季節は9月、新入学のシーズン。
海神航、年齢は22才、米国に留学し、バード大学4年生に進級した。
義理の妹、春歌、19才、兄の俺と同じ大学の1年生になった。

そんなある日のこと、俺の心臓をどきりとさせる事が起きた。



「兄君さま、ふつつか者ですがよろしくお願いします」



俺の部屋、俺の前に正座して四つ指をついてお辞儀する春歌の姿があった。
トランク1つの荷物が、春歌の側にあった。

俺は突然の春歌の告白をうけ、春歌は俺の妻となることを申し入れた。
3年ぶりにあう義妹の春歌の口から突然出た言葉に、俺はただ動揺するだけだった。
 









二人の時
〜Forever〜
 
第5話 「ふつつか者ですが」 〜春歌編〜
 
シルビア












「どうした、春歌。それに、いきなり俺の嫁になると言われても。
 ……とにかく今日はここで泊まっていきなよ。疲れているだろ?」
「……はい、兄君さま。
 ですが、ワタクシでは兄君さまの妻としてずっと居てはいけないのでしょうか?」
「春歌は俺の大切な義妹だから……いきなり妻になると言われても返事に困るよ。
 とにかく一休みして、明日にでも家に戻った方がいい。
 となりの部屋、自由に使っていいから、そこに荷物をおきなよ」
「……はい…………兄君さま」


…………しばらくして、


俺は手洗いにいこうと部屋を出た。
洗面所にはいった俺はいつもと違う光景に、どきりとした。
シャワーの水の音がガラス扉1枚をはさんで聞こえてきた。
俺が足下を見ると、そこには女性の着物と下着がたたまれていた。

ガラス扉に映るシルエット、ぼんやりしていても女性の綺麗な体のラインだということぐらい分かった。
そして、そのシルエットが誰のものなのか、当然、俺は分かっていた……春歌以外にはいないから。
俺は心の動揺を抑え、トイレで用を済ませると、早々に洗面所を出ようとした。

「……兄君さま?」

ガラス扉の先から響いた声が聞こえてきた。
俺の立てた物音にシャワーを浴びていた春歌が声をかけた。
俺は返事をしないまま、洗面所をそっと出てリビングで飲み物をとり飲んだ。
どうにも落ち着かない。

やっぱり勉強もはかどらない、さっきの動揺をどうにも抑えられないみたいだ。
俺が勉強を終えて寝ようとした時、扉をノックする音がした。

「兄君さま……入ってもよろしいですか?」
「……ああ、いいけど」

俺が貸した大きめのガウンを羽織っている春歌が入ってきた。
どうにも顔が赤い気がする……さっきのガラス越しの姿をみたせいかな?

「兄君さま……もうしわけありません。
 急に兄君さまのお嫁にしてほしいなんて……やはり、ワタクシのわがままですね……」
「少し話そうか?」
「はい、兄君さま」

俺はベッドで上半身だけ起こした。
春歌はベッドの端に腰かけた。

「春歌、どうして急に、俺にあんなことを言ったんだい?」
「兄君さま……ワタクシ、兄君さまと一緒に住めなくなって、とても寂しかったのです。
 高校生の時、いろんな殿方に告白されました。
 でも、その度にワタクシの頭に浮かぶのは…いつも兄君さまでした。
 義妹ではなくて、兄君さまの彼女になりたい、いつもそう想ってまいりました。
 この3年間……ずっと、兄君さまのことばかり……」
「そうか……でも、俺は春歌のことをずっと忘れていないよ。
 約束通り、俺が大学を卒業したら、またみんなで一緒に暮らしたいと思っている。
 確かに、それまでは妹達みんなに寂しい思いをさせてしまうけど…」
「ワタクシ……ワタクシ……もう、ダメなのです。
 来年、一緒に住めるようになる、それではダメなのです。
 今すぐにでも、兄君さまのお嫁さんになってずっと一緒にいられるようになりたいのです。
 今でないと……」
「今でないといけない、なぜ?」
「……な、なんでもありませんわ。すいません、兄君さま」
「???」
「でも、兄君さま、今日はずっと兄君さまと寄り添っていてよろしいですか?
 ……ずっと…寂しかったので…その……」

春歌はベッドの上の俺に抱きついた。
ほのかに香るにおいと、ガウンのはだけた隙間からのぞけた春歌の胸、それを目前にした俺はつい春歌の願いを受け容れてしまった。
優柔不断といえばそれまでだと、自分でも分かっていたが、場の雰囲気に飲まれてしまったのだろうか?

やがて、側で、春歌の瞼が閉じていった。

(でも、弱ったな〜。どうするよ、これ?)

そう思っている俺の横で、春歌はしずかな寝息を立て始めていた。
妹達と一緒に住んでいた頃でさえ、春歌の寝顔をこんなに間近では見たことはなかったのにな。

(でも…春歌、ずいぶん綺麗になったよな。あれあら、もう3年経つのか……)

俺は春歌の寝顔を見ながら、考えふけっていた。

義理の妹でなければ…きっとこの魅力の前にして、俺は春歌を妻とは言わないまでも、恋人にしていたかもしれない。
そう、一緒に住んでいた頃だって………………
日舞、茶道、生け花…春歌の表情はいつも生き生きとして可愛い。
弓道、薙刀、剣道…勇ましくも、俺を守るための修行という春歌の想いの真剣さが伝わってくるようだ。

俺は春歌のことを大事な妹…いや、もしかしたら、妹以上に見ているかもしれない。
普段の春歌は控えめな少女だけど、その目はいつも俺のことばかり見つめていた。
その一直線なまでの真剣な視線の強さと、反面、穏やかで上品さも漂う雰囲気のギャップがまた魅力的な女の子だと思う。

とはいえ、結婚というのは、俺にはまだ早すぎる気はするけどね。
第一、こんな春歌の気持ちを受け止められるほど今の俺は……まだまだ未熟だもんな。

でも、俺が自信をもって誰かの気持ちを受け容れるようになったら
……そばにいるのは春歌であってほしい、そんな気もする。



翌朝。

兄君さま……兄君さま……むにゅー、むにゃ、すー……

「う〜ん?……あれ……あ、そうか、昨日、春歌が……」

春歌の頭の下から、俺は伸ばしていた右手をそっと抜いた。

「うーん……あに…ぎみ…さま?」
「あ、起こしてしまった?」
「あ、朝ですね、もう。……えっ、あっ(ポッ)」
「よく寝むれたかい?」
「え、あ、は、はい……えっ、あっ」

春歌はあわてて駆け布団を強く握りしめ、少しはだけていた胸元を覆った。
マジで可愛い過ぎる……いやいや、ここで動揺したらそれはさすがにまずい。
ここは冷静に…冷静に…だよな、やっぱり。

「ワタクシ……もう、お嫁にいけませんね。
 兄君さま、いよいよワタクシを娶って頂く決心をなされたのですね、ポッ♪」
「ちょっと待て、春歌。第一、俺は昨日、何もしてないぞ!」
「ふ〜、残念です。
 もし、兄君さまに抱かれでもしたら、ワタクシは兄君さまの妻になれましたのに。  ポッ」
「おいおい、春歌、そのぐらいにしてくれよ」
「はい、兄君さま♪ ……では、早速朝食をお作りしますね」


俺と春歌は朝食を済ませて、一緒に大学に出かけた。

掲示板の連絡事項を二人で眺め、

「でも、春歌も同じ大学に入学していたなんて、まったく驚いたよ」
「これでも高校の3年間はずっと我慢していたのですわ。
 だから、大学は兄君さまと同じところに留学するって前から決めいました。
 第一、そばにいないと、兄君さまをお守りできませんから。あら…」
「どうした?」
「ワタクシ、午後は休講ですね。それでは、買い物でもしておきます。
 兄君さま、夕食で食べたいものでもありますか?」
「そうだな……じゃ〜、和食ならなんでもいいよ」
「分かりましたわ。では今日も腕を奮いますね」

早々と立ち去ってしまった春歌を目で追いながら、(今日も?)という疑問が俺の頭をよぎっていた。
大学も同じ、それで俺の妻になろうってことは……少なくても同居するのは本気なのかな?


「兄君さま、お帰りなさいませ」
「あ、ああ、…ただいま。(やっぱり…)」

玄関の扉をあけた俺を、かるくお辞儀をしながら春歌が迎えた。
お帰りなさい、か……妹達と一緒の時はなかば当たり前だった日常だったな。
だが、ここ数年、それがなかっただけに俺には妙に新鮮に聞こえた。

「兄君さま、食事になさいます? それともお風呂で汗を流しますか?」
「えーと……おなかがすいたから食事がいいかな」

しばらくして、食卓に和食のおかずがずらりと並んでいた。

「へぇ〜、よくここまで作れたね。食材とか手に入りにくいだろうに。どれ…うん、美味い」
「兄君さま、お世辞ですわ…」
「うん?」
「ここではいい食材は手に入らなくて。ワタクシ、一生懸命探したのですが……」
「そんなことないよ。それに和食なんて久しぶりで嬉しいよ。ありがとう、春歌」
「兄君さま……ワタクシ、これからは兄君さまにもっと美味しいものを召し上がっていただけるように、努力しますわ」

それでも、すっかり平らげられた皿や茶碗を前にして、春歌は少し機嫌をよくした。
一人暮らしの俺にとって、俺の料理の腕を考えれば、どの妹が作っても断然美味しいと思うには違いがないのだが。
だが、春歌の料理の腕は本来いいのだが、妹達と一緒の時は料理上手の白雪がいつも作っていたので、春歌の料理を俺が食べる機会はあまりなかった。
こうして目の前で自分の料理を美味しそうに平らげられると、春歌の幸福度ゲージは否応に上がっていくのかな?

「食後の飲み物は何になさいます?」
「コーヒーを頼む」
「はい♪ 今、淹れますね」

慣れているのかいないのか、そんな手つきで春歌は豆からコーヒーを淹れていった。
だが、俺もどうにも甘え気味になっているな〜、さては、久しぶりで心地がいいからか?

「兄君さま、お砂糖はひとつでしたね?」
「ああ」

春歌は角砂糖を1つカップにいれ、なめらかにかき混ぜた。
そして、小スプーンを持つ右手を止め、コーヒーカップのとってを俺の右側むけて、俺に差し出した。
俺はカップを受け取り、コーヒーを味わった。
ドリップものでそれほど淹れる腕の差など出るものではないのだが、カップを渡す春歌の笑顔が心地よく感じていつもと違う味わいがする。
そういえば、こんな光景は昔は幾度もあったかな……時に茶だったり、紅茶だったり、コーヒーだったりとまばらではあったけどね。

でも、こうして甘えてばかり居てはいけないだろう、そう、俺は少し心を引き締めようと…したんだが…。
俺は実のところ、早めに春歌を家に帰すつもりでいた。
だが、次第に春歌のペースに巻き込まれ、春歌の顔をみると帰りなといえなくなった。
俺はなにげに春歌を愛しく思っていた、それも急速なまでの速さで心が揺れ動いていった。

結局、春歌は俺の部屋に居ついてしまっていた。

そして、二人の日常が始まって、もう1月になるかどうかの日だった。
いつものように、大学での授業を終えた俺は家に帰ってきた。

「ただいま。…春歌、居る?」

だが俺がそう言って部屋に入ろうとすると、いつもと違う雰囲気がそこにあった。

「兄君さま……」

春歌が心配そうな表情を浮かべて俺を迎え入れる。

「……今、母がいらっしゃっていまして」
「えっ、春歌のお母さんが来ているの?」
「……はい。それで」

俺は既に部屋の中にいた春歌の母・秋江に挨拶をした。
春歌の母は真剣な表情を崩さず、その目線はまっすぐ俺を捉えていた。

「航君、おひさしぶりですね。
 今日は航さんと春歌に話があって、こうしてやって来ました。
 少し、時間を頂いてよろしいですか?」
「はい」

そして、俺と春歌は、秋江の前に座った。

「春歌、なぜ見合いの話を勝手に無視したのですか?
 あれから本当に大変なことになったのですよ」
「……すいません、お母様」
「見合いを無視した理由は、航さんのことですね?」
「……はい」

「見合い? 無視? 俺がその理由?」

俺は突然聞いた秋江と春歌の話に仰天した。

「申し訳ありません、兄君さま」
「やはりそうでしたか。
 …航さん、春歌には見合いの話があったのです。
 ですが、その話をした翌日、春歌が急に家を出て行ってしまったのです。
 私達が春歌の行方を探して、ようやく見つけました。
 米国に来て、留学していたとはとても驚きましたが」
「………」
「春歌、きちんと説明してくれますね? 黙っていても何も解決しませんよ」

春歌はしばらく考え込んでから、意を決したように口を開いた。

「お母様、聞いて下さい。
 私は兄君さま…航さんを今までずっと慕ってきました。
 この想いを諦めて、他の人と見合いするなんてことはできません。
 見合いを無視したことは謝ります。
 でも、どうか、ワタクシと航さんの関係を認めてくれませんか」

秋江は春歌の言葉を聞いて、しばらく考えた。

「……航さんは春歌のことをどう想っているのですか?」
「俺は…春歌と一緒にいたいと思っています。
 でも、まだ結婚までは真剣に考えたことはありませんでした」
「…航さんは正直な方ですね。
 たとえ嘘でも、結婚したいと言うと思っていました。
 もちろん、そんな返事をしたら、二人の仲を認めるつもりはありませんでした。
 なるほど、春歌が航さんを慕うのも分かる気がします」
「お母様……」

秋江は真剣な表情は崩さないものの、少し微笑みを浮かべながら二人に向かって言った。

「春歌、あなたが家出までして反抗するとはは思ってもいませんでした。
 今まで貴方はいつも私たち親の言うことはきちんと聞くいい子でしたからね。
 でも、どうして私に一言相談してくれなかったのです、私達は親子なのですよ?」
「お母様……申し訳ありませんでした」
「いいのですよ、春歌。私は春歌に味方します。  
 私も主人とは逆境の渦中で恋愛した末、結ばれました。
 そんな私が春歌の恋を応援しないと思いますか、春歌?
 でも、勝手に米国に留学したり、見合いから逃げたり、殿方と一緒にすむなど……
  私はどこか娘の育て方を間違えたのでしょうか……」
「お母様……」
「春歌、1月の間、二人きりで過ごしなさい。
 そして自分の気持ち、相手の気持ちをきちんと見つめてみなさい。
 見合いの方は断るよう、私からお父様に進言します」
「お母様、ありがとうございます」
「今日は私と一緒に帰りましょう。身支度もろくにせずに飛び出ては何かと不便でしょう」
「はい」

春歌は7日ほど日本の実家に戻り、それから俺の部屋に戻ってきた。

数日後、俺は咲耶からの国際電話を受けた。

「どうした、咲耶?」
『どうしたって……お兄様、春歌のこと、どこまで本気なの?』
「はぁ?」
『春歌、また家出したらしいわ。
 春歌がこの前私の所に来たときに、お兄様の所にいるって言っていたから、
 もしかしてまたお兄様の所かと思ったの』
「家出だって?」
『結局、見合い断れなかったんだって。
 会いもしないで断るのは無理だって事らしいわ。
 それに春歌の実家から、家に春歌が来てないかって、尋ねられたわ』
「そうか…迷惑をかけたね、咲耶」
『そんな事はどうでも良いことなの、お兄様。
 お兄様が本気で春歌ちゃんの事を好きなら、仕方がないと思うから。
 でも、これでふざけ半分で春歌をかくまうなら、私、お兄様の事を怒るわよ?』
「咲耶……」
『お兄様を好きなのは春歌だけじゃないんだから。
 だから、せめて気持ちだけははっきりしてね、お兄様!』
「……分かった」



その夜、俺が寝ようとした時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「兄君さま……入ってもよろしいですか?」
「春歌?」
「申し訳ありません……どうにも今夜は寝付けなくて。兄君さまの側で寝てもいいですか?」

俺と春歌は一緒にいても同じ床で寝ることはほとんどなかった。
こうして春歌が俺の側で寝たいなどと言うのは、今まで一度もなかった。

「兄君さま……」

側で寝ようとした春歌は、ふいに俺に抱きついた。

「ちょっと待て、春歌! 俺に隠していることないか?」
「えっ…あ、兄君さま……ごめんなさい。実は……」
「もう二人で一緒に居られない、そう言いたいのだろ?」
「は、はい? でも、どうして兄君さまがご存じなのです?」
「咲耶に聞いたよ。また、春歌が家出したって。なら、理由は1つしかないだろ。
 つまり、俺との仲を反対されたということだろ?」
「はい……ですが、兄君さま、ワタクシは兄君さまだけの事をお慕いしています。
 他の方の元にいくなどと、想像すらできません。
 私の旦那様となる人は兄君さまだけです……大好きです、兄君さま」

涙を浮かべながら訴える春歌の表情をみながら、俺は心に決めていたことを話した。

「俺は……たった7日間、春歌がいなくなっただけで、寂しさにまけそうになったよ。
 いつからかは分からない、だけど、今の俺は春歌の事を求めている。
 俺は春歌を妹として見るだけではもう我慢できない。
  春歌、ずっと一緒にいようか……その、きちんと結婚してさ、な、春歌」
「兄君さま……本当にいいのですか、ワタクシで……こんなワタクシで」
「春歌でなければダメだよ。春歌が欲しい」
「兄君さま! 抱きしめてください、私の全てを…ずっと…」

春歌は俺を力一杯抱きしめた。
だが、俺はそんな春歌を制止し、言葉を繋いだ。

「だめだよ、春歌。
 家出の状況の今の春歌を抱きしめるなんてことはできない。
 春歌の両親に合って、春歌との正式に結婚を申し込む。
 それまで、待っていてくれないか?」
「……はい、とても嬉しいです。ワタクシ、待ちます。
 まさに私の尊敬する兄君さまですわ。
 ワタクシ、兄君さまのこと、もっと好きになりました。
 ですが、今はこれだけ……」

春歌の柔らかい唇が、俺のそれと重なった。

「これから何があってもお慕い続けます、兄君さま」




----------数日後、春歌の実家でのこと




「航君、私に何か言いたいことがあるなら聞こうか?」

春歌の父親・雄一の威厳のある声が、静かな部屋の空気を奮わせた。
この人と面と向かって合うのは始めての事だが、俺にも引くに引けない事情があった。

「俺は春歌と結婚したいと思います」
「航君、大事な見合いは無視する、勝手に二人で暮らす、それで娘の春歌と一緒になるだって?
 二人がどれだけ周りの人間に心配をかけているか、状況を理解しているのかい。
 責任をとれば済む、そんな簡単なことではない」

俺の力強い声に続き、雄一の怒りにも似た声が響いた。

「お父様、それはすべてワタクシの気持ちからしたことです。
 お叱りはいくらでも受けます。
 ですが、私の気持ちはずっと変わりません。
 航さんと一緒になりたい、その気持ちはずっと変わっていません」
「俺も春歌と二人でやっていく、そう決めました。
 どんな状況に二人がいるかなんて関係ありません。
 俺達二人が選んだことは、二人で一緒に時を刻むことだけです」
「そうか。ならば、これ以上、話すことはない」

真剣な俺と春歌の表情を見ていた雄一は、黙ってその場から立ち、無言のまま部屋のふすまをあけて去っていった。
話すらまともに取り合ってもらえないのか……

「良かったわね、春歌、航さん。お父様もどうやら二人の事を認めたようよ」
「えっ?」
「お父様は照れ屋なところがあるから、ああ見えても心の中では喜んでいるのよ。
 春歌達に言ったことあったわね、私たち夫婦も逆境での恋愛だったって。
 昔ね、お父様も随分な反対に遭ったの、それでも私を選んでくれたわ。
 きっと、お父様は、あなた達の気持ちの強さを見たかったのね、きっと」
「お母様、私……」
「春歌、お父様の事が好きなのでしょう?
 いってらっしゃい、春歌。たぶん、お父様は茶室にでもいると思うわ」
「はい」

春歌は立ち上がって、部屋を出て行った。
残された俺に向かって、秋江は静かな口調で言った。

「春歌は幸せな娘ね。きっと、あなたがそうしてくれたのでしょう、俺さん。
 これからも春歌の事、頼みましたよ」
「はい」

そして、俺は春歌の後を追った。



茶室からこぼれる部屋の灯りを見つけた春歌は、ふすまの前に佇んで声を掛けた。

「失礼いたします。春歌です。……お父様、入ってもよろしいですか」
「ああ、お入り。……航君もいるのかい?」
「はい」

和室の中央に、正座して茶を点てていた父が春歌の方を向いて言った。
春歌はふすまを越えたところに佇んだ。

「側においで…せっかくの機会だ、ひとつ、どうかね?」
「…はい」

春歌は父の側で正座した。
春歌の父・雄一はひしゃくでお湯を茶碗にいれ、手慣れた手つきで茶筅でかき混ぜる。

「春歌、お前が生まれた時も、私はこうして茶を点てていたよ。
 春の季節、木々のゆらぐ音や小鳥のさえずりがハーモニーを奏でていたな。
それで、生まれたお前を春歌と名付けた」

雄一は茶筅を持つ右手を止め、茶碗をくるりと回して春歌に差し出した。
春歌はそれを受け取ると、ゆったりとした動作で茶を味わった。

「今の季節だと、外からは寂しい音しか聞こえないな……
 そういえば、秋江と結婚したのが今ごろだったな。
 周囲に反対されて、先の将来がとても寒く感じて、ただ二人でいることだけが暖かい…
 俺たちはそんな夫婦だった。
 そして、冬の寒さを乗り越えて、やがて春が来て、春歌が生まれた。
 あの時は本当に嬉しかったな……春歌、お前は俺達夫婦の最愛の娘だよ」
「お父様…?」

「それなのに、冷たいぞ、春歌。
 どうして俺に一言相談してくれなかった?
 春歌の選んだ相手を私が嫌うとでも思ったのかい?」
「お父様、申し訳ありません。
 ……でも、お父様、お母様と同じことを仰ってますわ」
「秋江と同じ? ふふ、なるほど、俺たち夫婦は似たもの同士というわけか」
「うふふ、素敵ですよ、お父様もお母様も……ワタクシ、二人とも大好きです」
「そうか?
 だが、春歌、もう家出なんかするな。
 この家から春歌がいなくなったら…ここには春が永遠にこなくなるじゃないか。
 いつでも幸せそうに笑っていなさい。そして、たまには私達に顔もみせにくるといい。
 ここは、お前の家なのだから、遠慮などするな」
「はい、お父様。…それに、ありがとうございます、お父様」
「例など、要らない。その代わり、幸せになれ、春歌」
「はい、お父様……今度は私が茶を点てますね」

今度は春歌が茶を点てた。
母から教わった作法通りに茶を点てる春歌、茶碗を差し出す春歌は笑顔を浮かべていた。
茶を飲み干した雄一は、すこしぼんやりとした表情を浮かべた…何かを思い出すような、そんな表情で春歌を見つめた。

「まるで、若い頃の母さんと一緒にいるみたいだな」
「ふふ、そうですか? でも、こうしてお父様と過ごすのは、何年ぶりでしょうか」
「たまにはいいな」

俺はそばで春歌と雄一の様子を見ていた。
結婚を決めたとは言え、俺の気持ちはまだ淡いものだと実感させられた。
それでも……これから春歌と紡ぐ時に期待を寄せている自分がいた。
春歌となら、きっと幸せになれる、いや、幸せにしてみせる。



〜エピローグ〜



「春歌のこと聞いたわよ、お兄様。
 さすが、お兄様ね♪ いざというときはきちんと決めるのね」
「からかうなよ、咲耶」
「いいな〜、春歌。私もお兄様のところに押しかけていればよかったかな〜」
「お前までそう言うか、咲耶」
「当然よ♪ 春歌に負けたけど…お兄様のことは大好きだもの」
「………」
「でも、お兄様、これからが大変なの。分かっているかしら?
 乙女の夢を精一杯叶えてあげないとね、お兄様」
「???」
「分からないの? も〜、お兄様の鈍感!」




その咲耶の言葉を、俺は後に理解した。
南の島での新婚旅行、俺と春歌はホテルのベランダから、地平線に沈み行く夕日を眺めていた。

俺が手を回した春歌の両肩が震えていた。

「不安なのかい?」
「…はい、兄君さま。
 申し訳ありません、兄君さま。
 ワタクシ、しっかりおつとめを果たせるのか心配で」

俺は視線を地平線の方に向け、しばらく考えこんだ。

「誰でも最初は不安になるらしいね」
「ワタクシ…つい怖くなってしまって」

俺は春歌の目をじっと見据えながら、優しい気持ちで見つめていた。

「そう怯えることもないよ。
 これからもずっと二人一緒だからね、春歌」
「……兄君さま、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「ああ。俺の方こそよろしくね、春歌」

これ以上の言葉は要らないのかもしれない。
俺は春歌の体を抱き上げ、部屋に戻り、ベッドに横たえた。
俺は窓とカーテンを閉じ、ベッドに戻った。

俺はベッドに横たわる春歌の口元にそっと自分の唇を重ね、灯りのスイッチを切った。

「愛しているよ、春歌」
「兄君さま……いえ、あなた、愛しています。
 ワタクシ、これかもずっとお慕いしますから……」

俺と春歌の二人のハネムーンの初日の夜が過ぎようとしていた。

FIN.


後書き

春歌、私のお嫁さんになって……そんなささやかな願望でした。


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