発生!」
 別のオペレーターが突如声を上げた。
「えーい。この忙しい時に! どうした!」
 ネイルは苛立って怒鳴りつけた。

 セルシアは居ても経ってもいられなかった。
 オリュンポスの周りで行われている戦闘の音が、セルシアがいる部屋まで否が応でも聞こえてくる。そして時々起こる不安な振動。
 この飛行艇は自分のせいで危険な目に会っているのだ。落ち着いてなどいられない。
 自分のせいでもしカインに何かあったら、そう思うだけで胸が張り裂けそうだった。
 セルシアは意を決して部屋を出た。
 廊下を走りプラットホームへ向かう。
 プラットホームに着くと、自分のヘカトンケイルへ向かって真っ直ぐ走る。
 その姿を見た整備士が駆けつけ、止めようとセルシアの前に立ちはだかった。
「退いて! 行かなくちゃいけないの! 私のせいで攻撃を受けているに、私だけじっとなんてしてられないわ!」
「駄目です。中で待機してください。外に出たら集中的にあなたが狙われる」
「そうです。カイン様はあなたを心配して……」
「いいから退きなさい!」
 音もなくセルシアと整備員の間で何かが弾けた。
「うあっ!」
 整備員達は何かに弾かれ床に倒れ込んだ。
「ごめんなさい」
 セルシアは倒れた整備員を飛び越えて、再び純白の騎士の元へ走った。
 セルシアは邪魔になる長い髪を服の中に入れつつ、ヘカトンケイルのハッチに目を向けた。するとその瞬間ハッチは独りでにバクンッと開く。
 セルシアはすぐさま乗り込むと装備を確かめる。幸い剣と銃は付けられたままだった。
 そして目の前のプラットホームの扉を睨め付ける。
 どうせブリッジに通信を入れても開けてはくれないだろう。無駄な時間はかけたくない
。、、、、自分の力で開けるしかないのだ。
 セルシアは意識を目の前の分厚い扉に向ける。
(開いてぇ!)」
 ゴゴゴゴゴゴッ。
 その思いに呼応するかのように、分厚い扉が左右に開いて行く。

「プラットホームの扉が開いていきます! こちらの制御を受け付けません!」
「馬鹿な! どういうことだ。なぜハッチが開く」
「セルシアさんがヘカトンケイルで出ようしています」
 モニターを見たオペレーターがこれに応えた。
「何だと! やめさせろ。何とか扉を閉めるんだ!」
「駄目です! 制御不能です」
「くっ!」
(これがセルシアさんの力なのか……それにしても強すぎる)
 ネイルは想像を絶するセルシアの力に言葉をなくした。
 だが次の瞬間我に返って急いでセルシアに通信を開く。
「セルシアさん。駄目です。自重してください」
「ごめんさい。私行きます」
 セルシアをそう言って通信を切り、風をまとって大空へ飛び出した。
 眼下に緑色に広がるは森の海。壮大な森は見渡す限り続き、途中で空色に変わる。
「ううっ」
 飛び出したはいいものの、あまりの高さにセルシアは恐怖した。
 ぐらつく機体を何とか制御し姿勢を保つ。
 前方から光弾が複数飛来する。
 セルシアは恐怖を振り切り何とかそれをかわす。
 撃って来たのは後から出てきたヘカトンケイルだ。
 そのヘカトンケイルはセルシアが魔法銃を向ける前に、光りの奔流に包まれて消滅した。
「セルシアさん。なぜ出てきた」
 通信をよこしたのは、今敵ヘカトンケイルを消滅させたアルだった。
「私だけじっとはしてられないわ。私だってやれる!」
 そう言ってセルシアは、右側面から接近して来た敵ヘカトンケイルに銃口を向けた。
 しかし敵ヘカトンケイルはその瞬間に軌道を変える。
 でもセルシアにはそれがあらかじめ見えていた。
 ヘカトンケイルの動きに合わせて銃口動き閃光が閃く。
 ドオオンッ!
 敵ヘカトンケイルは爆発四散して、その破片と共にヘカトンケイルを着込んでいた中の人間の肉片が飛び散った。
 その光景がセルシアの目に飛び込んで来た。
(……死んだ)
 初めての空中での実戦で無我夢中だった。
(……私が殺した)
 引き金を引き、撃墜して初めて気づいた。
 自分が初めて人を殺した事に、殺すという行為をした事に。
「うっ」
 揉み上げてくる嘔吐感。胃が鷲掴みされたかのように痛み、体がガクガクと震える。それに合わせてヘカトンケイルも震えた。
「セルシア! 戻れ! キミじゃまだ無理だ!」
 そこにカインが通信を送って来た。
「駄目よ。敵の数が多すぎる。このままじゃ保たないわ」
 セルシアは何とか嘔吐と震えを押さえて言い返す。
「だがキミの動きじゃ捕まえてくれと言ってるようなものだ!」
 カインは焦ってセルシアの方へ機体を向け、最大速度で向かった。
 後方から光弾がカインのヘカトンケイルをかすめて前へ抜ける。
しかし間に合わなかった。
 カインの言葉通りセルシアはすぐに複数のヘカトンケイルに囲まれ、身動きできずにいた。
「くそっ!」
 それでもカインは速度を落とさずに、セルシアの元へ向かった。
 そしてある程度近づいたら、どう出るか慎重に間合いを取る。
 すでにセルシアは武器を取り上げられ、両脇から二体のヘカトンケイルに腕を掴まれ、斜め前から別のヘカトンケイルに魔法銃を突き付けられている。
 そこにカインの元へ通信が入った。神官モーリスからだった。
「そこまでですカインさん。これ以上抵抗したらセルシアを撃ちますよ」
 その通信を聞いているのか、セルシアの前のヘカトンケイルが、グイッと魔法銃をセルシアのヘカトンケイルに押しやる。
「馬鹿な。貴様らの目的はセルシアとそのヘカトンケイルじゃなかったのか? できるはずがない」
「そうでもないですよ。あなたが抵抗したならまず始めにセルシアの腕を打ち抜きます」
 モーリスの言葉に反応して、セルシアの前のヘカトンケイルが、セルシアのヘカトンケイルの小さい方の腕に銃口を向けた。その中にはセルシアの腕が入っている。
「腕くらいならこちらとしても、何の支障はありません。それでも抵抗するのなら、仕方ないですね。セルシアには殉教してもらいます。なに、魔法銃の威力は下げておきますからね。ヘカトンケイルには多少被害が出ますが、アレが無事ならかまいません。その後はあなた方にも殉教者になってもらいますよ。だがここで引けばこちらももう手を出しません。いい話しだと思いませんか?」
「くっ、卑怯な! それが聖職者のすることか!」
「何とでもいいなさい。これも神のためです」
 カインは周りの布陣を見た。
 味方機はオリュンポスの周りに集まって防御に徹しいる。敵機は段々とセルシアの周りに集まりつつある。その数では無事助け出すのは……不可能に近い。
「カイン……もう……もういいの……ありがとう。あなたと会えて……良かった」
カインの元へセルシアの通信が入る。そのモニターに映った顔には諦めの色が濃い。
「駄目だセルシア! 諦めるな!」
 カインは叫んだ。だけど動くことが出来ない。
「ごめんカイン。もう……迷惑かけられない……さようなら」
 セルシアは涙を流しながら無理矢理微笑んだ。悲しい笑みだ。
「……セルシア」
「決まりですね。カインさんもセルシアの心遣いに感謝しなさい」
 そう言ってモーリスは通信を切った。
 セルシアに銃口を向けたまま、ローレンツ教のヘカトンケイル達は、自分達の飛行艇へと戻って行った。
 カインはただその光景を見ているしかできなかった。

 カインはヘカトンケイルから降りると、怒りを露わにドスドスとブリッジに向かった。
「ネイル! なぜセルシアを出した!」
 カインはブリッジに入るなり怒鳴りつけた。
「すみません。カイン様。まさかプラットホームの扉を、あの力を使って開けるとは思いませんでした」
 ネイルは色々言われる前に簡潔に言った。
「何だって!」
 カインは我が耳を疑った。例えヘカトンケイルにある装置で、力を増幅させたとしても、カインにはあの分厚く思い扉を開ける事など考えた事もなかった。
「馬鹿な……」
 セルシアの力はカインの想像を遙かに超えていた。
「部屋に鍵を掛けておくべきでしたな」
「……」
 冗談ともつかないネイルの言葉をカインは無視した。
「これからどうします?」
 カインは悩んだ。セルシアを助けに行くかどうか。
 自分としては今すぐにでも飛んで行きたい。しかしみんながどう思っているかが問題だった。
 元々の依頼はセルシアとヘカトンケイルを捕獲して引き渡す事だった。過程はどうあれもう終わったのだ。
 自分がこれからしようとする事は身勝手な行為なのではないか? みんなを危険にさらしてまで実行すべき事なのだろうか? それとも自分一人で行けばいい事なのだろうか? だがその行為さえみんなは納得するだろうか?
「何を悩んでいるのですか? カイン様」
 カインが悩んでいると、隣から悟ったような顔でネイルが言った。
「いくら悩んだところで、答えは始めから出ているのではないですか?」
「ネイル……」
「そうですよカイン様。みんなでセルシアさんを助けにいきましょう」
 通信士のアデルが立ち上がって言った。
「俺。もう一度セルシアさんの手料理が食べたい。そのためには助けにいかなくちゃ」
 ギニアスも振り返って言った。
「そうだよなあの料理は美味かった。またあの料理が食べれるなら何だってしますよ」
 ウィルハイマーも拳に力を入れて言う。
「帰ってきたら専属の調理師になってもらおう」
「いいねそれ」
「俺なんかモーションかけちゃおう」
「バーカ。ライバルはカイン様だぞ。お前なんか適うわけないだろう」
「うっ、しまった。そうだった……」
 オペレーター達は口々に勝手な事を話し出す。そして……
「みんなでセルシアさんを助けに行く。それでいいじゃないですか。みんなの気持ちはいっしょですよ」
 ギニアスはみんなを代表するように言った。
「セルシアさんは人気ありますね」
 それを見てネイルがカインに言った。
「そうだな。このままだとシルフィールのオリュンポスのアイドルの座が危ういな」
 カインはふと笑みを浮かべて言った。
「私としてはシルフィール派なのですがね」
 ネイルはポツリと呟いた。
 カインは真剣な顔つきに戻ると、オペレーターの方に向いた。
「みんなの気持ちはわかった。もちろん俺の気持ちもみんなと一緒だ。これよりセルシア救出作戦を決行する」
 カインがそう言った瞬間から、みんな真剣な顔に戻って次のカインの言葉を待った。
「ウィルハイマー。俺のヘカトンケイルの反応に合わせて、魔法探知を最大範囲で開始しろ」
「はい。カイン様のヘカトンケイルの反応に合わせて探知開始します」
 ウィルハイマーは疑問に思いつつも復唱して探知を開始する。
 オリュンポスに搭載されている魔力探知機は、そん所そこらの探知機とはわけが違う。
 何せこのオリュンポス自体、王家で最高の技術と途方もない予算で作られた物なのだ。搭載されている魔力探知機一つでさえ、費用は普通の魔力探知機の二十個分はかかった。その分探せる範囲は普通の魔力探知機より遙かに広いし、どんな微力な反応でも逃さない。
「反応二つあり! 一つは中心。もう一つは南東およそ八千ゲール離れた所にあります」
 ウィルハイマーの前にある探知図に中心、オリュンポスと重なるように光点があり、右下の方にもう一つ光点があった。
 ウィルハイマーは不思議そうにカインの方を見る。
「技術士にセルシアのヘカトンケイルを見せたところ、俺のヘカトンケイルと同じ未知の装置が乗っていたんだ。だったらそいつを探知すれば見つけるのは簡単だろ」
「なるほどそうだったんですか」
 ウィルハイマーは納得して再び魔法探知機を見る。
「各オペレーターへ。これよりセルシアのヘカトンケイルを追いかける。だが十分距離を取っておけ。魔法探知機の範囲ぎりぎりの所で光点を押さえるんだ」
 オリュンポスに搭載した魔法探知機は、多分ローレンツ教の飛行艇が使っている魔法探知機より範囲が広いだろう。そこでローレンツ教の探知範囲外で、オリュンポスの探知範囲内に光点を押さえていれば、気づかれずに追いかける事ができる。
各オペレータ達は迅速かつ慎重に船を動かせ始めた。
「俺はディアス達の所へ行って来る」
 そう言ってブリッジを後にしようとしたその時。ブリッジのドアが開き、会いに行こうとしていたディアス達がブリッジに入って来た。
「丁度良かった。今そっちに行こうとした所だ」
「セルシアさんの事だろ」
 ディアスはカインが何を言いたいか分かっているようだ。そして凄みのある顔つきになてカインが口を開く前に後に続ける。
「もしみんなに危険な目に会わせたくないとか言って、セルシアさんのお救出は自由参加だとか言ったらぶん殴るからな!」
 ディアスの言葉にみんな頷く。
「……」
 カインはまさに殴られるような事を言おうとしていたので、ディアスの言葉に思わず仰け反った。
「……そんなこと言うはずないだろ」
 カインは引きつった顔して言った。
「一瞬の沈黙が怪しいわね」
 すかさずセルフィーが余計な事を言う。
「危なかったね。もし口に出してたら、この人数だったらリンチよ。もちろん回復魔法なんてかけてあげないから全治一ヶ月ってところだったわね」
 セルフィーが言うと冗談が冗談に聞こえない所が怖い。なにげにやりかねないのだ。この女は。
「馬鹿なこと言ってないで。これから考えることがいっぱいあるだろ」
 アルはセルフィーをなだめるように言った。その通り考える事はいっぱいあるのだ。それも時間をかけるわけにいかない。

 セルシアは大きな部屋の真ん中で、ポツンと立たされていた。手は手錠で束縛されている。何だか最近こんな事ばかりだ。
 セルシアの前方には数段高くなった所に、大きく豪華な椅子がでんとその存在を辺りに見せつけるように並んでいて、そこに座ったローレンツ教異端審問官達がセルシアを見下ろしていた。
 セルシアの両脇の壁には傍聴席が並べられていて、神官や神殿騎士達がセルシアの裁きを見ようと集まっていた。
「これよりセルシアの異端審問会を始める」
 主任異端審問官がそう宣言すると、傍聴席のざわめきが静まる。
「セルシア。汝は邪悪なるモーメル派の間者であり、我々を惑わせ情報を流していただけでなく、我々の神機ヘカトンケイルまで盗みだそうとした……相違ないな」
「……」
 異端審問官が問いかけても、セルシアは何も答えようとはしなかった。どうせ何を言っても聞き入れて貰えるはずがない。始めっから結果は出ているのだ。これ程馬鹿らしいことはない。どうせ死ぬのだ。異端審問などその前の余興のようなものだ。
「沈黙は肯定と受け取る。もう一度聞く。相違ないな」
「……」
 やはりセルシアは黙ったままだ。
 異端審問官は少々苛立ちの表情を見せる。
「火焙りにしろー!」
 傍聴席にいた誰かが叫んだ。それをきっかけに傍聴席から次々と声が上がる。
「異端者には死の制裁を!」
「火焙りだ!」
「この悪魔め!」
 その中にはかつてのセルシアの同僚もいた。しかしそんな罵声も、もうセルシアにはどうでもよかった。ただの雑音でしかなかった。
「静粛に!」
 異端審問官の声が大きく響くと、すぐさま傍聴席が静かになる。
「セルシアを異端者とし、十日後火焙りの刑に処する」
 異端審問官のその宣告に傍聴席はざわめいた。もっと早くしろなどと声が上がる。
 だがセルシアには実験材料になってもらわなくてはならなかった。本当はもっとじっくりと時間をかけて実験したいところだが、それでは皆に示しがつかない。そこで短期間の内に少々手荒ら手を使って、実験は進めなくてはならないだろう。被疑者は耐えられなくて発狂するかもしれない。しかしどうせ死を待つ消耗品なのだ。気を使う程の物ではない。
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