ここは米国。
航は机の上にあるオルゴールを開けた。
そのオルゴールには、航と可憐をそれぞれ象った、香りのする小さな人形達が入っていた。

オルゴールと人形は、航が米国にくる日に可憐が航に贈ったものだった。
以前ならオルゴールを開けるとほのかにいい香りが漂ってくる、そんなオルゴールも今では何も香ってこない。
香りのしなくなった人形、それが過ぎ去った時間の長さを語っていた。
航はオルゴールの蓋を閉じ、静かに自分の部屋から立ち去った。



3月5日の昼、水上航は成田国際空港に到着した。



航の年齢は20才、米国に留学し、バード大学に籍を置く2回生である。
航は外見は2枚目で性格もとても優しいのだが、彼に恋人という存在はいない。
女性が苦手というのではない、これでも妹が12人いて、その全員に慕われる立派なお兄ちゃんである。


留学しているとはいえ、大学の休みは長く、航は休みの都度日本に来たのだ。
だが、留学してからというもの、妹達の寂しがりは次第にエスカレートしていった。
留学前はプロミス島で一緒に暮らしていただけにその反動が大きかったのだろう。

航は航なりに、一生懸命、妹達全員を平等に大事にしていた。
兄の身は1つ、だが妹達の願いは12人分あり、留学先の航のPCには毎日のように妹達からのメールが送られてきていた。
ちなみに、航が普段直接会えるのは、米国に留学した鈴凛と、米国で医療を受けている鞠絵だけだ。
咲耶もまた高校3年生であり今年は高校を卒業する、こういったイベントに奔走していた。


だが、今回の帰国はそれだけが目的ではなかった。
航はある決意を胸にして、日本に帰国していたのだ。

『お兄ちゃん、可憐の卒業式の日は日本に来てくれますか?
 
                              可憐』

という可憐の願いを受けて、この度、米国から一時帰国したのだ。
今回、航は1月ほど日本に滞在することにしていた。
 









二人の時
〜Forever〜
 
第1話 「スピカの純情」 〜可憐編〜
 
シルビア










日本、ある平日の放課後。

可憐のクラスメート、雪菜が可憐に声をかけた。

「お兄ちゃんが卒業式に来てくれるって言ってくれたの。可憐、それがとても嬉しくて♪」
「可憐ちゃんはいつもお兄ちゃん一筋だったものね。 ……どれだけの男子が影で泣いたことやら」

本人は控えめで謙遜しているが、その美貌、とりわけ可愛らしさprettyという単語がこれほど当てはまる娘は学年にはそうそういるものではない。
その可愛らしさに相応しい優しい性格が可憐の外見の魅力を一層引き立てていた。

「そんなことないわ。だって、可憐は平凡な女の子だもの。もてるなんて……」
「はぁ〜、可憐のお兄ちゃんが羨ましいわ。これだけ可愛い妹に慕われてるんだから」
「そ、そんな……」
「ところで、可憐ちゃん、一緒に帰らない?
 寄り道して、美味しいものでも食べに行こうかなって思ったんだけど」
「ごめんなさい、今日は日直の仕事がまだ残っているから」
「うん、わかった。じゃあね、可憐ちゃん」
「さよなら、雪菜さん」

この日、可憐は一人で下校した。
可憐の住む町の駅ビルには多くのお洒落な店が軒を並べていた。
可憐の家と学校は駅を夾み逆側にあったので、可憐は駅ビルの中を抜けて下校する。
いろんな制服を着た生徒達が、下校途上にその界隈をにぎわせていた。

(あ、新しい店が出来たのね。お洒落なお店……入りたいな〜)

可憐は誰かと一緒なら、間違いなく立ち寄っていたであろう。
可憐は店のショー・ウィンドーをちらり見して、残念がった。
フルーツが一杯のっているミックスパフェが見栄えからして美味しそうに見えた。

(残念、日直が無ければよかったのに。一人だとちょっと……
 雪菜ちゃんと一緒に帰ればよかったかな〜)

「あれ? 可憐、可憐じゃないか?」
「あ、お兄ちゃん♪ ……でも、どうして?」
「今、空港から来たところでね。
 乗り換えばかりで疲れたし、一息つこうかなと思って店を探していたんだよ。
 そうしたら、可憐の姿を見かけてから、声をかけたんだ」
「お兄ちゃん、それなら、可憐と一緒にこの店に入りませんか?  ……ちょっと入りにくくて困っていたの」
「喫茶店? 構わないよ。ちょうど俺も探していたところだし」
「ありがとう、お兄ちゃん」

可憐と航は一緒に喫茶店に入った。
喫茶店というには、少し内装が綺麗でオブジェ等が店のあちこちに飾ってある、
ちょっと落ち着いていて、ロマンチックな雰囲気のある作りだった。

二人はウェイトレスの持ってきたメニューに目を通した。

可憐の興味はショー・ウィンドーにあったフルーツが一杯乗ったミックスパフェだったが、その隣には少し大きめのカップル向けのパフェも並んでいた。

可憐はなかなかメニューを決められなかった。
可憐に決断力がないわけではない、二人の座った席の配置では可憐の目の前に久しぶりに会う航お兄ちゃんの姿が映っていたので、可憐は少しドキドキしていたのだ。

「お決まりでしょうか?」
「えーと、俺はホットラテで。可憐は何にする?」
「あっ、えーと、これで……」

可憐はメニューを指さしながら、ウェイトレスに伝えた。

「ホットラテと、ミックスパフェのカスタム仕様でよろしいですね?
 畏まりました」
「はい」

航は可憐の指さしたものをちらっと確認して、答えた。

穏やかな表情でウェイトレスに答える航にどきっとした可憐は、自分が注文ミスしたことに気付いていなかった。
可憐は”カスタム仕様”とウェイトレスが復唱した部分を聞き逃していた。

「お待たせしました。ホットラテと、ミックスパフェのカスタム仕様です」
「えっ? これ、頼んだパフェよりも大きいわ」
「カスタム仕様なので普通のパフェよりも具も量も多いのですけど……あの〜、ご注文が違いましたか?」
「可憐、注文は間違ってないよね? 可憐の指さしていたのと同じだと思うけど」
「そ……そう、お兄ちゃん。それなら、可憐はこれでいいです」

ウェイトレスが去ってから、可憐は少し照れた表情をした。
パフェのスプーンが2つ置かれていたからだ。
だが、すぐに少し後悔した。

「……可憐、本当にそれを一人で食べるのか?」

年頃の女の子の可憐にしてみれば、大好きなお兄ちゃんの前で大きいパフェを食べるのは少し恥ずかしい。

「お兄ちゃん……あの〜……これ食べるの、手伝ってくれませんか」

意を決した可憐は、お兄ちゃんに救いを求めた。
航の頼んだものもホットラテという甘い飲み物で、さらに甘いモノを食べて欲しいとお願いするのだから、可憐もさすがに申し訳ない表情を浮かべていた。

「仕方ないな、いいよ。それじゃ、俺にもスプーンをくれないか」
「はい……ごめんなさい、お兄ちゃん」

可憐はスプーンを航に手渡した。
それから可憐と航は二人で1つのパフェ容器から中身を取り合った。

実は可憐は1つのスプーンで食べ合いたかったが、それは恥ずかしくて言えなかった。
だが、二つの使っているスプーンが少し解けたアイスの中で時折触れて金属音が聞こえると、可憐は少しドキッとしていた。

「可憐はさくらんぼが好きだったね。これは可憐がたべなよ」

航はスプーンにさくらんぼを乗せて可憐の方に差し出した。
私の好みを覚えていてくれた、可憐は少し嬉しくなって浮かれてしまった。

「ありがとう、お兄ちゃん。
 あーん♪ (ぱくっ)……美味しい♪」

航は可憐の様子に少し呆けたが、なにげなく流した。
可憐も兄の表情の変化を見て、自分のしたことが急に恥ずかしくなり、それ以上の言葉は繋げなかった。

照れて少しそらした可憐の視線の先に、喫茶店の内装のとあるオブジェがあった。
壁の柱に飾られたレリーフの彫刻で、女神像のようなデザインのものだった。
その像を見た可憐の脳裏に、懐かしい思い出が浮かんできた。




それは3月のこの時期、幼い可憐がお兄ちゃんと一緒にすごした時の思い出だった。

「可憐の誕生日は、えーと……9月23日だったね
……そうすると乙女座(Virgo)で、主星はスピカなんだって」
「うん」

航と可憐は二人で並んで座り、星座占いの本を読んでいた。
可憐は当時7才、航9才で、可憐が読むには占いの本は漢字だらけで難しかったので、
可憐の代わりに航が読んであげていた。

「それじゃ、説明のところも読んであげるね。えーと……」


<この星座の特徴>
 乙女座は、春の終わりから夏のはじめにかけて、夜空に見える星座です。
 乙女座の形は収穫の女神を象徴しています。
 夜空を見上げると、翼のはえた乙女が左手に麦の穂をもった形のように見えます。
 乙女座の主星はスピカという星で、ラテン語で「穀物の穂」「麦の穂」という意味だ と言われています。
 アルファベットの「M」の字みたいな乙女座のマークは、乙女の髪の形を象徴したもので、永遠の若さと清純さを表すといわれています。
 春の夜空に、ただひとつ、ぽつんと輝くスピカのおだやかな白色の光から、
 日本では「真珠星」と呼ばれています。
 その光は宝石に真珠を思わせるような乙女の純情を表すことからこう呼ばれています。

<伝説>
 ギリシア神話では、正義の女神アストレア、収穫の女神デメテルとその娘の花の女神
 ペルセポネ等がこの星座に関わる話として伝えられています。

<性格>
 乙女座の守護星は水星で、思考・知識・コミュニケーションなどを司る星です。
 その水星の影響が乙女座にも影響を及ぼしているため、乙女座の人は実務能力と
 分析能力にたけ、几帳面で繊細な神経の持ち主であると言われています。
 反面、ともすると細部にこだわるあまり大局を見失いがちなので、リーダー役よりは
 誰かを補佐する秘書等のサポート役のほうがその持てる才能を発揮しやすいのです。


「ふーん。
 でも、どうして、春の終わりから夏のはじめに見えるのかな〜。
 私の誕生日は9月だから、秋じゃないの?」
「ぼく達の住んでいるのは地球の北側だから、半年先の星座が見えるんだよ。
 だから、乙女座だとね、3月から6月ぐらいの時に見ることができるんだよ」
「わ〜、お兄ちゃんって、頭がいいんだ〜。可憐、そんなこと、知らなかった」
「あはは……でも、今の時期だと、夜に星をみたら、可憐の乙女座を見ることができるね」
「それなら、お兄ちゃん、今夜、可憐と一緒に見ない?」
「いいよ。乙女座には明るい星があるから、ここからでも見られるらしい」

その夜、可憐と航はベランダで二人並んで夜空を見上げた。

「お兄ちゃん、乙女座ってどこにあるの?」
「少し見えにくいけど、星図をみながらだとなんとか位置が分かるね。
 ほら、可憐もこの星図を見てごらん」
「字が難しくて、可憐、読めない。お兄ちゃん、可憐に教えて」
「じゃ〜、お兄ちゃんの言うとおりに見てみような。
 まず、北の方角を眺める。えーと、北はこっちだったな。
 そうすると、北斗七星と呼ばれるひしゃくのような分かりやすい7つ星があるんだ。 
 それから、へこんだ部分の先に明るい星があるよね、これが北極星。
 ひしゃくの手で持つところを長くのばすと明るい星があるね、これが牛飼い座のアークトゥルス。
 最後に、それをさらに伸ばして見つかる星、これがスピカ。
 このスピカの有るところが可憐の乙女座だね。
 北極星・北斗七星・アークトゥルス・スピカを線で結んだのが、春の夜空の代表的なもので「春の大曲線」と言うんだって」
「やった〜、お兄ちゃん、見つかった♪」

あの穏やかな白い光のような乙女になりたい、可憐はその時心で感じていた。
それは幼い可憐の、かわいい純情な気持ちの現れだった。



乙女座の象徴する清純な女の子、スピカの光のようなまっすぐで純情な気持ち、いつしか可憐はそのイメージ通りの女の子に成長していた。
ただ、お兄ちゃんばかりを見つめて、他のことに目がいかなくなるところも、とても乙女座の女性らしいといえたのだが。
そして可憐の前には、想い人のお兄ちゃんがいた。

「可憐、どうした? ぼーっとして」
「あ、ごめんなさい、お兄ちゃん。
 あのね……あの彫刻をみたら、神話の女神様が浮かんできたの。
 それで、昔、お兄ちゃんに乙女座の星のことを可憐に教えてくれたこと、思いだしたの」
「そういえば、そんなこともあったね。
 あの頃は俺が可憐にいろんな本を読んであげていたね。
 星の話もしたよね。あの頃の可憐は星占いに夢中だったから」
「お兄ちゃん……覚えていてくれたの? 可憐、嬉しいです♪」
「でも、小さい頃のささいな話を覚えていた位で、そんなに感激するものか?」
「お兄ちゃん……お兄ちゃんは気付いてないのね……」

可憐は少しだけ、寂しそうな表情を浮かべた。

「可憐、どうかしたの?」
「う、ううん、なんでもないの。
 それより、お兄ちゃん、今度、久しぶりに一緒に星を見たいんです。
 昔みたいに、お兄ちゃんと一緒に夜空を眺めてみたいの」

航の不可思議な表情を見た可憐は、自分の不安を無理に打ち消すような笑顔を浮かべた。

「俺と一緒に夜空を? まあ、いいかな。
 えーと……3/11……その日でよければ予定はないから大丈夫だよ」
「ありがとう、お兄ちゃん♪ 可憐、その日を楽しみにしています」

可憐は、スプーンでパフェをすくって一口食べると、そのままスプーンを唇でくわえたまま、頬に照れ笑いを浮かべた。

可憐には、一つ、お兄ちゃんにだけ相談したい悩みがあった。
実は、卒業式に来てほしいとメールでお願いしたのも、その相談のためでもあった。
だが、この時の可憐は航には何も言えなかった。




「……綺麗」
「良かったな、可憐。雲一つない満天の夜空になるなんて運がいいね」
「はい♪
 可憐、今夜晴れてくれますようにと、たくさんお祈りしました」
「あれか?」
「そうなの……でも、お兄ちゃんに見られると、なんか恥ずかしいです」

航と可憐は、可憐の部屋のベランダから夜空を見ていた。
その可憐の部屋の外窓には、のべ30個以上もの照る照る坊主が吊されていた。

「しかし、いくらなんでもこんなに作るか?」
「お兄ちゃん♪ 私の事、言えますか?」
「えっ……あっ!」

可憐は航のズボンの後ポケットに入っていたミニ照る照る坊主を取り出しながら言った。

「気付かれていたか……はは……」(汗)
「お兄ちゃん、ありがとう。
 ……可憐のために今日晴れますようにと一緒にお祈りしてくれて」
「まあ、その……せっかく可憐と一緒に星を見るわけだし……どうせなら……
 でも、こうしていると、昔を思い出すね」
「うん。あの頃って、お兄ちゃん、よく難しい本を可憐に読んでくれて。
 ね〜、お兄ちゃん、可憐、ひとつお願いしていいですか?」
「うん? いいけど」
「お兄ちゃん、ちょっと待っててくれますか?」

可憐は部屋に戻り、1冊の本を手にして再び戻ってきた。
手にしているその本はギリシア神話の本だった。

「この本、読んでもらえませんか。
 しおりをはさんだところの物語をお兄ちゃんに読んで欲しいのです。
 私の好きなお話なので」
「ふーん、『ハデスとペルセポネの物語』か。じゃ、読むぞ」
「うん……」

*****************************************************************************

天界の神が多くの恋物語を残す中、冥界の王ハデスは浮いた話がほとんどなく、恋愛への関心がなかった。
王でありながら妻を娶らずじまいであるハデスの境遇を気にした神は、エロスに命じてハデスが恋をするようにし向けた。
エロスの放った恋の矢に射抜かれたハデスの感情は、花園で花を摘んでいた女神ペルセポネを目にして恋に落ちた。
ハデスの高ぶる恋心は、天空にいるペルセポネを略奪し自分の妻に娶った。
ペルセポネは冥界で悲しみに明け暮れるた。
だが、次第にハデスの純粋な優しさに心惹かれハデスを次第に愛するようになっていった。
それでもただ1つの心残りである母である豊穣の神デメテルと別れはペルセポネの心に悲しみをのこしていました。
一方、母デメテルも、失踪した娘を天界中駆け回り探したものの、まさか自分の娘が冥界の王の后となっていたとはしりませんでしたが、ふとした手がかりからその事実を知ってしまいました。
デメテルの願いにより、ペルセポネは母との再会を果たしたが、その際に、ハデスの冥界の作物であるザクロの実を口にしてしまったため、運命の女神モイラ達の取り決めにより、1年のうち食べた3つの数だけの月数を冥界で過ごすことを余儀なくされました。

ハデスとの結婚を承認し、デメテルの訴えを退けられない立場のゼウスはこの状況下で、
和解案を呈示し、神の言葉として約束したのです。

「一年の巡りを 等しく 4つに分ける
 石榴の実を 3粒 食べてしまった
 ペルセポネを一年のうち 3ヶ月間冥界の夫のもとに 住まわせ冥界の女王として 冥王とともに死者の国を 治めること。
 残りの 9ヶ月間を天界の母のもとで 住まわせ春(新たなる生命)の女神としてすべての生命の成長を司ること。
 天界・冥界の二つの国に共通する女神とする」

この調停をハデスもデメテルも受け容れた。
ペルセポネが天空にいる春・夏・秋と冥界にいる冬、こうして 『季節』 が 生まれ等しく4つにわけられました。

(※長いため、詳説は略します)


(補足)
この物語は、運命に導かれたペルセポネとハデスの二人の恋物語としても知られている。
まだ、恋をも知らない花も恥じらうような純粋な女神ペルセポネ、彼女が運命に導かれて冥界の后になり、自らの運命の原因ともいうべき夫ハデスの愛と恋に落ちていく。
次第に自分の運命を受け容れつつあるペルセポネの心境の変化と、ハデスの全てをかけての純粋な思いがあってこそ、その二人の幸せが紡がれたともいえる。
そんな読み方もできる物語でもある。

*****************************************************************************

「お兄ちゃん……ひとつ聞いていい?」
「何だい、可憐?」
「お兄ちゃんは、たとえ運命に立ち向かってでも好きな人と一緒に居たい、
 それほど好きな女の子がもし居たら略奪してでも自分の妻にしたい?」
「本当に好きになったら……何があっても一緒にいるかもしれない」
「お兄ちゃん……可憐、例えペルセポネのような境遇になっても、お兄ちゃんと一緒にいたいな」
「えっ?」
「お兄ちゃんと一緒にいられないのは悲しいから。
 ……幼い頃はずっと一緒で、
 ……お兄ちゃんと再会して、また、一緒に住むようになって、可憐、幸せでした。
 でも、お兄ちゃんが留学してからは、なかなか会えなくて……
 お兄ちゃんを好きになればなるほど、会えない時間が一層寂しくなって……」
「可憐……」
「いっそ、お兄ちゃんが可憐をどこにでも連れ去ってくれたら……それがどれだけ嬉しかったか」
「可憐、お前……そこまで……」
「ごめんなさい……お兄ちゃん、気にしないで。何でもないの……」



可憐の高校の卒業式の日がやってきた。



「可憐〜!」
「あ、お兄ちゃん! ふふ、来てくれたんですね♪」
「当然だよ。大切な妹の卒業式だもの」

可憐の瞳に寂しい色が浮かんだ。

「そ、そう……あのね、お兄ちゃん、ちょっとお話をしていいですか?」
「ああ、構わないよ」
「うん……それじゃ、屋上にでも行きましょう」

正門前に比べ、ほとんど人気のない屋上に、可憐は航を連れて行った。
航に背を向けて、両手を後に組みながら、可憐が話し始めた。

「可憐ね、この場所が好きだったの。
 ここでお昼を食べながら、放課後に夕日をみながら、いつも過ごしていたの。
 ここから見える空の先にお兄ちゃんがいる、そう想う時間が可憐の楽しみだったから。
 そして、いつも祈っていたの、お兄ちゃんに早く会えますようにって」
「そうか。ごめんな、可憐。ずっと一緒に居られなくて」

寂しげな笑顔を浮かべながら、上半身だけ振り向いた可憐が話を繋げた。

「ううん、いいの、お兄ちゃん。
 可憐が勝手にそう思っていただけだから。
 お兄ちゃんも自分の夢を叶えるためにがんばって居るんだもの。
 可憐だけがわがままを言ってはいけないの。
 でも、ずっとお兄ちゃんと一緒に居たかったのは……本当のこと」
「可憐……」
「だから、可憐は、やっぱりお兄ちゃんの側にいることにしました。
 高校を卒業したら米国に留学して……できれば、お兄ちゃんと同じ大学に通って、お兄ちゃんと同じ屋根の下で一緒に暮らしたい。
 そんな風に少しでも長くお兄ちゃんの側にいたいの」

可憐の顔には真剣な、でも不安の残っているような表情が浮かんでいた。
航も真剣な表情を浮かべながら、口を開いた。

「いいのかい、可憐? 両親や妹達とも離ればなれになるんだよ?」
「……ちょっとだけ不安です。
 でも、お兄ちゃんの気持ち次第では、可憐はもう迷わないつもりです。
 だから、聞かせてください、お兄ちゃんの気持ちを。……私への気持ちを」
「俺の気持ち?
 ……俺は可憐とずっと一緒にいたいと思っているよ。可憐は大切な妹だから。
 可憐の事をずっと見ていたい、可憐のそばに居たい。その気持ちは……本当だから。それに……」

航は少し間をおいて、話し始めた。

「可憐、米国に行く前に俺にくれたオルゴール、覚えているかい?
 中に小さな香りの入った人形を入れてくれていただろ」
「……うん、覚えている」
「その人形、もう香りがしないんだ。
 その香りはいつも俺に可憐を思い出させてくれて、それで、俺は何度も開けていたから。
 そのおかげで、俺、ホームシックにならずに済んだかもしれない」
「そう……ですか」
「可憐、米国においで。わがままだけど、俺は可憐に側に居て欲しい。
 あのな……これからも可憐の香りをいつでも側で感じていたい。
 俺は可憐のことを妹じゃなく……これからは一人の女の子として見たいから」
「それ……本当なの、お兄ちゃん?」

可憐の瞳が潤んだ……一番聞きたい言葉が目の前にいる航の口から聞けたから。
だが、涙でかすんだ可憐の目には航の姿が歪んで見えた。

「本当だよ。俺の本当の気持ちだ、可憐」

航は可憐の涙をハンカチで拭って、優しく言った。

「可憐……お兄ちゃんと離れて見て、よく分かったんです。
 妹じゃなくて、お兄ちゃんに一人の女の子としても見られたいんだって。
 だから、お兄ちゃんが私のことをそう見てくれるなら……可憐はもう迷いません。
 可憐は、お兄ちゃんがどこにいても付いていきます。もう、側から離れません」
「ありがとう、可憐。嬉しいよ」
「……お兄ちゃん、ごめんなさい。
 可憐、また、わがままを言っていますね。
 お兄ちゃんと気持ちが繋がっている、それだけでも十分嬉しいのに」
「たまにはわがままを言えよ、可憐」
「ありがとう♪ お兄ちゃん、大好き♪」

可憐は航の唇にそっと自分の唇を重ねた。

「あのね……これ、可憐のファースト・キスなの」
「あれ? 幼い頃に可憐にたくさんキスされた覚えがあるけどな?」
「も〜、お兄ちゃん! あのね……恋人への想いを込めたキスは初めてなの」
「……分かっているよ、可憐」

航は可憐を抱きよせて、今度は航から可憐の唇に優しく自分の唇を重ねた。

「もう俺のそばから離れるなよ、可憐。ずっと一緒にいよう」
「はい♪」




〜エピローグ〜


数年後、教会の扉を抜けてくる、航と可憐の二人の姿があった。

「可憐、綺麗だよ」

可憐は、航の横で、ほのかに照れている笑顔を浮かべていた。

「可憐は……世界で一番の幸せ者です!」

それは、可憐がいつか見た自分の夢の続き
……航に届いたスピカの純なる心、そんな可憐の想い。

FIN.


後書き


可憐のストレートで純粋な愛情表現、私は好きです。
こんな可憐は何度でもSSに書きたいですね。

〜読者の皆様へのお願い〜
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