恋は人を育むもの、たとえ実らなくても恋をすることは人の生きる糧となる。
恋によって人の心が育まれるなら、その恋はきっと悲しい結末だけにはならない。

出合いがあれば、いつか別れもある。
想いを抱いた人、想いを抱く人、人生の節目で心が交錯する。
自分の抱く気持ちを相手に贈りたくなる、そんな日が人生には幾度かある。




 









最後の真実
第3章 一番幸せだもの
 
第5話 「さよならは別れの言葉じゃなくて」
 
シルビア








季節は春、そして、この日は華音学園・卒業式。
北の街にも桜のつぼみが開こうかとするこの時期に、華音学園は多くの人だかりでにぎわっていた。
校門から校舎に向かう道に、笑顔と泣き顔を浮かべる人、それぞれの人の想いがところ狭ましとあふれていた。

その中を祐一はきょろきょろと辺りを見渡しながら歩いていた。
その両手には2つの花束を抱えられていた。

「祐一さん♪」

佐祐理は桜の木の下で、祐一のことを待っていた。
祐一はその姿を認めると、照れ笑いを浮かべながら近寄った。

「佐祐理さん、卒業おめでとうございます。これ、俺からの卒業祝いです」

祐一は右手に持った花束を一つ、佐祐理に差し出しながら言った。

「ありがとうございます。
 でも、祐一さんが花束を持ってうろつく姿、何となく可愛かったですよ〜」

「皮肉を言わないでください、佐祐理さん。
 それにしても、佐祐理さん、とても綺麗です、さすがですね。
 立っているだけで、お嬢様〜という雰囲気が、こう、全身に漂っているような」

「あはは〜、祐一さん、卒業生をナンパするのですか?
 でも、祐一さん、そんな事を言っていると……ほら!」

ポカッ……舞のチョップが祐一の頭に炸裂した。

「い、痛てぇ〜〜〜……って、舞!
 今、お前、かなり本気でおれの事を叩いただろ?」

「……祐一、私を無視して佐祐理を口説いていた。軟派な祐一、嫌い」

「口説いてないよ。……でも、舞、お前に合う衣装も有るところには有るものだな〜」

ポカッ……舞のチョップが祐一の頭に再び炸裂した。

「ふふ、祐一さんったら……舞の方は口説かないのですか?
 卒業式でちょっと寂しげな気分の少女……今日はまたとないチャンスではないですか〜」

「佐祐理さんまで〜。……とにかく、舞、卒業おめでとう。はい、これ」

祐一は舞にもう一つの花束を差し出した。

「……ありがと」

「あはは〜、舞ったら照れています〜、可愛い〜♪」

「お〜? 舞がすっかり乙女になってるぞ〜♪ 来た甲斐があるってもんだ」

ポカッ……ポカッ……

「痛い」「痛ぇ〜」

ポカッポカッポカッ……ポカッポカッポカッ……

「痛い・痛い・痛い……舞ったら止めて〜。
 これ以上叩かれたら、佐祐理、縮んじゃうよ〜」

「こら〜、舞、照れ隠しもいい加減にしろよ。俺のHPが無くなってしまうだろ〜」

「……佐祐理も祐一も、意地悪。嫌い、嫌い!」

「「ごめん、ごめん」」

祐一は佐祐理と舞の二人としばしの間いろいろと話していた。

「留学?」

「ええ。舞と二人で一緒に米国に留学することに決めたのです」

「それはまた唐突な話だな」

「新しい場所で、舞と心機一転やり直そうと思いまして」

「……ごめん、祐一。私がわがままを言った。佐祐理は私に付き合ってくれるって」

「佐祐理さん、舞、元気でやれよ。
 いろんな事あったけど、俺、佐祐理さんも舞の事もこの先、忘れないから。
 だから……また会えるよな、きっと」

「あはは〜、祐一さん、世の中は狭いのですよ。会いたければいつでも会えますよ」

(そうだよな、会いたければいつでも会える、今ならそう舞にも言えただろうに……)

祐一は昔、舞にそう言っていれば良かったと思っていた。
そうしていれば、舞だったあんなに悲しむことも苦しむこともなかったのに、祐一は少し後悔の念を抱いた。
そんな祐一の表情を感じ取って、舞は励まそうとしたのか、口を開いた。

「……祐一、今度は米国で待っているから。会いに来て」

「はぁ〜? 舞、何てことを言っている?」

「……冗談。でも、今度はいつでも会える」

「あはは〜、舞ったら〜♪
 それでは祐一さん、佐祐理達はこの辺で失礼しますね」

佐祐理と舞は祐一に別れの仕草をして、その場を立ち去ろうとした。
去り際、舞は祐一の方を一度振り返り、一言だけ付け加えた。

「……祐一、名雪さんの事、大切にしてあげて。私の事は心配いらないから」

「……舞。言われなくても分かっているよ」

舞が祐一と心を交わした時、舞は祐一の心の中にある本当に好きな存在を認めてしまった。しかし、その存在は舞ではなかった。
だが、舞はその代わりに別のことを知った。
それは、祐一が舞の事を恋愛の対象ではなくても、とても大事な存在だと思ってくれていたこと、そう家族のような暖かさを持って舞を見つめていてくれたことを。

ほら、見てみろよ……そんな感じで祐一が指さした先を見て、舞はコクリと頷いた。
舞達と話をしている時、祐一は名雪の姿を見かけていた。
名雪は少し不安げに、祐一達を遠目に見ていた。
舞はその祐一の様子に気付いていた。

「はちみつくまさん」

舞は精一杯の微笑みを浮かべた、それは舞が自分の失恋にけじめをつけたような微笑みだった。
その微笑みの意味を感じ取った祐一も、自然と笑みを返していた。
それが、祐一と舞との間の、二人なりの、今度は笑って別れようという決着の付け方であった。

「舞、元気でやれよ」




「……祐一。話、終わった?」

「うん?……名雪か」

佐祐理達を見送った祐一に、どことなく不安を隠しきれないような表情を浮かべる名雪が声をかけた。

「舞さん、何か言っていた?」

「今俺が好きな人を大切にしてやりなって」

「……祐一、それって、誰のこと言ってる?」

「さて、誰のことだろうな?
 そいつはイチゴジャムを1日1瓶開ける奴だったような気がするな。
 加えて、そいつは俺にイチゴサンデーを奢らせる小悪魔だったりもする」

祐一は名雪の方を向いて、にやりと笑った。

「……祐一〜、それって意地悪だよ〜!」

名雪は怒った口調ではるものの、恥ずかしいような照れ笑いを顔に浮かべていた。

「さて、用事も済んだな。名雪、百花屋でもいこうぜ?」

「うん、行く! イチゴサンデー♪」

「名雪、前もって言っておくが、今日は奢らないぞ?
 俺の財布の中身、プレゼント代の出費で、マジでピンチなのだ」

「そんな事言ってもダメだよ〜、祐一♪
 だって、祐一の好きな人はイチゴサンデーを奢らせる小悪魔なんでしょ」



祐一達の様子を遠目に見ていた香里は、側にいた潤に小声で話かけた。

「ね〜、北川君。好きだった人同士で笑顔を交わせるのって、ちょっと素敵じゃない?
 相沢君と川澄先輩の二人を見て、なんか羨ましく思えたわ」

「まあ、あいつの選択したことだから。
 相沢も苦労しただろうな……舞と名雪の両想いの狭間で」

「へぇ〜、"鈍感な"北川君でさえ気が付いていたの」

「何で俺が鈍感なんだよ! まあ、今はその方がいいけどな」

「そういうことにしておくわ。
 だって、北川君、ずっと私に気持ちを打ち明けてくれたことなかったじゃない。
 北川君が告白してくれること……少しだけ……待っていたのよ、私。
 だから、北川君は鈍感だって言っているのよ」(ポッ)

「何? 美坂、今、何て言った?」

「これからもお互いにいい友達でいましょう、って言ったのよ」(ポッ)

「……はは、そうだな」

「そうよ。ふふ。
 でも、私のお兄ちゃんになって貰うのもいいかもね。
 北川君って、ちょっと頼りになるし」

「おいおい、それは勘弁してくれ。ただでさえ、妹達が多いんだから」

潤は香里が好きだった。だが、今の自分の気持ちの変化にも気が付いていた。
香里との事はもはや過去、そう、好きだった相手としか見られなくなっていた自分の気持ちに気付いていた。
香里も潤の気持ちの変化に気が付いていた、それと、潤の想い人が誰なのかも。
友達以上恋人未満、そんな二人の今までの関係は、この季節の移ろいの中で思い出になろうとした。

「さて、俺たちも佐祐理さん達に声をかけましょうか」

「そうね」



「ところで佐祐理さん、俺達のことはお忘れですか?」

潤は歩いていた佐祐理と舞に声をかけた。

側には千影、咲耶、可憐、春歌の姿があった。

「「「「卒業おめでとうございます」」」」

潤の背後には、香里と栞の姿もあった。

「卒業おめでとうございます。佐祐理先輩、舞先輩」

「えへっ♪ 先輩、お世話になりました」

「ありがとうございます」

「……ありがとう」

佐祐理達は、潤達から花束や記念品を受け取った。



栞は舞の耳元に囁くように言葉を繋いだ。

「北川さんに私の気持ちは伝えました、結局、振られちゃいましたけどね。
 でも、告白できて良かったです」

舞は苦笑いを浮かべながら、栞の耳元に囁いた。

「……私も同じ。次の相手探さないとね、お互い」

「えへっ♪ そうですよね。
 でも、私、がんばりますから。栞、ふぁいと〜、です。
 舞さんも、ふぁいと〜、ですよね? ふふ……」

「ふふふ……」

それから、栞と舞は面と向かい合って、笑った。



みんなと別れて去りゆく佐祐理と舞を見送りながら、北川はその二人の絆の中に何か感じ取るものがあった。
心底から誰かを愛することの素晴らしさ、その重みを二人は知っているように潤には見えた。
辛い時に寄り添って生きてきた、その温もりと勇気が二人の間にもあったから。

「お兄ちゃん、帰りましょう?」

可憐の言葉に潤ははっと我に返った。
潤は、振り返ると妹達がいる、そんな自分の現実の中に戻っていった。








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