想いが叶う、想いを諦める……生きていればそんな瞬間と人は向き合う。


風の辿り着く場所……そこは想いの終わりと始まりの場所。


潤は自分が一つの決断の岐路にいることを知っていた。
それは妹達と今後どのように接していくか、答えを出すということだ。
 









最後の真実
第3章 一番幸せだもの
 
第11話 「風の辿り着く場所(前編)」
 
シルビア











ものみの丘、潤はそこに来ていた。

消え去った妹のあゆ、潤はあゆとのここで思い出を振り返っていた。
北の街にやってきた日のこと、あゆの誕生日を祝っていた時のことを。

プラチナのプレートに小さなレインボー・フローライトがいくつかあしらわれペンダント、
それはかつてあゆの誕生日に潤があげたもの、それが今は潤の手元にある。

(あゆにあげたのに……あんなに喜んでいたのに……)


「潤兄様、やはりここに居たのですね」

「美汐、どうしてここに?」

「ふふ、潤兄様、ここは私にとっても思い出の場所ですよ。
 昔、ここで、潤兄様に会いたいと、それにあゆちゃんの回復も祈ってました」

「そうだったね」

「潤兄様、私と少しお話をしませんか?」

「ああ、構わないよ」

「潤兄様は卒業したら米国に行くのですよね?」

「ああ、その予定だよ。
 三上の事業の事、父さんの許でいろいろ学ばないといけないからね。
 可能なら、妹達も一緒に連れていこうと思っている」

「そのことですけど、私はみんなと一緒に行けません」

「えっ……どうして?」

「私、三上家を出て、天野家に戻ることにしました。
 私の母さんは天野家の傍系でしたが、最近、本家が断絶してしまったため、私がただ一人の天野の跡継ぎなのです。
 それに、私に発現した巫女としての力、それで私なりに人を幸せにできたらと思いました。
 だから、私は北の街に残り、天野家の家督を継ぐつもりです」

「そうか……三上を出てしまうなんて、寂しいな。俺の妹でもなくなるのか?」

「潤兄様が人を幸せにするために生きるなら、私も自分の道を歩まないといけない、
 そう思ったのです。これが私の運命、そう運命だと。
 でも……でも……本当は……ずっと潤兄様の妹として居たかったです……
 だって、潤兄様は私の大好きな兄様なのですから……」

美汐の肩が震えているのを、潤は気付いた。

「美汐ちゃん、美汐ちゃんはこれからも俺の妹だよ。
 血は繋がってなかったのに、それでも、俺は今まで美汐ちゃんは妹だと思ってきた。
 美汐ちゃんが三上家を離れてもそれは変わらない、俺にとってはいつまでも大事な妹だよ。
 きっと、他の妹もそう思っているさ」

「潤兄様……そうですよね……私もみんなのこと、これからもずっと兄妹だと思うことにします」

「まあ、天野家に美汐ちゃんを嫁に出した、そう思うことにするかな。
 ……はは、ちょっとだけ寂しいけどね」

「潤兄様ったら♪ それでは、”潤兄様、今までお世話になりました。”なんて四つ指をついて言いましょうか?」

「できるだけ直前になってからにしてくれ。
 俺は、今、美汐ちゃんの口からその言葉を聞くのは辛い」

「ふふふ……でも、いずれは他の妹達からも聞くことになりますね」

「……そうだな。そうだよな」

妹が嫁ぐような、潤はそんな感傷に浸っていた。
ただ、あゆと美汐とでは思いが違う……潤は美汐にはまた会うことができるからだ。

「ありがとうって言ってましたね、あゆちゃん」

「……うん」

「ですが、潤兄様、潤兄様はいつでもあゆちゃんと出会えますよ。
 あゆちゃんに聞いたことがあります。
  たしか……そのペンダントは『再会』と『願望達成』の証ですよね。
 ものみの丘、この場所は人の純粋な想いを叶えてくれる場所なのです。
 潤兄様があゆちゃんに会いたいと願うなら……ほら!」

「あゆ?」

「潤兄ちゃん! えへへ……また会いたくなって来ちゃった。
 ……でも、今はここでしか潤兄ちゃんに会えないけど」

照れた顔で潤を見上げるあゆの姿は、別れた時の面影のままだった。

「約束……今度は覚えていてくれて、守ってくれたんだね。ボク、嬉しいよ」

「大切な妹との約束だからね。ここにその絆の証がある」

「今度は絶対に忘れないでね。そして、妹達を必ず幸せにしてあげてね、潤兄ちゃん」

「ああ、約束するよ。あっ……でも、これはあゆに渡しておかないと……」

潤はペンダントをあゆに渡そうとした。

「潤兄ちゃんが持っていて。そうすれば、いつでもボク達は会える気がするんだ。
 それに、ボクね、転生した時に必ずそのペンダントを受け取りにいくから。
 約束だよ」

「そうか……これ、それ時まで大切に持っておくよ、あゆ。また会えるかな?」

「きっと会えるよ。ボク、潤兄ちゃんに会って一緒にすごせたもん。
 また一緒にすごしたいね、潤兄ちゃん」

「そうだな。あゆが転生して、きっと、また一緒に過ごせる日が来るよな」

「うん、きっと……」

やがて、あゆの姿は空の中に消えた。

「納得しました、潤兄様? それに、私の巫女としての力の事も」

「すごい力だね」

「私は巫女として、その気持ちを伝えただけです。
 それだけ潤兄様のあゆちゃんへの想いが強かっただけです。
 やっぱり兄妹なんですね、潤兄様。
 私も潤兄様にそれだけ想われたいです、ね、潤兄様?」

「はは……そう言われてもな、俺としては全然実感がないし……」

「例え嘘でも、私の事をその位大事にしてあげる、そう言ってくれないのですか?
 ちょっと、寂しいですよ」

美汐は潤の頬を思いっきりつねりながら言った。
その表情は笑顔にあふれていたが。




「ね〜、じいや〜、兄やはどこ〜? 亞里亞〜、早く会いたい〜」

じいやこと藤田に連れられて、亞里亞と雛子が成田に到着した。
二人は、潤がいない間、両親の純一郎と加奈子の許に帰省していたのだ。
潤が帰ってきたと知った二人は、日本に帰ると駄々をこねて、両親はあきれていたが、結局二人は帰ってくることになった。

「亞里亞様ったら、そんなにわがままをいうと兄やに会えませんよ? 今は我慢しましょうね、すぐに会えますから」

「くすん……亞里亞〜、我慢する……」

「偉いわね、亞里亞ちゃん。良い子にしていたら、きっとお兄様も喜びますよ」

「クシシ♪ じいや、ヒナは偉いでしょう、全然、わがまま言わないよ。
 あ! おにいたま、みっけ〜!」

「あ、これ、雛子様! そんなにあわてて走っては……あ〜あ〜……」

ドシン……雛子は転んで床に膝をおもいっきりぶつけた。

「痛い〜、うわーーーん……」

その雛子の頭を撫でて、膝に優しく触れる手があった。

「大丈夫かい、雛子ちゃん。
 でも、慌てたらだめだよ、雛子が急がなくても、俺はどこにもいかないからね」

「うん♪ おにいたま、会いたかった〜!」

雛子は潤の右手に抱きついて、顔を埋めた。

「兄や〜……」

亞里亞は潤の左手を掴み、引っ張りながら、潤の気を惹くのに必死だった。

「亞里亞ちゃんも、お帰り」

「わ〜〜〜〜〜〜♪」

亞里亞の顔が次第に、明るい笑顔で一杯になった。

「潤様、ご無事で本当に良かったです」

「これもみんな妹達のおかげだよ。さて、帰ろうか、雛子ちゃん・亞里亞ちゃん。
 他のみんなが家で待っているからね」

「「うん♪」」

ずっと亞里亞に寄り添ってきた藤田は、亞里亞の可愛い顔に戻った天使のような明るい笑顔、それを再び見れるようになったことがなによりも嬉しかった。

「さあ、いきましょう。亞里亞様、雛子様、潤様。
 家に帰ったら私がケーキでも作ってあげますから」



三上家のインターホンを鳴らす少女がいた。

「兄上様……ただいま、帰ってきました」

「鞠絵ちゃん、もう体の方は大丈夫なのかい? 調子を崩していたときいていたけど」

「兄上様が元気だと知ったら、いてもたってもいられなくて。(ポッ)
 私には、兄上様の側にいられるのがなによりの薬ですから。(ポッ)」

「ははは……とにかく、お帰り、鞠絵」

「はい、ただいま戻りました、兄上様♪」



(アニキ……ボクも、帰りたいな)

潤が行方不明になってから、心の居場所をなくした鈴凛は元の養父母のもとにしばらく
やっかいになっていた。
久しぶりに戻った養父母の家で、鈴凛は少し年をとった両親と親子としての日々を過ごしていた。
そんなある日、潤が帰ってきたことを三上の妹達から鈴凛は伝え聞いた。

「鈴凛、どうしたの? 元気ないわよ」

「うん……」

「帰りたいんでしょう、三上家に?」

「えっ? 母さん……」

「妹から聞いたわよ、鈴凛、お兄様のこと。
 私達のことを気にして遠慮してくれていたのね、鈴凛。
 でもね、鈴凛が元気ないと、私達もどこか寂しいのよ。
 だから、三上家に戻りなさい、あそこが鈴凛の居場所なんでしょう?
 父さんには私から言っておいてあげるから」

義母は鈴凛に鞄を手渡しつつ言った。

「ごめん、母さん。……私、行くね」

「でも、たまにはこっちにも顔を出しなさい、鈴凛。私達だって寂しいから」

「うん♪ また来るよ。母さんも父さんも大好きだから」

ぱっと明るい表情になった鈴凛を見ながら、本当にいい兄妹なのね、と義母は心に思った。



白雪は孤児院の子供達と過ごしていた。
しょっちゅう泊まり込んでは、孤児院の仕事を熱心に手伝っていたのだ。

「あ……にいさま!」

「本当に熱心だね、白雪ちゃん。でも、家に帰ってこないのは感心しないな?」

「ごめんなさい……」

「みんな、待っているよ。白雪ちゃんがいないと料理の味がダウンして困るしね」

「ふふ、にいさまったら……
 見ていてくださいね、今晩からは姫がたっぷりと愛情こめて腕をふるいますの♪」

「そうだろうと思って、今晩の夕食は誰も用意してないよ。
 さて、白雪ちゃん、買い物をして帰ろうな」

「はいですの♪」

二人きりで買い物をするのが楽しいのか、白雪は終始ご機嫌に笑顔を浮かべていた。
それは、潤の行方不明の時に白雪が一度は諦めた、兄と一番したかった情景だから。

「げっ……重い!」

「今日は姫特製のディナーにしますの。
 その荷物の重さは姫の愛情の重さですのよ、にいさま♪」

「でも、弱ったな〜……うーんと……こういう時は……そうだ!」

潤は辺りを見渡して、何かを探した。

「おっ、居た〜! おーい、四葉、看板の影で見てないで手伝ってくれよ〜」

「うわっ……あーあ、見つかっちゃったデスね。四葉の尾行、大失敗デス」

潤に見つかった四葉は降参するように、喫茶店の影から姿を見せた。

「久しぶりだからばれないとおもったのに……兄チャマ、勘が冴えているデスよ〜」

「四葉の尾行パターンならすぐに分かるよ。ほらほら、この袋、持ってくれ!」

「あわわ……わー、兄チャマ、強引です〜!」

「ふふふ、にいさまもなかなか策士ですの♪」

「兄チャマ、買い物袋に囲まれて顔も見えない……四葉の好きなチェキだろう?」

「そうだけど〜〜でも、顔がみえないと、チェキする意味がないデスよ〜」

「まだまだ重いな……可憐でも探すか。多分、喫茶店でパフェでも……
 あ、花穂ちゃんが居た。白雪ちゃん、花穂ちゃんに手伝ってくれと伝えて来てくれないか?」

「いいえ、姫はこれからにいさまと一緒に甘いものを食べるんですのよ♪」

「そういえば、四葉も兄チャマから調査料を貰ってないデスね〜?」

「四葉、なんの調査だよ、なんの……ちぇっ、わかったよ。奢ればいいんだろ?
 俺も何か食べたくなったし。
 四葉ちゃん、白雪ちゃん、行くぞ」

「「はーーい」」

潤が喫茶店に入ろうとした時、白雪が四葉を呼び止めてなにやらひそひそ話をした。

「ねえねえ、四葉ちゃん、あのね-----(ぼそぼそ)--------」

「ふむ、確かにそれはこの名探偵・四葉にしかできないことデスね。分かったデス」

「おーい、四葉ちゃん、白雪ちゃん、そこで何話しているんだ。早く来いよ」



「あ! お兄ちゃま、それに四葉ちゃん、白雪ちゃん。
 でも、何、そのたくさんの買い物袋……」

「いや、夕食の買い物につきあって。さすがに我が家の買い物は量がすごいよ。
 いつも、みんなこんなに食べているのかな……」

「花穂はそんなにたくさん食べてないです!」

「おやおや、ふーむ、花穂チャマ、伝票によるとパフェと今食べているマロン・ケーキ……
 これは名探偵・四葉の推理によると、花穂チャマがやがて太るということですね」

「四葉ちゃん、お兄ちゃまの前でそんなこと言わないで!
 花穂が太ったらお兄ちゃまに嫌われちゃう! そんなの、花穂、やだよ〜」

「それは残念だったな。せっかく、俺が驕ってやろうと思ったのにな」

「あ〜、お兄ちゃま、酷い〜。
 でも、花穂、お兄ちゃまが奢ってくれるなら……アップルパイも食べたい!」

「花穂チャマ、それは墓穴を掘ると言うのではないデスか?」

「おいおい、四葉ちゃん、可愛そうだろ?
 花穂もチア部の練習がハードだし、これぐらい食べても平気だよ」

「……でも、花穂、紅茶で我慢する。
 でも、意地悪なお兄ちゃまはこうするの……はい、あーーん♪」

花穂はたべかけのマロン・ケーキをフォークで切って刺し、潤の口元に寄せた。

「えっ?」

「お兄ちゃま、花穂のマロン・ケーキ、食べてくれないの?
 はい、あーん♪」

「あ、あーん♪」

明るい笑顔でおねだりする花穂を前に、潤は降参した。
わがままも笑顔で言われるとつい応じてしまいがち、こうなっては逆らってもムダ、それを潤は身を以て知っていた。

「お兄ちゃま♪ 花穂、嬉しい♪」

「あーーーーー、花穂ちゃん、ずるい!」

「花穂チャマも、この名探偵・四葉をだしぬくとはなかなかやりますね。
 こうなったら四葉のクレープも……
 兄チャマ、はい、あーん♪」

「あ、姫もプリンを……にいさま、はい、あーん♪」

「…………やだ、とは言えない……よね」(汗)

「はいですの♪」「はいデス♪」

「あーん」

「兄チャマ〜、チェキ〜♪ ふふふ、妹達とのあーんのシーン、ばっちりデス♪」

白雪があーんしていると、四葉のデジカメのフラッシュが灯った。

「あ、うまく撮れた、四葉ちゃん?
 私とにいさまとの写真は約束通り譲ってほしいですの〜♪
 はい、これ、約束の依頼料ですのよ(300円)」

「白雪チャマ、交渉成立デス♪ ふふ、それにしてもうまくいったデスね」

「四葉! 白雪! お前等な〜!」



「あら、北川君、相変わらずのシスコンぶりだこと?」

斜め後から聞こえた科白に、潤は思わず口の中のものを吹き出しそうになった。

「……美坂! ……そういう美坂こそ……デートかい? 何〜、久瀬?」

「あ、そう、そうよね、デートに見えてしまう……かもね」

美坂香里のそばには久瀬が居た。
潤に恋した香里、咲耶に恋した久瀬、失恋した者同士で意気が投合したのだろうか。
すこしだけ、以前よりも親密な仲の二人が、潤の前にいた。

「誰かさんが、ハワイで妹と過ごした雰囲気には負けるけどね、北川君」

久瀬はちょっぴり皮肉な口調で潤の耳元で言った。

「こんないい女をモノにしなかったこと、後で後悔させてあげるからね」

香里も潤の耳元で囁いた。

「じゃあね、北川君」

「北川君、またな」

そういうと二人はその場を離れてレジで会計を済ませた。

「お兄ちゃま、見た、見た、あの二人? 仲が良いよね〜」

「四葉の推理によれば、あの二人はきっと恋人の仲デスね?
 きっと、夏休みの間に、二人の間に何かあったデスよ」

「ははは……(美坂、幸せにな……)」




「あれ、可憐ちゃん、春歌ちゃんの姿が見あたらないけどどこに行ったのかな?」

「お兄ちゃん、春歌ちゃんは薙刀の稽古のために道場に行っています」

「稽古? 随分遅くまでやっているんだな。それに、雨が降り始めてきたし」

時計を見るとPM7:00を回っていた。

「心配だな。ちょっと迎えに行ってくるよ」

潤は傘を取り、春歌の通う道場に向かった。
公園の近くを通り過ぎた時、春歌が公園のベンチに腰かけているのが見えた。

「春歌ちゃん、どうしたのこんな所で?」

「あ……兄君さま。……ワタクシ、ここでちょっと休んでいました」

「その割には元気のない顔をしているけど。雨、降っているし、帰ろう、春歌ちゃん」

「はい。兄君さま……兄君さまの傘にご一緒させて頂いてもいいですか」

少し思い詰めた表情をしている春歌を見た潤は、傘を傾けて春歌を傘の中に迎え入れた。

「兄君さまとお会いする前は、いつか、こんな風に兄君さまと相合い傘で一緒に歩きたいと思っていたんです」

「そうか?」

「兄君さま、ひとつ、伺ってもいいでしょうか?
 あの……その……
 兄君さま……兄君さまはワタクシの事をどのように想ってらっしゃるのですか?
 妹ですか、女の子ですか、恋人ですか?」

「突然、何を言うんだい、春歌ちゃん」

「ワタクシ、本当は、心の弱い女の子なんです。
 兄君さまが居ない間、ワタクシ、とても寂しくて心が裂けそうでした。
 いくら、稽古をして強くなろうとしても、ワタクシの心は弱いままでした。
 ですから、ワタクシ、とても不安になりました。
 こんな弱いワタクシのままでは……もう、兄君さまにお仕えできなくなると。
 ……兄君さまの側に仕えられないワタクシは、もう、ワタクシではないのです」

……行方不明の間の俺と咲耶との出来事を聞いたのか
……いつもは穏やかでめったに強く気持ちを出すことのない妹の春歌ちゃん、
  その春歌ちゃんがこれほど強く俺に気持ちを問うことは今まではなかった。
潤は心の中でそう思った。

「そんなことないよ。……春歌ちゃんは心の強い女の子だよ。
 何でもこなせて、それでも一生懸命稽古もしていて。
 俺に仕えるとかそんなのは関係なしに、春歌は立派な大和撫子だよ」

「兄君さま! (うぅ〜)……」

滅多に泣かない春歌が潤の胸の中に埋まって嗚咽していた。

「ごめん、これが俺の精一杯の気持ちだから」

春歌をただ胸に抱いたまま、潤は言った。

「好きなだけ泣いてもいいよ……俺にはこれしかできないけど」

「泣いてなどいませんわ。ただ、雨で顔が濡れただけです。
 兄君さまをお守りする立場のワタクシが、泣くなんてこと……できませんわ」

強くなった雨の降る音が春歌の泣き声をそっとかき消していた。
その声は潤には雨の音よりもはっきりと聞こえていた。
潤は、雨の冷たさを肩に感じながら、胸の中に広がる暖かさをそっと包んだ。

潤が風呂から上がって自分の部屋に戻ると、机の上に日記が置いてあった。
交換日記か……潤は後の方から頁をめくっていった。

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200y年m月d日 晴れのち小雨

申し訳ありませんでした、兄君さま。
今日は突然いろいろな事を申し上げて兄君さまを困らせてしまいました。

ワタクシ、兄君さまにこれからもたくさんご迷惑をおかけするかもしれませんが、
それでもずっと兄君さまを妹として慕ってもよろしいでしょうか?

ワタクシ、兄君さまが側に居て下さるだけで、どんな事にも一生懸命で居られるのです。
立派な大和撫子となれるその日まで、どうか、暖かく見守ってください。

あらあらかしこ

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潤はペンを取ると、次の白紙の頁に、今日の日記を書くことにした。

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200y年m月d日 晴れのち小雨

俺も今日、日記を書きたくなった。

春歌は俺の妹なのだから、好きなだけ側にいればいいさ。
俺も春歌ちゃんとできるだけ一緒にいるよ。

妹でありながらも血のつながらない存在の俺達だけど、俺達が兄妹でいられるのは
きっと兄妹でいたいという想いをお互いが持っているからだろうと思う。
それを人は絆というのだろうね。
今日、その絆だけが俺達二人にある全てだと改めて感じたよ。

俺は春歌ちゃんが素敵な妹だといつでも誇りに思っている。
いつか春歌ちゃんが嫁いで俺の許を去るとき、その時は俺も泣いていいかな?
その時までは、俺は春歌ちゃんの前で泣かないようにするからね。
俺も頑張って、春歌に素敵な兄君さまと思われ続けていたいからね。

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だれかとの想いが叶えにはその影でだれかが想いを諦めなければいけないその現実、
それを潤は改めて感じていた。



翌朝、朝日が潤の部屋に差し込んでいた。
潤はいつもより早くベッドから出ると、ジョギングでもしたい気分になって、着替えて外に出た。

「あにぃ、おはよう!」

「お〜、衛、早いな」

「うん♪ 朝早く起きて走るの大好きなんだ」

「衛らしいな。じゃあ、久しぶりに一緒に走ろうか」

潤と衛は近くを軽くランニングした。
軽く……そう、軽く10Kmほど。

「衛、いつもこんな距離を走っているのか?」

「うん、そうだよ。でも、あにぃ、大丈夫?」

「大丈夫に見えるか……これが……」

「あはは……あにぃにはきつかったかな? あにぃ、ちょっと待ってて」

衛はグローブを2つとボールを手にして、戻ってきた。

「あにぃ、キャッチボールでもしない? これなら休めるし」

「はぁ〜、まあいいか」

潤と衛は久しぶりにキャッチ・ボールをした。

「ずいぶんいい球なげるじゃないか、衛?」

「えへへ♪
 ……でもね、あにぃが居ないときは壁に向かって投げていたんだ。
 やっぱりあにぃがいるといいね。
 ボールもちゃんと返ってくるし」

「確かにそうだな」

「あにぃ、ごめんね。
 ボク、あにぃの馬鹿〜、って何度も壁にボールを投げちゃった。
 だって、あにぃがいないと……あにぃがいないと……ボクのおいかける背中がなくなっちゃうから。
 ボク、ずっとあにぃを追いかけていたの。
 あにぃがいると思って泳いだり、走ったり……」

「……衛。
 そんなに急がなくても、俺はどこにも行かないさ。
 たまには一緒に歩くのもいいし、こうしてキャッチボールするのもいいもんさ」

「そうだね、あにぃ。
 こうしてキャッチボールをすると、心で対話しているみたいだね」

「そうだな。衛、ごめんな、行方不明の時は心配かけて」

「ううん、今はあにぃが居てくれるから十分だよ。
 だから、あにぃ、これからはずっと一緒にいようね」





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