相手の気持ちを惹きたいがために、時に、人は嘘をつくことがある。
相手を思いやるための嘘もある、相手を傷つける嘘もある、相手の気持ちを離したくないが故の嘘もある。

しかし、嘘は事実でないから嘘というのだ。
もし、嘘が偶然か必然かを問わず現実となり、嘘をついた事を後悔する時、それは癒されぬ悲しみとして心に残る。
心が癒されない限り、自らの本心を明かせぬまま、心は後悔し続ける。
悲しみは悲しみを呼ぶ中で心は更に縛られていき、想像もしなかった悲劇を引き寄せる。
その悲しみの連鎖の中で、さらに心が葛藤し続けながら。

……誰かに心が癒されるまで、心は苦しみ続ける。
 









最後の真実
第3章 一番幸せだもの
 
第2話 「癒されぬ悲しみ」
 
シルビア








『兄くん! ……』

倒れた潤を千影が抱きかかえて、叫んだ。
潤は次第に意識を失い……

ばたん……背の高い椅子が地面に倒れ落ちた。
千影は地面に尻餅をついていた。

「夢か。……熱心に調べすぎたな。うたた寝するとは、私も未熟だな」

千影は最近、予知夢のような夢を見ていた。
千影は今までも同じ経験をしたことがあったので、夢が予知夢かもしれないという
予感がして、その夢について調べていた。

やはり、ただの夢ではなかった。
そして、夢の中の出来事が、いくつか現実となっているからだ。
その証、千影の目の前の机には、古書『翼人伝』と古い日記があった。
千影は自らの出生の秘密を知り、母の実家の橘家を訪ねた。
そして、祖母にあたる橘真由美から、千影は『翼人伝』と祖父母の日記を譲り受けたのだ。

『翼人伝』の書物は、なんでも、幼なじみであった祖父と祖母が、ものみの丘で探検ごっこをした時に洞窟のような場所で見つけ、手に入れた宝物だそうだ。
日記は、祖父と祖母の交換日記で、幼少の頃から結婚生活30年間ほどのものが残っていた。日記帳の名前には「橘 俊彦 & 天野 真由美」と書かれていた。


『翼人伝』、それは書かれた時期は定かではない程古い書物で、記述から推測するに10世紀〜12世紀頃のもので、著者は柳也という武人だったらしい。
柳也亡き後に、裏葉なる女性の記述が続いていた。

読みにくい箇所も多かったが、その記載によれば……

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

その当時、翼人族というのが地上にいて、人智のかなわぬ程の能力を有していたという。
時の権力者はみずからの権力欲のため翼人族を利用し、やがて邪魔になると翼人族を排除すべく追討した。
柳也は神奈という翼人族の末裔と出会い、離ればなれの母を探したいという少女の願いのため、神奈の侍女であった裏葉という女性と旅をした。
厳しい道のりではあったものの、神奈は人間に囚われていた自らの母と再会を果たした。
しかし、時の権力者は翼人族に呪いをかけて、その母の身も心も蹂躙していった。
悲しい記憶によって心を乱され能力を封印し、更に子孫に渡ってその悲しい記憶を継承するようにし向けた。
翼人族は、死に際して記憶を継承することができるのだが、その記憶を悲しい記憶で覆いつくされるようにしたのだ。
そのため、神奈の母はその呪いの存在故に、娘を自分の側から遠ざけていたのだ。
母子の再会の後、追討者の攻撃から自ら子を庇うため、全ての能力を解放しやがて倒れた。
その母の記憶は娘の神奈に受け継がれ、神奈は翼人族最後の生き残りとなった。
追討者の攻撃は神奈・柳也・裏葉達にも襲いかかり、戦いは熾烈を極めた。
神奈は自分が本当に守りたい人---柳也と裏葉---のために、目覚めた翼人族としての力を解放し、傷つきながら天に去っていった。

『きっと、神奈は生きているわ。
 神奈はひとりぼっちになったかもしれないけど、そう感じるの』
『そうだな。俺達までそう信じてあげないと、本当に孤独になってしまう』

残された柳也と裏葉は、神奈を探す手がかりを求めて旅を続けた。
さすらいの旅の末、二人は方術を使う法師達と出会った。
ここで自分達の出来ることをしよう、二人はそう決意し、余生を法師達と過ごした。
柳也は神奈について自分が知りうる全ての記憶を伝承に記した、それが『翼人伝』。
そして、裏葉は辛い修行の末、師匠の法師ですら驚く程の方術使いの名手となった。

『翼人伝』の締めくくりには柳也自ら、次のように書いていた。
『悲しい記憶に心を縛られてはならない。
 悲しみは更に次の悲しみを生み、悲しみの連鎖を作り出す。
 だが、人の生み出す悲しみの連鎖は断ち切ることもできる。
 いかなる悲しみをも受け止める、そんな"勇気"をもつ者の愛があるならば。

 俺は神奈と出会い、神奈の笑顔をみるにつれ、悲しみを乗り越えると人はだれでも
 笑顔をうかべて幸福な日々に身を置くことができると思った。
 一緒に旅をしていた時、俺も神奈も裏葉も皆、幸せだった。
 その幸せを守るためなら、俺はいつだって勇気を持つことができた』

神奈に思いを残す柳也であったが、神奈の側で柳也を想い続けた裏葉の願いを柳也は聞き入れ、二人は自分たち二人の想いを受け継ぐ存在、そう次代のために子を作ることにした。
神奈は長き寿命を持つ存在、だが、二人は人間としての寿命を全うしてしまう存在であったため、二人の亡き後にも神奈の存在を知り彼女を救う存在となる子孫が必要だ、裏葉はそのように考えたのだった。

裏葉の記述によれば……
やがて生まれた二人の子に、裏葉は方術を用いて、自らの記憶を方術の力とともに継承できるようにした。それによって、柳也の記憶である『勇気』の心と、裏葉の記憶と『慈愛』の心が、神奈を救うための方術の『力』の源として継承されていく。
しかし、当の裏葉も、世代が受け継がれるにつれ、『力』の継承が弱まることは知っていた。
やがて、二人の記憶は受け継がれても必ずしも目覚めないか、あるいは、何らかの強力な感情のトリガーによってでしか目覚めない、そんな可能性をも示唆していた。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


千影は日記に目を通した。


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193x年y月z日

今日、ボクは夢をみた。
それは二人の恋の物語のようだった。
ユキトという男の子と、ミスズという女の子の話だった。
ユキトはホウジュツという能力をもっていて、人形を動かしていたりした。
ユキトは自分が出会うべき女の子がいて旅をしていて、その女の子がミスズだということを知った。
ミスズの体が弱った時、ユキトは自分の力を使ってその子を助けて、やがて消えた。
ミスズもハルコという母と心を交わし、やがて死んでいった。
だけど、ミスズの表情はとても澄んだ明るい笑顔だった。

その中でも、一番不思議に感じたことがあった。
二人が海岸で見ていた情景に子供が映っていたのだが、それはボクの幼なじみの女の子と幼いボクの二人の姿にそっくりだった。
まるで、自分を見ている自分がいたような……それが、ボクにはとても不思議だった。

*****************************************************************************
……
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195x年y月z日

俺は昔見た夢のことを彼女に話した。
驚いたことに、彼女も似たような夢を見たらしい。

海辺の少年の姿が幼い頃の俺にそっくりで、運命の出会いだわ♪、なんてはしゃいでいた。

幼なじみだった女の子は、今は俺の彼女で、将来の俺の嫁になる。
今日、俺は勇気を振り絞って、彼女にプロポーズしたのだ。
「いいわ、結婚しましょう。
 運命の恋なのかそれとも腐れ縁なのか、それは分からないけどね。
 何故かあなたと一緒にいると、私はいつでも幸せな気持ちでいられるの……」

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「祖父母はこんな風に恋愛していたのか。私と兄くんも……」

千影は、運命の出会いと言ってはばからない祖父母達が何となく愛らしく思えた。

千影は日記に見知った名前を多く見つけたので、気になって家系をメモってみた。
最終的にメモは次のようになった。

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    ※橘家                                           ※天野家                      
                                                                                   
                                               
                                                                                 
  (橘/長男) 俊彦 (天野/長女) 真由美                   (天野/次女) 美代
                                                                                   
                                 
                                                                             
  (長男) 誠一       (長女) 恵       (次女) 香奈       (三女) 瞳                      
※相沢家に婿入り   ※月宮家に嫁ぐ   ※芙蓉家に嫁ぐ   ※川澄家に嫁ぐ                    
                                                                             
    相沢 祐一       月宮 あゆ       芙蓉 千影         川澄  舞           天野 美汐    
                  (三上 あゆ)   (三上 千影)                                        



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「相沢 祐一、月宮 あゆ、私、川澄 舞は遠い親戚で、同じ祖父母をもつ、
 それに、天野 美汐は遠い外戚にあたるわけか。
 ……そして、今、あゆちゃんと美汐ちゃんと私は義理の姉妹の間柄。
 偶然というには凄すぎる」

千影は日記を閉じて、考え込んだ。
そして、日記に書かれた日時などをヒントにして、自らの水晶で占った。

「母君・祖母君には不思議な力があると言われていた話も本当のようだ。
 私にもその『力』とやらが受け継がれているらしい。
 なるほど、私と舞の『力』が同じ性質というのが納得できる。
 それに、天野家が神官・巫女を営む家系というのは初めて知った」

千影は時々、以前、不思議な夢を見たことがあった。
その夢の中では、自分・武人のような男性・姫のような女性の3人で居る情景があった。

「私の見たあの夢が、『翼人伝』の裏葉のある記憶だとしたら……、
 橘家の血筋は裏葉のいう所の『力』、それと方術を受け継いでいる?
 一方の神奈は……」

千影は水晶を覗き込んだ。

「大空……そこを舞う翼をもった少女……そのゆく先は地上、ぐんぐんと降りていく
 ……その少女は姿を消して……一人の少女に吸い込まれる。えっ、祖母!
 まさか、祖母が神奈の転生した姿だって? なら、祖父は……」

千影は再び水晶を覗き込んだ。

「人形使い、なるほどこれは方術というものか……はてしなく続く天空
 ……映っているのが翼人、それなら神奈だな……地上に転生する神奈を追い
 かけて……一人の少年に魂が吸い込まれた。
 ということは、やはり祖父は方術使いの記憶を受け継いだ、ということかな。
 つまり、祖父は柳也と裏葉の想いを受け継いだ存在、ということになる……
 祖父の見たという防波堤にいた男女は、会話からすると……ユキトとミスズ?」

自らの経験を振り返ると、想いの強さと『力』には相関関係があることも分かっていた。
自分の力は、想いが強ければ強いほど、『力』もまた強く働き、鮮明に現れてくる。
千影が兄の潤のことになると、やたらと正確に占えるのはそのせいかもしれない。

その『力』の源泉が、神奈・柳也・裏葉の3人にあること、そして力は『勇気』『慈愛』『悲しみ』という要素と関わりがある。
そして『力』は、舞、祐一、千影、あゆの4人に関係する可能性がある。

……千影が理解できたのは、ここまでだった。


(これから先、私と他の3人との間でどんなことが起こるのか……)


千影は更に占いを続けた。

(夜の校舎、相沢先輩、舞、魔物、『力』……)
(昼の校舎、階段の踊り場、相沢先輩と舞先輩とひとりの女生徒、食事、舞踏会……)
(兄くん、香里さん、栞さん、病室、悲しみ、嫉妬……)

千影は真剣な表情で水晶の映し出す情景を読みとっていた。


(これは……)

千影は水晶の映し出した真実を前に、口ごもった。

水晶が映した事実には、舞と祐一が幼い頃に出会っていたらしい情景があった。
だが、舞の記憶にはあり、祐一の記憶にはない、そんなことがあるのだろうか。

「……相沢先輩に会う必要がある、か」



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次の日の昼休み、千影は華音学園高等部の階段の踊り場に姿を見せた。
そこには、祐一とひとりの女生徒がいた。

「相沢先輩……聞きたいことがあるのだけど、いいかい?

「千影ちゃん?」

「祐一さん、この方は?」

「あ、佐祐理さんは知らないか。俺のクラスメートの北川潤の妹で1年生の千影ちゃん。
 千影ちゃん、こちらは3年生の倉田佐祐理さんだよ」

「初めまして、倉田佐祐理です。佐祐理と呼んで下さいね」

「はじめまして、佐祐理さん。
 ……ところで、舞の姿が見えないけど?」

「舞か……今、謹慎中だよ。退学処分にするか先生達が審議しているから。
 今日は家にいるから、ここには居ない」

「そう、とりあえず、相沢先輩に聞きたいことがあってね。
 それに、佐祐理さんも舞と関わりがあるようなので、聞いていてほしい」

千影が占っていた時、水晶に映っていた女性の姿は、佐祐理だった。

「はい。分かりました」

「俺に話だって?

「以前、相沢先輩に、舞のことを知っているか尋ねたことがあったね?
 その時は、記憶にないという返事だったが、やはり相沢先輩は舞と過去に北の街で出会っている。
 そして、今の舞先輩の心を救うことが出来るのも、相沢先輩だけのように思える」

「舞とは俺が転校してきてからのつき合いしか、俺の記憶にはないけど」

「多分、相沢先輩は過去の出来事を忘れている。
 とりあえず、私が知る限りの事実を見せよう」

千影は水晶を出して、そこに映像を映し出した。
祐一と佐祐理は、その映像を覗きこんだ。

過去の事実が水晶に浮き彫りになっていく。
(……不思議なものだ。相沢先輩の近くにいると、こんなに鮮明に映る)
水晶の中を覗きながら、祐一の側で、千影はそう思っていた。

******************************************************************************

北の街の麦畑、一人の少女がいつも遊んでいる遊び場だった。
川澄舞という名のその子は不思議な力を持つゆえに、人に馴染めず、いつも孤独な少女だった。
そこに一人の少年が現れる。
それは、時折、北の街にやってきていた、かつての相沢祐一だった。

少女が舞であること、少年が祐一であることは、二人の会話から想像できた。

少年が少女と親しくなるのにそれほどの時間は必要でなかった。
心優しい少年は、少女の能力のことに関係なく、少女を普通の子として接したからだ。
仲の良かった二人の間に、いくつもの思い出が出来ていった。
少年と過ごす少女は、少しずつ孤独であることの悲しみを癒していった。

しかし、いつまでも同じように過ごすことは出来なかった。
やがて少年は北の街を去ることとなったため、少女に別れを告げた。
少年の存在を心の拠り所とする少女は、少年に出会う前以上に深い悲しみを感じた。

「魔物がくるよ、二人の遊び場が無くなってしまうよ。だから一緒に守ろうよ」

少女は、悲しみのあまり嘘をついてまでも少年を引き留めようとした。
しかし、悲しみと嘘の言葉は、少女のもつ『力』に負の作用をもたらし、その『力』は増幅され、本当に魔物が現れて二人を襲いかかった。

結果的に、不幸な出来事が二人を襲った。
少年は魔物の攻撃を受け、物理的にも精神的にもダメージを負ってしまった。

泣き叫ぶ少女は少年を守りたい気持ちから、本能的に『力』に働きかけ、魔物に戦う術を生み出した。
少女は自分の『力』に正なる作用を発動し、それは”剣”の姿として少女の手に宿った。
少女の意志から生まれた剣は少女の心を導き、魔物に戦うべくその力を貸した。
少女に剣技の心得は無かったが、剣は少女に戦う術を与えるべく少女を導いた。

それが、少女剣士・舞の誕生であった。
少女は剣の導くまま、魔物に立ち向かい、やがて撃退した。

少女は少年に駆け寄った。
少年を救いたいという願いは『力』に正なる作用である癒しの力を呼び込み、少年のうけた物理的なダメージは癒され、少年は一命を取り留めた。

だが、少女は自らの『力』を完全にはコントロールできなかった。
魔物の攻撃は物理的なダメージだけではなく、少女の悲しみの記憶を攻撃対象の精神に与える。それは魔物が心の悲しみから生まれた故であった。
ダメージをうけた者は強い悲しみの感情に心を支配され、精神的な苦痛を呼び覚ます。
少年の心は悲しみに対抗すべく、心の葛藤にさいなまれていた。
その結果、舞の悲しみに対抗した少年の心は舞と過ごした記憶を失うことを選択した。

「君は……誰?」

「……祐一、私の事、覚えてない?」

「何で俺の名前を君が知っているの?」

「それは祐一が教えてくれた……祐一。本当に何も覚えてない?」

「君のことは何も知らないよ……俺、帰る」

ただ呆然とその場に立ちすくむ少女、そして、少年は少女のもとを去っていった。
少女は少年を引き留めることが出来なかった。

少年は少女の事を何も覚えていなかった、それは自分を理解してくれる存在を失ったことを少女に思い知らせた。

少女はただ願った、
自分との想い出を思い出して欲しかった、
自分と一緒に過ごしてほしかった、
自分を理解して欲しかった。
魔物の出現で、少年と少女の想い出は失われた、少女はその事だけを理解した。
少年を取り戻すためには、魔物と戦わなければならない、少女はそう思った。

そして、少女は戦うことを選択した……孤高な剣士となって。
剣は少女の心を支える唯一のモノとなった。
数年の年月が過ぎていったが、少女は剣士のままだった。
記憶を失った少年は、東の街で成長していった。

やがて、少年は、再び北の街に現れ、夜の校舎で舞と再会した。

******************************************************************************


「まさか、こんなことが……現実にあるなんて……」

祐一達は事実の全てを理解したわけではなかった。
だが、祐一は自分が舞という名の少女と出会っていたこと、そして、記憶を失い少女を傷つけた事実だけは理解できたようだ。
祐一は舞と再会したものの、舞のことはただの上級生としか思っていなかった。
舞は祐一の存在に気が付いたが、過去を打ち明けられずじまいのままだった。
……そんな二人が日常で一緒にいる機会は次第に増えたにもかかわらず。

「舞がこんなことをしていたなんて……」

佐祐理もまた、舞が夜の校舎で一人戦い続けていたこと、そして祐一が舞と関わりのある男の子であったことを初めて知った。
佐祐理にしてみれば、舞が心を許す人ならきっといい友達になってくれるだろう、そういうつもりで祐一を誘い、それからは三人で過ごしていたのだ。

「相沢先輩、佐祐理さん、信じられないけど、事実は事実だから。
 私に言えることは、舞先輩は深い悲しみにとらわれ、『力』の負のエネルギーを
 放っている。そして、自らの心が生み出した魔物と対峙しているということ」

「それじゃ、舞踏会で舞が暴れたのは……」

舞踏会を突如襲った魔物、舞はその魔物を退治すべく、剣を振り回した。
傍目には、舞踏会場がいきなり壊れていき、剣を振り回す舞が壊しているように
感じ取れる光景だった。
その魔物を舞が生み出していたとしたら……それは一体、祐一はそう考えた。

「……自らの『力』の暴走、止めようのない悲しみに舞が囚われた、多分ね」

「何故……『力』が暴走する?」

「相沢先輩が今でも過去の舞のことを思い出してくれないから、だと思う。
 再会して、なおかつ、比較的側にいながらも舞を思い出してあげなかった。
 きっと、それは舞にとって悲しいことの連続でもあったと思う。
 それに、私は舞に聞いたことがあるけど、舞は相沢先輩のことを覚えていたよ」

踊り終わって祐一が差し出したグラスを受け取る舞は、本当に一人の乙女そのものだった。
だが、嬉しければ嬉しいほど、癒されない悲しみもまた深まっていく。
好きになればなるほど、好きな相手との悲しい思い出は心を揺すぶるからだ。

「あの〜、それでは舞は……舞はどうなってしまうのですか?」

「そこまでは分からない。
 だけど、このままの状態が続けば、いつか舞の心が裂けてしまうかも知れない。
 舞は今もかなり追いつめられている、私はそれを感じとれた。
 彼女の心を救えるのは相沢先輩だけ、星が語る未来もそう伝えている。
 それだけは、覚えておいてほしい」

「千影ちゃん……」

「じゃ、私は行くよ。相沢先輩……気をつけて」

癒されない悲しみ、千影はそのことの辛さを自分の経験から知っていた。
自分の存在を認めてくれる人と初めて出会いながらも、その人の記憶にさえなく去られる事の辛さと悲しさ、それは千影と潤の間にもあったことだったから。

自分の兄が自分と初めて出会った時の事を思い出してくれるまで、長い時間がかかった。
もし兄が思い出してくれなかったなら、自分もまたきっと舞のように悲しい気持ちに囚われたままだったかもしれない、千影はそう考えていた。

(想いの強さ……か。ラケシス(=運命)も残酷なことをする)


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同じ頃、昼休みの別の場所。

昼休みが始まるやいなや、咲耶が潤の許に駆け寄って言った。

「お兄様〜♪、一緒にお弁当食べましょう〜」

だが、潤は、早々に教室から去ろうとしている香里のことが気になっていた。
ここ数日、潤は香里の様子がおかしいと思っていたのだ。

「咲耶ちゃん、ごめん。俺、ちょっと用事があるから。先に食べていてくれないか」

「もう、お兄様ったら!……あら?」

だが、咲耶も、潤の向かう先に香里が居たことが妙に気になった。
咲耶の目の前で、潤と香里は教室から姿を消していた。

(お兄様ったら、香里さんを誘って二人きりになるつもりなのね! そんな事は私が認めないわ)

咲耶は潤の後を追うように教室を出た。
そして、教室には、何が起こっているのか分からないでいる可憐だけが取り残された。

「にいさま〜、お待たせ〜! 姫の愛のお弁当宅配便ですの〜♪
 ……あら? にいさまが居りせんわ。
 可憐ちゃん、にいさまはどこに行ったんですの?」

「お兄ちゃんと咲耶ちゃんなら、昼休みになるやすぐに教室を出て行きました。
 一体、お兄ちゃん達は、何をしにいったのでしょうね」

「せっかく姫がにいさまのために愛情をたっぷりこめて作ったお弁当なのに〜。
 もう、にいさまなんて知らない……可憐ちゃん、先にいただきましょう」

「白雪ちゃん、食べるのは構わないんですけど、お兄ちゃんと咲耶ちゃんの分を含めた四人分を二人で食べるのですか?」

「うぅ〜……にいさまの馬鹿ぁ〜!
 後で食べたいと言っても姫は知らない〜。姫、やけぐいしますですの〜!」

「し、白雪ちゃん……とにかく、落ち着いて食べましょうね、ね?」

「こう〜いう〜とき〜は〜、こ〜の山田太郎、フランクにやまだぁ〜
 ……のボクを呼んでくれたまえ。
 白雪ちゃん、せっかくの愛のお弁当、食べられずじまいなんて勿体ない。
 ならばこのボクがその愛ごといただくとしよう」

白雪が愚痴をこぼしている側から、潤のクラスメートの山田太郎が口を挟んできた。
山田太郎が白雪特製のお弁当を目当に声をかけてきているのは明白だった。
こんな風にご機嫌ななめの白雪に向かって声をかけるのは良い度胸に違いないが、はっきり言って間が悪かった。

「ふふふ! そう……食べてくれるんですのぉ〜〜〜〜、ふふふ。
 はい、口開けて〜。食べさせてあげるから、あーんするんですのよ♪」

「あーん♪」

「……はい・ハイ・はい・ハイ・はい・ハイ♪」

「ちょ、ちょっと〜、白雪ちゃん……あ〜あ……」

可憐の制止をよそに、山田の口に次々とおかずやらご飯やらを放り込む白雪、山田は口いっぱいに詰め込まれた弁当のために、その場に崩れ落ちた。

「結局、山田さんでは、姫の愛情は受け止められないのですの。さて、姫もいただくですの♪」

胸がすーっとしたのか、白雪はゆっくりと自分の分の弁当を食べ始めた。



潤は美坂香里に追いつくと、中庭に誘って話をした。

「北川君、一体、何の用なの?」

「聞きたいことがある。美坂、一体、栞の事、どういうつもりだ?」

「北川君、何のことかしら?」

「とぼけるなよ。栞なんて妹が居ないって言ったのは、どういうことだ?
 一体、何があった?」

「栞のことは知らないって言っているでしょう! 放っておいてよ」

バーン……潤は思わず香里の頬を平手で引っぱたいてしまった。
香里の言葉に思わず切れてしまっての言動であったが、潤は自分のした事をすぐに後悔した。

「……美坂……ごめん」

香里は、頬を抑えながら、しばしその場で黙り込んだ。
やがて、ゆっくりと口を開いて、話を始めた。

「……聞いてくれる?……去年の暮れ、栞が急に倒れたの」

「えっ?」

「医者も病因が分からず、栞は次第に弱っていったわ。
 時折、昏睡状態になってしまうこともあったの。
 栞は病弱だったから今までも何度かこんなことはあったのだけど、今までとは少し状況が違うのよ。
  ……私は、栞に拒絶されてしまったの、嫌いだって」

「栞ちゃんが美坂を拒絶した?」

「私、もう訳が分からない。
 どうして栞が急に倒れたの?
 どうして私が栞に嫌われなければならないの?
 (グスッ) 私、栞に何かした?
 (エッ、エッグ) 私、栞に拒絶されるような、悪い姉だった?
 ……うぅ〜。(グスッ、エッグ)」

「美坂……」

「(グスッ)北川君……ゴメンね、心配かけて。
 ……でも、私、どうしたらいいか……分からないのよ。
 ちょっとだけでいいから……こうしていて」

香里は潤の胸に飛び込んで、肩を奮わせながら泣きじゃくった。
潤はそんな香里をただそっと抱きしめた。

(こんな香里の姿を見たのは二度目だな、うん? "二度目"……)

潤はふと何かを感じたように、頭の中で記憶を辿った。

そんな潤と香里の様子を、咲耶は屋上の扉の影から聞いていた。
咲耶にしてみれば、

(お兄様酷い! 私を差し置いて香里さんに会いに行くなんて……)

と単に嫉妬から出た行動だった。
もし愛の告白だったら飛び出してでも妨害しようかと考えていた咲耶であったが、
話の内容と真剣さのあまり出るに出られない状況になってしまったのだ。

(お兄様……)

結局、咲耶はその場に佇んでいただけだった。


その夜、三上邸。


「お兄様、こんな時間にどこに行くの?」

「舞のところに行ってくる。遅くなるから、先に寝ていてくれ」



「お兄様……」

昼に潤と香里が話していたこと、多分そのことだろうと咲耶は感じていた。
潤が出かけるのを見送った咲耶は、千影に呼び止められた。

「咲耶君、兄くんはお出かけかい?」

「そうなの。お兄様、ちょっとおかしいのよ。
 昼にも香里さんと何か話していたみたいだし」

「様子がおかしい? 香里君と話した?
 ……それで、兄くんはどこに行くか言っていたかい?」

「舞さんのところに行くって言っていたわ」

「舞さんの?……もしや……」

「千影ちゃん、どうかしたの?」

「……ああ、やな予感がしてね。咲耶君、私も出かけることにするよ」

「え?」

それから、千影は身支度を軽く済ませると、出かけた。

「お兄様といい千影ちゃんといい……一体、どうしたのよ!」










後書き by 作者


北川:「橘家と美汐家の家系か、それにAirの『翼人伝』とか日記とか、いろんな
    ものが登場してきたけど、話の方は大丈夫なのかい?」
作者:「まあ、第3話で半分ケリをつける予定だけど、残りは第6話以後に関連
    することを少し前倒ししたというところ。
    ちなみに三上家シスターズの設定の過去は第6話以後に次第に明らかに
    していく予定だよ」
北川:「このSSの設定における妹達の過去を明かすということ?」
作者:「そう。その上で北川がどう動いていくのか、それが第3章の醍醐味」
北川:「ふーん」
香里:「なんか私の話って、本編とは逆みたいだけど?」
作者:「美坂姉妹の姉妹愛と、香里と北川の関係にも決着をつける必要があってね。
    まあ、北川と香里をくっつけるかどうか、それは先の話の楽しみにでもしてくださいな。
    恋愛成就 or 失恋か、私は連載では必ず結論を出すことにしているから」

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