夕飯の後かたづけが終わると、皿洗いを手伝ってくれたセルフィーが何やら思い詰めた顔をしてセルシアに話しかけて来た。
「セルシアちょっといい?」
「ふぁ……何?」
セルシアは疲れのためあくびが出た。
「眠たそうだね」
「ん、ちょっとね。最近稽古で疲れてるから」
「……そっかぁ」
「それでなぁに」
「いや……その……料理を教えて欲しいなぁ何て思ってるんだけどぉ……」
セルフィーはもじもじしながら上目遣いにセルシアにお願いした。
(うあっ……可愛い……)
セルシアは一瞬ドキッとした。一人っ子だったのでまるで妹が出来た気分だ。
「いいわよ。お姉さんに任せなさい」
「本当っ! やったね。じゃあ材料取ってくるから待っててね」
そう言ってセルフィーは厨房から駆け出して行った。
(? 材料はここにあるのに……)
セルシアは疑問に思ったがセルフィーがいないことにはどうしようもない。しばらくここで待つ事にした。
「お待たせぇ」
セルフィーは何やら大きな背負い袋を持って来た。
「何それ?」
セルシアが聞くと、セルフィーは得意げな顔になって説明し始めた。
「え~とねぇ。私って魔道士である上に薬剤師でもあるのよ。この中にあるのは薬草とか魔法の薬で、薬膳料理何かで使われてるのとかも集めたの」
「へ~すごいわね」
「うへへへっ。集めるのに苦労したんだから。乾燥した奴は持つから王宮からいっぱい持って来たのがあるけど、持たない奴は町や都市でいちいち買わなきゃいけないからね」
「へ~」
セルシアは興味に引かれて、背負い袋の中から色々と取り出しては手に取って見た。
ビンに入った茶色い粉や白い葉っぱ、何かの魚や海藻を乾燥させた物。それらしい物が沢山あった。しかし……
「何これ?」
セルシアは光り加減で七色に光る液体の入ったビンを、手に取って言った。おとぎ話で魔女なんかが使っていそうだ。
「あ、それ。うふふふっ」
セルフィーの不気味な笑い声に思わずセルシアは引く。
「それはクレイモアの葉とローレライの鱗を煎じて、マダール水に解かした物よ」
「?」
「って言ってもわからないかぁ。まぁ……滋養強壮に良い薬よ」
「……そう」
何やら雲行きが怪しくなって来たとセルシアは思った。
「あの、じゃあこれは?」
今度は同じくビンに入った蛍光緑の液体で、ボコボコと常に泡が弾けている。
「それは消化促進と胃を綺麗にしてくれるの」
「……」
セルシアはまじまじとそのビンの中身を見つめた。何ととても危険な代物に感じる。
(本当に効くのかしら……)
「ふんふんふん~」
セルフィーは鼻歌を歌いながら、ボールの中に挽肉、タマネギ、卵にパン粉を入れてこね回した。セルシアはまずセルフィーの料理のどこが悪いかを見ることにした。何か一品セルフィーに作らせる事にしたところ、どうやらハンバーグを作っているようだ。ここまでは何の問題もない。しかし……
「ふんふん~」
セルフィーは持って来たビンを開けると、真っ黒な粉をボールの中に振りまいた。
「ちょっ、ちょっと何入れてるのよ!」
慌ててセルシアが止めに入った。
「えっ、血液の強壮薬を少々……」
「強壮薬?」
「そう。体にいいわよ」
「……味の方は?」
セルシアは恐る恐る聞いた。
「舐めてみる」
そう言われてセルシアはビクビクしながら黒い粉をちびっと舐める。
「ほんの少し辛いわね。でも気になる程でもないと……」
「だから大丈夫だと思うけど」
「う~ん」
どうやらセルフィーが作る料理はどれも薬膳料理なのだろう。
「うりゃっ」
セルフィーはフライパンの上に油を引くと、出来た肉の塊をその上に乗っけた。
「それっ!」
「えっ!」
何気ない手つきで、セルフィーは紫色の液体をその上に注いだ。
ジュッジュゥゥゥゥウウ!
液体と同じ紫色の煙が立ち昇る。
「ひぃえええぇぇええ!」
セルシアはその光景を見て恐れ戦いた。
「止め止めっ! 何使ってるのよ!」
「えっ……今度は延命効果のなる薬よ」
延命効果……怪しすぎる。
「味の方は!」
セルシアは叫ぶように言った。
「……舐める勇気ある?」
そう言ってセルフィーは常に揺れ動く紫色の液体の入ったビンを、差し出した。
「え、遠慮しとくわ」
できあがったハンバーグを見ると、見た感じ普通だ。たれもまともに見える。しかしあの紫色の煙を見た後だと、怖くて手が出せなかった。
「セルフィー。別に薬膳料理じゃなくても普通の料理でいいんじゃない?」
「え~普通の料理だと刺激が足りないよ」
「へっ? 刺激」
「そう、こう、脳天を突く抜けるような衝撃」
そう言ってセルフィーは自分で作ったハンバーグを一口食べる。
「はふぅう」
何やら美味そうに食べている。セルシアは警戒しながらも小さくカットしたハンバーグを口に入れた。
「っんんー!」
まさに脳天を衝撃が突き抜けた。目が霞、視界が白くぼやける。更に誰かが笑っている幻聴まで聞こえて来た。
セルシアの意識が戻った時、目の前の皿の上は綺麗になくなっていた。
セルフィーが全部食べたのだ。セルシアは信じられない物を立て続けに見た。
「セルフィー……まさか全部食べたの?」
「うんっ。セルシアはどうだった?」
「……」
「やっぱりまずかった? はっきり言って良いよ」
「美味くはなかったわ……」
と言うか美味い不味い以前の問題だった。そしてセルシアは確信した。セルフィーは味音痴なのだ。普通の人と味覚が少々……いや、大分違う。
「その……薬膳料理は止めた方がいいと思う」
「えっ何で」
「多分あの怪しい……じゃなかったあの薬品が味を駄目にしてるのよ」
「ええっ……そうなのかなぁ」
セルフィーはなぜか意外そうに言った。
「そうなの!」
セルシアは少し強めに言う。
「……でもアルには健康にいい物食べて欲しいのよ」
「えっ、アル?」
「そう。アルって凄い魔法使うでしょ。魔法って結構体に負担がかかるのよ。今はいいけど歳取ってから絶対若い頃のツケが回ってくるわ」
「……アルの事好きなの?」
セルシアは何気なく聞いてみた。
「あっ、そう言えばセルシアって知らなかったわね。うふふふふっ。私とアルはオリュンポス一のラブラブカップルなのよ。うふふふふぅ」
「ええぇぇぇえええ! そうだったの!」
「そう。だからアルには長生きしてもらわないとね」
「その前に美味しい料理を作ってあげるべきでは……」
「だ・か・ら・セルシアに頼んでるんじゃない。アルに絶対美味しいって言わせたいの。しかも健康な薬膳料理で」
「薬品……」
「でもぉ」
「はっきり言うとね。セルフィーは味音痴なのよ」
「うっ。それはアルに言われた。でも始めは私も数々の薬品の味には慣れなかったけど、色々試してる内にいいかなぁって思えて来ちゃってぇ。だから慣れれば美味しいわよ」
「……慣れる前に諦められたら?」
「うっ、それは……」
セルフィーは薬剤を諦められないのかセルシアを説得させようと思案した。
「じゃあ妥協して料理に合う薬品を選んでよ」
「それなら手伝うわ。いい調味料があったら私も使いたいし」
「それなら決定ね。これなんかどう?」
そう言ってセルフィーが取り出したのは、真っ青な液体だった。
「えっ、これは……見た目やばそうね」
「でも味はいいかも。私じゃあてにならないからお願い」
「うっ、勇気がいるわね」
そう言ってセルシアは液を指に付けて一舐めした瞬間。
ボッ!
「ごほっ!」
セルシアは真っ青な煙を吐いて後ろに吹っ飛んだ。
「きゃあぁあぁあ! 大丈夫!」
セルシアはそのまま小麦粉が入った袋の山にぶつかり、袋が破けて小麦粉が部屋一杯に広がった。
「やばいっ!」
セルフィーは素早くセルシアに近づくと、呪文を唱え始めた。
「火の精霊よ。我、火の理を知る者なり。汝、我を傷つける事なかれ。汝、我を守る盾となりたまえ! ファイアー・レジスト!」
その次の瞬間。
ズバァァアアアンッ!
紅蓮の炎が部屋中を駆けめぐる。
フライパンを焙っていた残り火が、空中に舞った小麦粉に移り、連鎖的に火が回り大爆発を起こした。炭坑などで時たま起こる粉塵爆発という事故だ。空気と可燃性の粒子が混ざるとほんの少しの火で今のように爆発してしまうのだ。
もしこの事をセルフィーが知らなかったら、ほんの少し対火絶対防御結界が遅れていたら、やけどどころな済まなかった。
「どうした!」
轟音に気づいたカインやディアスが駆けつけてきた。
見ると厨房は滅茶苦茶に破壊され、真っ黒な煙がもうもうとたちこめていた。
「うあっ!」
突如中から風が拭いて黒煙が吹き飛ばされる。セルフィーが煙を吸わないように、風の魔法で吹き飛ばしたのだ。
「セルフィー! セルシア!」
カインは倒れたまま放心状態のセルシアを見て駆け寄った。セルフィーのおかげだろう。厨房は大破したが、セルシア自体はやけど一つ負っていたいない。
「セルシア! 大丈夫か!」
「あう。ああっ」
だがセルシアはまともに答えられない。何が起きたか把握できずに混乱しているのだ。
「セルフィー! 何があった!」
代わりにカインはセルフィーに詰問した。
「あはははっ……料理習ってたら爆発しちゃった。えへっ」
セルフィは笑って誤魔化そうとした。
「……! なぜ爆発する!?」
「うえっ! それはそのぉ……まぁ……世の中色々ある物で……」
「……その事は後でみっちりと聞いてやる。この場で言えることはただ一つ」
「な、なに……」
「厨房の修理費は全部セルフィーが出せ」
「でぇえぇぇえええ!」
「文句は?」
カインは凄みのある声で言う。
「ううっ……ないです」
そこにどやどやと人が集まって来た。アルの姿もある。
「アルウウゥゥゥ」
セルフィーはアルに抱きつくように飛びついた。
「セルフィー。どうした」
「私ね。私アルに美味しい料理が食べさせたかったの。でももー無理。もう料理しない。危うく死なせる所だった」
セルフィーは泣きながら言った。アルの顔を見たら必死に押さえていた物が押さえきれなくなった。本当は笑ってなどいられなかった。
「ええっ!」
アルはそこで厨房の様子を見た。どうやら死なせる所だったのは味ではなく、事故のようだ。
「セルフィー。無理するな。愛情があったらどんな料理でも食べてやるから。だからそんな事言うな。大丈夫だ。いつかきっと上手に作れるようになるさ」
「アルゥ」
セルフィーは涙でベトベトになった顔を上げた。
「でもまあ、美味しいことには越したことないがな」
「うん。私頑張る」
「よしよし」
アルはそう言ってセルフィーの頭をなでた。セルフィーは気持ちよさそうに目を細める。
「だから厨房の修理費半分持って」
「へっ?」
アルは呆然と立ちつくした……。
おしまい。
最後が尻切れトンボなのは、本編から切り取ったからだったりします。(汗