海神航、かつて、プロミス島での12人の妹達との共同生活をすごした男性である。
今は24才、社会人となっていた。
義妹・衛は、18才、高校3年生。


【衛】

ボクはあにぃの背中を追いかけていたかった。
あにぃが好きだから、あにぃの姿を失わないように、後から……ずっと。

だけど、今は違うんだ。
それを、あにぃが教えてくれた。

ボクがボクであるために、ボクは生きている。

『ボクの辿り着く先には……』









二人の時
〜Forever〜
 
第11話 「イメージ・チェンジ」 〜衛編〜
 
シルビア












【衛】

「……プハァー、は〜、は〜、……衛には叶わないよ」
「そんなことないよ、あにぃ。泳ぐの、随分上達したじゃない。
 昔、カナズチだったなんて、想像もできないよ」
「ははは……それを言うなって。
 これも衛にもらったゴーグルのおかげかな」
「うん、今でも使ってくれているんだね……なんか……嬉しいな」
「とっても便利だからね。
 まぁ〜、それでも、オリンピックの代表候補になるかどうかっていう衛には到底かなわないな。いや〜、速い、速い!」
「そんなに褒めないで……あにぃ〜、ボク、照れちゃうよ」
「謙遜するなって。
 それに、衛の泳ぎって綺麗だから見るだけでも飽きないんだ。
 衛はもう少し泳ぐのだろう?
 俺は、上がってしばらく眺めるとするよ」
「う、うん……でも、照れるな……なんか、じっと見られていると」
「いかんな〜、それじゃ、大会であがってしまうぞ?
 あの歓声のすごさの中でも実力を発揮できないとダメなんだろう?」
「そ、そうだね。じゃ、もう少し泳ぐから見ていてね」

今日はね、あにぃを誘ってプールに来たんだ。
なんていうか……ちょっと、気晴らしなんだ。
最近、記録が伸び悩んでいるし、ライバルが強いから気持ちが落ち着かなくて。
やっぱり、あにぃと一緒に泳ぐのが、一番の気分転換になるね。


でも……なんか、あにぃに見られるのって、記録会の時よりも緊張するな〜。
リラックス、リラックスっと……

スタート台に立って、神経を集中させて……ドン!
……バシャーン




ボクはあにぃの差し出してくれたスポーツドリンクを受け取った。

「やっぱり衛の泳ぐ姿って綺麗だね」
「そ、そうかな〜、あはは……」

あにぃがそんな風に言ってくれるのがとっても嬉しいよ。
だからね、ちょっと意識して、今日は競泳用水着でない水着を付けて来たんだ。

更衣室で着替える時、自分の姿が映っている鏡に目が止まったんだ。
スリー・サイズ……自信ないな〜、でも、形はいい方かな〜。
あにぃに出会った頃のボクは本当に男の子っぽいなんて周りに言われる位だったけど、
……今なら、胸を張って女の子って思ってもらえそう
……でも、やっぱり、無理かな〜、はぁ〜あ。とても、あねぇ達には叶わないな。




「はぁ〜、はぁ〜…………」
「海神、どうした? そんな調子じゃ、次の大会で優勝出来ないぞ?」
「はい……すいません……」
「今日はもうあがれ。本番までに、しっかり体調を整えるんだぞ」
「はい」

水着から制服に着替え、髪を乾かしてヘアバンドをはめた。
なんとなく、夕日が綺麗に思えた。
いつもなら、こんな早い時間に下校することはないから。

商店街を通っていると、道のあちこちから楽しそうな声が聞こえた。
友達同士や恋人同士の明るい声も聞こえてきた。
水泳をやっていなかったらボクもあの中の一人だったのかな、そんな考えが頭によぎる。

なんか楽しそうに思えた。

真似してみて、なんとなしにクレープを買ってみる。
ガードレールに腰かけて、クレープを頬ばってみる。
……よく味が分からなかった。
……何が楽しいのかな、よく分からない。


「どうした、衛? せっかくの食べ物は美味しく食べないとね」
「あにぃ? どうして、ここに」
「どうしてって、仕事だよ。たまたま通りかかって衛を見つけて声をかけたのさ。
 元気ないね、どうした?」
「……ううん、なんでもない」
「うん?
 ……さて、ちょっとさぼるとするか。
 ふーん、衛の食べているのはクレープか……俺も買ってこよう」
「あにぃ?」

どうしたのかな、あにぃ?
でも、なんかラッキーな気分かも。

「うわ〜、甘いな〜、これ。……とても全部は食べられない。衛、半分やるよ、食べるか?」
「えっ、あ……うん」

あにぃの食べたクレープ、よく考えたら……これって?
何だろう、これを急に食べたくなったんだ。

「あにぃ……美味しい」
「そうか? 良かったな。しかし、さすがに年頃の女の子は食べる、食べる」
「そんなこと、ないよ」
「衛は水泳をしているから、ちょっとぐらい食べても全然OKなんだろ?」
「水泳……」
「どうした、衛?」
「ねぇ〜、あにぃ、今度一緒に泳ぎに行かない?」
「うん? ああ、いいけど。じゃ、今度の土曜日にするか?」
「うん」




その約束通り、あにぃとボクは土曜日に泳ぎにいったんだ♪

「次の大会も頑張れよ。俺、応援にいくから」
「……う、うん」

あにぃ……ボク、時々ね、何でこんなに水泳に没頭したのかって思うんだ。
スポーツは好きだけど、競泳の世界に身を置くなんて思ってなかった。
水泳がおもったよりもいい結果を出せたから、のめり込んだけど
…………本当は、あにぃと一緒にスポーツをしたかっただけだったと思う。
一緒に走ったり、キャッチボールをしたり、泳ぎで競ったり……そんな時間が好きだったんだと思う。

なによりも、あにぃが好きだから……だから、あにぃに見つめてほしかった。
汗をかきながら爽快そうな笑顔でいる、そんなあにぃを側で見つめていたかった。
それに……『衛、綺麗だよ』って、あにぃに言ってほしいな、やっぱり。

「ね〜、あにぃ、聞いてくれる?」
「うん? いいよ。何?」
「水泳……もう、やめようかなと思って」

あにぃ、驚いていた。
そして、ちょっと考えて、ボクに聞きかえした。

「衛、衛は何故泳ぎはじめたんだい?」
「えっ? ただ、なんとなくだけど……体を動かすのは好きだし?」
「それだけなのかい? 違うだろ?」
「えっ? ……えっと……その……本当は、あにぃに追いつきたかったの。
 あにぃのそばで一緒に走っていたかったの。
 たまたま水泳に向いていたから、競泳を始めたけど……」
「衛……目標を見失った時って、人は誰でも不安になるんだよ。
 今の自分のしていることから逃げ出したくなることもある。
 だけどね、それは、とても悲しいことだよ。
 水泳を止めるのはいいけど、逃げるように止めないでほしいかな」
「逃げる……」
「そう、何事も逃げたらその時点で負けなんだ。
 目標や結果はやり直しのきくことだけど、逃げたら何も残らない。
 そうだよね?」
「う、うん」
「止めるなら止めるで、最後に納得のいくまでチャレンジしてごらん。
 それが今の俺にできる衛へのアドバイスかな。
 それなら、次の大会が最後でもいいと思うぞ?」
「あにぃ……うん、もう少し頑張ってみる」

やれともやめろとも言わない、きっとボク自身に決めろと言っているのが分かる。
でも、逃げるのは……やっぱり、だめだよね。

「でも、少し残念だな。衛が泳ぐのを見るのもこれで見納めになるのか。
 俺、衛のファン第1号のつもりだったんだけどな」
「あにぃ……じゃ〜、精一杯のボクをあにぃに見て貰えるようにするから。
 きっと応援しに来てね♪」
「もちろんだよ。さて……俺もさぼってないで仕事に戻るかな。じゃな、衛!」
「うん! あにぃ……ありがとう」



大会当日、ちょっと緊張しているかな。
でも、午前の予選はなんとか1位通過で決勝に進出できた。
あは、ちょっと、タイムは伸び悩んだけどね。

でも、あにぃ……まだ来てないのかな〜。

「よう、衛。悪い! 予選には間に合わなかった、ごめん!」
「ううん、いんよ。あにぃがきてくれただけでも百人力だよ♪」
「うーんと……俺の席はと……」
「スタート台の後だね。
 でも、午後の決勝では、ボクは中央よりのコースになるから見やすいかも」
「そうか、それは楽しみだな。決勝も、頑張れよ、衛」
「うん、頑張る。みていてね、あにぃ♪」



『これより女子200M自由形決勝を始めます。
 1コース…………4コース、プロミス学園、海神衛。5コース……』

ボクは、スタート台に上った。
後を振り向くとあにぃの姿が見えた……あ、あにぃが手を振っている♪

(あにぃの前だし、精一杯頑張りたいよね。よーし!)

ボクは全神経をとぎすませてスタートの号砲を待った。

ボクの体が宙を横切り、水面を切り裂いた。
伸びきった体、揺らぐ左右の足で水中を切り裂いて前に進む。

25M……ボクの体が水面に浮かび上がる。全身を波うつようにしなり、泳いでいく。
50Mターン……水中で1回転しながら方向転換する。

再び浮かび上がるボクの体……その目先に、あにぃがいるんだ。
ボクはただあにぃのいる方を目指して泳いでいく。

100M間際……その時、ボクは追いついた気がした。
ボクがずっと求めていたあにぃの背中に追いついた、そんな気がした。

だけど……ボクはこれで止めない。
100Mのターンを決めて、再び泳ぎ続ける。

(待ってて、あにぃ……今度はボクがあにぃのために泳ぐからね)

そう、ボクはもう一つの目標を持ったんだ。
あにぃに認められて、あにぃの胸の中に抱かれる、そうなりたいって。
だから、これからの100Mはボクがボクであるために泳ぐんだ。
そう、決めたんだ。

だから……見ててね、あにぃ……これがボクの、衛の泳ぎなんだ。
あにぃが気に入ってくれた、ボクの泳ぎ……あにぃのためのボクの泳ぎ。

150Mターン……残り50M

(行くよ、あにぃ!)

全身全霊を込めた最後の50M、今一番みてほしいのは……あにぃ。
記録なんて関係ない、ボクの全てを見て欲しい。


40M……30M……25M……10M……ゴール。


水面から顔を出して見上げたボクの視線の先に、あにぃの笑顔がはっきりと見えた。
ボクは…きっと、今までこの笑顔を見たかったのかもしれない。


「優勝おめでとう、衛」
「えへへ、ありがとう、あにぃ。でもね……」
「うん?」
「い、いや、なんでもないよ。やっぱ、恥ずかしいや」
「???」

きっと、ボクには競技の順位なんて、問題じゃなかったんだ。
ボクが一生懸命やりとげたこと、それをあにぃがよろこんでくれたならそれでよかったんだ。

「ね〜、あにぃ? ボク、綺麗だった?」
「えっ? ああ、とても綺麗だったよ」
「そ、そう……でも、今度は女の子として、あにぃにそう思われたいな」
(……十分綺麗だよ、衛は)
「え? 今、あにぃ、何て言ったの?」
「いや、何にも言ってないよ」
「嘘! ボソッといったもん。それも、とっても嬉しいことを。
 ね〜、もう一度言って、あにぃ〜♪」
「だから、何でも無いったら〜!」
「あにぃ〜♪」


分かっているよ、あにぃ♪
照れたって隠せないよ。

ボクね、ゴールした後見上げた視線の先、スタンドにあにぃの姿しか見えなかったんだ。
その時のあにぃの表情が……きっと、その答えなんだよね。
そして、嬉しそうに投げられたスポーツタオルが……きっと、あにぃの優しさなんだって。

大好きだよ、あにぃ♪

『ボクの辿り着く先には、いつもあにぃの優しい懐が待っている。
 だから、ボクはいつもその胸の中に飛び込んでいくんだ』
そう、これからは、ボクはあにぃの胸の中を目指して泳ぎ続ける!




……数年後、衛の部屋に写真立てが飾られた。
オリンピック・水泳の金メダリストとなった衛を胸に抱く航、その二人の姿がそこに映っていた。






〜エピローグ〜



ルンルン♪ ランラン♪ ふんわふんわ♪

3才、幼女の千絵が、浮き輪をつけて水面を漂いながら遊んでいる。


「すっかりご機嫌だな、さっきまでは泣きじゃくっていたのに。
 本当に泣き虫だよ、千絵は」
「あなたったら……すっかり娘に手を焼いているわね。
 寝ぼけているのを無理に起こすからですよ。
 でも、千絵はきっと水が好きなんですね、とても嬉しそうですもの♪」

泳ぐ千絵の側で娘を見守る航、その光景をプールサイドで眺めている水着姿の衛がいた。

「衛の遺伝なのかな? でも、俺、最初は水が苦手だったぞ?」
「そうかも♪ ね〜、見て、見て、もう浮き輪で泳いでいますよ」
「おー、本当だ。ほらほら、千絵……こっちお出で!」
「も〜、あなたったら、何をしているんだか……ふふふ」

ばしゃばしゃと水面を叩きながら、千絵は航のもとへとよちよちと泳いできた。
航はそんな愛娘・千絵を優しく胸に受け止めた。

FIN.


後書き


好きな人のために頑張る姿って、どんな時でも輝いていますよね。


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